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13話 『神越の能力』Ⅰ

ピヨリは反逆者リベロのアジトから全速力で部利一ブリイチ高校までの通学路を走っていた。

 走って8分は経つ。

 心臓はどくどくと早鐘を打っているが、構わずスタミナ無視の疾走を続け、校門前までたどり着いた。

 かなり息が上がっていた。

なんせ、ついさっき修業を終えて、その上学校までノンストップで走り続けたのだ。体力は底を尽きかけていた。


急いで体育館の裏に回り込む。目前には重い鉄扉が半分開かれている。そこから四人の人影が覗けた。


ピヨリは足早に体育館に入ろうとする。


その時だった。


テルモが鉄扉から、思い切り、ノーバウンドでこちらまで飛ばされてきた。



訳も分からず、なんとか咄嗟にキャッチしようとしたもの、テルモは頭からピヨリの鳩尾に食い込み、ピヨリは肺の中の空気が一気に押し出される。


「ご、ガアアアアア!」


テルモの強靭な肉体をピヨリは全身に受け、吹っ飛んだ。

テルモの重い体がピヨリの上に伸し掛かる。

テルモの顔はパンパンに腫れ上がっていて、右手と左足は別の方向に折れ曲がっていた。


「ピ……ピヨリ」

弱々しげな声で言葉を吐き出す。


「なにがあった!? テルモ……!」

そこでピヨリは異変に気付いた。目の前にいる小さな丸い形をした生物が、シャドーボクシングをして、こちらを挑発していた。

ピヨリと目が合うと、ゲロリと低く笑った。


「な……なんだこいつら……?」

ピヨリは未知の生物を見て、驚愕の声を上げる。


「ゴフッ、こいつは”下呂丸”……、川口の………………。今の……お前じゃ……勝てない…………。そこで、『神の能力』には……二段階目の……秘められた力がある……ガフッ」


テルモが口の端から血を垂れ流す。


「テルモもういい!! 喋るな!!」


そう言った瞬間、いつの間にか接近していた”下呂丸”に、ピヨリは更に殴り飛ばされた。


そのまま体育館周りに立ち並んでいた、木にぶち当たる。


頬と全身に痺れるうような痛みが走る。

「ゴハッ、痛てぇ……奥歯が折れちまった……」

もう少しで首まで折れてしまうところだった。


「畜生が……”下呂丸”! ぶっ殺してやる!!」


イヨリはペッと血を吐き、社会の窓を開放し、すぐさま戦闘態勢に入る。


「やめろォ!! ……ピヨリィ! ……ゴハッ」

テルモは一際大きい声でピヨリを抑制した。赤黒い血液が止めどなく溢れ出るのも構わずに。


「グハッ……お前の……秘部……が……食いちぎられる……ぞ!……お前の今のままの……グハッ…………か、『神の能力』……じゃ勝てない……!…………それを超える…………『神越の能力』でないと……」


テルモは今、意味深なことを言った。


「し……『神越の能力』……!?」

『神の能力』ではなく『神越の能力』だと……?


「何だ? にーちゃんたち、『神越の能力』の話してんのか?」

さっきの話を聞いていた川口が話に入ってくる。


そう思えば、笑美子さんの姿をピヨリは見失っていた。


「テメェ、川口多駒……! 笑美子さんはどうした!」


「ああ、あの回し蹴りがすさまじい、ねーちゃんか。……あいつならここに」


そう言って、川口は指をパチンと鳴らせる。

数体の”下呂丸”が笑美子を胴上げして持ってきた。


そして笑美子は”下呂丸”達に腹部を蹴り上げられ、空中に浮遊する。”下呂丸”達は足早にその場を離れる。笑美子はそのまま素直に重力に従って、鈍い音と共に固い床にたたきつけられた。


『ゲロォー!』『ゲロゲロォー!』


”下呂丸”達は、なにがそんなにうれしいのか、ケツを震わせ狂喜のダンシングを始めた。



「君は、『神越の能力』を知らないようだね。願先君……クク」

ニヤニヤとほくそ笑むような表情で言ってくる。


「フハハハハ!!、願先君……いや……願先ィ! 冥土の土産に最後のパフォーマンスだ!!」

川口は豪快に宣言して、両手を高らかと広げる。


集合ギャザー!!」

その言葉通りに、”下呂丸”は一点に、身を寄せ合うようにして集まりだす。


「……なん……だと……?……グハッ」

テルモが振り絞って声を出す。


「嘘…………だ……ろ……? 川口が……『神越の能力』まで……習得しているなんて……」

テルモが続けて言う。


その時、ピヨリはなんだか分からないが、冷汗が背中を伝った。

動悸が激しくなるのを感じる。

眩暈がして視界がボヤける。


いつの間にか、”下呂丸”はどんどんと膨れ上がるように膨張し、やがて巨大な人型になった。


「アハハハハッハ! これが俺の『神越の能力』。”未確認人型嘔吐生物・下呂丸集合体”だ!!」


「こいつは……デケェ……」

ピヨリはぽかーんと、フナのように口を開けたまま動かない。


それを一言で表すなら、巨像ゴーレム


”下呂丸集合体”のデカさは、あと、頭もう一つ分で体育館の天井に届くといったぐらいだ。

男のようにたくましくついた筋肉と、ギザギザとした歯。ギラリと光る赤目。

なにもかもが何倍かのデカさになった”下呂丸”……否……”下呂丸集合体”。


茫然と見上げていた。

あまりの規模のデカさに頭が追い付かなかった。

校長の屁でもここまデカくなかった。


これが、これこそが……


「『神越の能力』…………」

自然に声が出た。


「さあ、一番最初に死んでもらおうか、願先」


ピヨリは数歩、後ずさる。


大丈夫だ。奴はピヨリに攻撃できない。

なぜなら、奴はデカすぎて、体育館の扉からは出れないはずだ。

大丈夫だ……と心の中で二回繰り返す。


今なら、”下呂丸”を狙うより、川口に向けて、高速で秘部を射出すれば奴を虜に出来るはずだ。


「さあ、死ねェ! 願先ィ!!」



走った。

できるだけ、至近距離からの”伸縮する秘部”をぶつける。

そう決めた。


――ところがだった。


”下呂丸集合体”はいとも簡単に、体育館の鉄扉をぶち壊しながら、しかし威力は落とさずに殴り掛かってくる。


そのまま外れて吹き飛んだ扉がピヨリの前身に直撃する。


「ガッ!」

短い悲鳴を出す。ジェットミサイルのように速く飛んできた鉄扉に前身で受け、鼻血が噴出する。


なんとか体勢を保つが、膝がガクガクと笑っている。


そうして、壊れた扉からピヨリの身長を楽に超す、”下呂丸集合体”が顔を見せた。

圧倒的なデカさ。

気圧された。

「う、うわぁあああああああああ!!」

ピヨリはあまりの恐怖に腰を抜かし、そのまま失禁した。

既に足に力は入らなかった。


体力はもう限外だった。今まで立っている方が不思議なぐらいだったのだ。

ついにピヨリは戦意喪失となった。


「もう悲鳴を上げても遅いわぁ!!!」


巨人の鉄槌が頭上から振り下ろされる。下呂丸集合体のすさまじい一撃。回避は不可能。万事休す。



ああ、と思った瞬間には全てが遅かった。


遥か上空から見下ろす巨人の剛腕は、すさまじい勢いで振り下ろされ、容赦なくピヨリの全身をトマトのように叩き潰し、その衝撃で地面を軽く抉り飛ばして、ひしゃげた赤黒い肉塊と飛ばされた砂塵が、大きく空中を舞う――







――はずだった。







「ふう……間一髪、間に合ったぜ……」


「え、あ、え……」

ピヨリは口をパクパクと魚のように開くことしかできなかった。


一瞬の出来事。その刹那に起こったことが理解できなかった。


ピヨリは鼻血を垂らしながら、今の状況を確認する。


見上げると、”下呂丸集合体”の腕の方がぼろぼろと腐ったように崩れ落ちていた。


驚いていたのはピヨリだけではなかった。


「な、なぜ!? お前はさっきまで縄で縛られていたはずだ! 貴様、どういうことだ!!」



そこに立っていたのは、顔面から血を流し、体中がボロボロにも関わらず余裕の表情で笑っている

――岡松ノリシゲだった。


テルモ、笑美子、その二人も地面に横たわりながら、やっと来たかという表情だった。


川口はさっきまでのひょうきんな態度が豹変した。今は焦りと不安でデコッパチに汗をにじませ、取り乱しているといった感じだ。


「さっきまで、口の中が血の味しかしなかったけどよォ、やっと止まってくれて安心したぜ」

ヘヘ、と笑って、口の中に含んでいた血をすべて、ピュッ吐き出した。


「これで全部だ。ぺっ。……さあ、ここからが勝負だぜ、川口」


なるほど、なるほど、と川口は小声で呟き、首を縦に振っている。

「そうか……そうだったか……貴様の能力は、”腐敗する唾液コラプトスパタム”か!! ……先ほどまでは、口を切って、その血のせいでうまく唾液を出せなかった……そういうことかテメェ!!」」


「ご名答。血のせいでうまく発動できなかったがよ、今の俺の”腐敗する唾液コラプトスパタム”で腐敗できねぇもんはねぇよ。さっきまで縛られていたロープも唾で腐敗させた訳だ」


「だが貴様、どうやって”下呂丸集合体”の右手を破壊した!? そこからどうやって腐敗させたんだ!!」


ニヤリ、とノリシゲは笑った。


「俺は、唾飛ばしの名人だぜ? 百発百中のノリシゲだ。覚えておけよ」


「…………………あ?」


「それと俺は、速撃ちだ。結構強いぜ」


川口は苛立った。それも激しく。


「うるっせぇぞッ!! 縄から抜け出したぐらいで何ができると言うんだ? あぁ!? 出来そこないの雑魚がつけ上がってんじゃねーぞ!! ”下呂丸集合体”をすべて腐敗させるために、一体どれだけの唾液が必要かわかってんのかお前馬鹿が。 カスの分際で調子乗ってんじゃねぞカス!」



「オイオイ……やたら吠えるじゃねーか川口。そんなに身の危険を感じるのか? それとも気づいたか? 俺の能力がテメェーの能力との相性にいいことをよォ」

ノリシゲの”腐敗する唾液(コラプトスパタム”)は自然変換と、体質変換には相性がいい。





「予定変更だ。貴様から先に血祭りに上げてやる」

川口の眉間には深くしわが刻まれ、ヒクヒクと血管が浮き出していた。



「負けそうで、早く逃げ出したいって顔だな」


「そんなわけねぇだろ。考えろやカスが」

急に関西弁で話し出したので、びっくりした。


「久しぶりにブチ切れたぞ、ワレ、しばきまわすぞゴラ!?」


「フンッ、頭に血が上って地元の方言が出てきたか」

ノリシゲは肩を上下にする。




「やれやれ、さて始めるか」

そして、ノシリシゲは叫んだ。



「笑美子! 俺に考えがある、来い!!」

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