1話 伸縮する秘部Ⅰ
ピピピ、ピピピといつもと変わらない目覚ましの音が鳴る。
ピヨリは手探りで目覚ましを探し、止めた。
「…………うーん」
伸びをして体を起こす。時刻は5時30分。辺りはまだひっそりと薄暗く肌寒い。
重たいをまぶたをこすりながら、ポツリと呟いた。
「またあの夢か……」
あの夢というのは約十年前の俺と親父と妹が紙飛行機を作って遊ぶという、何気ない普通の日常のワンシーンだ。
いや、普通の日常とは言い難いかもしれない。
なぜなら、あの数日後に親父とお袋は離婚したからだ。
「……つか、先月の誕生日で俺は18歳になった。めでたくアダルトゲームを買える歳にもなった。だが、親父が言ってた体に変化があるって何なんだよ」
親父の意味の分からない戯言だったのかもしれない、とピヨリは忘れることにした。
ピヨリはジャージに着替え、サッカー部に入ってからの日課であるジョギングへと出かけた。
ピヨリの家庭の離婚は、普通の家庭の離婚とは違った。
親父は当時、十年に一人の逸材といわれたほどの俳優だった。その優れた容姿と新人離れした演技力でスター街道一直線。
たちまち、世間を騒がせるほどの人気俳優となった。
映画にドラマ、舞台だけではなくバラエティ、声優、モデルなどの仕事も十二分にこなしていた。
しかし、そのせいで親父が家にいることは極端に減っていった。お袋とは、些細なすれ違いが起こり親父と離婚した。
妹は親父の元へ引き取られ、ピヨリはお袋の元へと引き取られた。
ピヨリはお袋と一緒に家を出てマンションに引っ越した。
親父と離婚して4,5年経ったころ、ピヨリにいい生活をさせてやろうとお袋は過労死した。
お袋が死んでからは、お袋のお姉さん、陽香伯母さんに引き取られ、生活している。
――すべて親父が悪い
何もかもすべて全部、親父が悪い。お袋が死んだのも、妹と離れ離れになったのも、全部。
お袋が死んでからは、親父を恨んだ。テレビで親父が出るたびに自分の拳から血が出るほど床を殴った。
しかし、お袋が死んで三か月経つと、ばったりテレビに出ることはなかった。電話もつながらない。元の家にはすでに誰もいなくなっていた。
今、どこで何をしているのかわからない。
もう俺には関係のないことだ。
「ただいま」
誰に言うでもない、ただ呟いた。
ピヨリはジョギング終えて帰ってきた。時間は6時30分を少し超えたくらい。いつも通り。
軽く汗を拭き、ジャージから制服に着替えて、自分で朝食を作り始める。
陽香伯母さんは昨日も夜遅くに帰ってきたらしく、汚らしくいびきを立てながら寝ている。
陽香伯母さんの職業は売春婦で、その客から酒、ビール、たばこ、麻薬を勧めらて、いつのまにかアル中、ニコ中、ヤク中だ。
ようするに、他人からみればクソババアだ。
それでも、俺のことをここまで育ててきてくれている。陽香伯母さんを憎むことなんてできなかった。
朝の手軽な朝食と、昼の弁当を作った。
さっさとパンを口に放り込み、その他身支度を整え家を出た。
いつもと変わらない、何も面白くない一日が始まった、とピヨリは考えながら学校に向かった。