「OneWay」
2009年にかいた即興小説。
背中が私を拒んだ。
雨が強く降っていた。雨音は増していく。
まどろみから醒めた私は、ゆっくりと立ち上がって、冷蔵庫から冷えたジュースを取り出しコップへ注ぐ。
それを一気に飲み干して、ソファで一息ついた。
「最悪」
ポツリと呟いた。私の眠りを妨げたものは、雨音ではなかった。
3回も4回もけたたましく鳴り響き、覚醒した途端にピタリと動きを止めた携帯電話。
電話の主は見ずとも分かる。
留守番電話が残っていた。
削除しますか?イエス。9。デリート。
頭の中から存在を消したかった。そのくせ、再び鳴りださない電話が憎かった。私のそういうあまのじゃくなところがいけなくて、ケンカになったのは分かっているのに。
きっかけは些細なことだった。本来なら、友情にヒビのはいるような話ではない。好きな映画を知らずに否定してしまったとか、そういうレベル。バカバカしい。
それでも私は、腹を立てられたことが許せなかった。人の気も知らないで、何怒ってるのよ。男女の友情は成り立つなんて、詭弁。無理。
私はこれ以上、友人関係を続けたくないの。
もうひと眠りしようかしらと、立ち上がる。
机の上に置きざりになった携帯が、チカチカ光りだす。
3秒間見つめあった。手に取る。開くと、母親からのメール。
そのまま携帯電話をソファに思いきり放り投げて、私を待つ布団へ向かった。
うとうとしていた。徐々に世界が明るんでいく。
背中が私を拒んでいる。
ゴメンナサイ。その言葉はついに発せられることはなかった。
本当は触れたくて仕方がない。諦められるなんてウソ。好きにならないなんてウソ。友だちなんて、ウソ。
その背中を抱きしめてあげれたらいいのにと、貴方を幸せにしたいと言えたらいいのにと、叶わぬ願いばかりが積もっていく。
貴方の背中はそれでも私を拒んでいる。
誰よりも好きで、誰よりも想っていて、誰とよりも幸せになろうと思える貴方が、誰でもなく私を拒んでいる。
背中は遠ざかる。私は声をあげれない。抱きしめることは出来ない。
追いかけて、並んで歩くことを拒みはしないだろう。だけど、後ろから抱きしめて貴方の救いになることを許しもしないだろう。
だから私は追いかけない。肩を並べて歩けない。
私の右手は貴方を拒む。なりたい。なりたくない。・・なりたい。
ザー。ザー。
正真正銘、地面を叩きつけるような雨音で目が覚めた。
しばらくぼーっと、今まで見ていた夢を反復する。
悔しいな。
どうして夢にまで出てくるのだろう。
友だちなんかじゃない。友だちなんかに戻りたくないのに。
好きじゃない。嫌いよ。だから私は拒絶する。それなのに。
「付き合いたいの」「抱きしめたいの」「キスしたいの」「一緒にいたいの」「支えあいたいの」「大好きなの」伝わらない言葉が渦を巻いて逃げていく。私から逃げていく。行き先はいずこ?
貴方は遠ざかっていく。私は貴方から逃げていく。見ない。見えない。好きじゃない。
叶わない恋ならしない。でも傷つく友情もいらない。
インターホンが鳴る。母親が訪ねてきたのだろうか?
「だって、そんなわけない」
ドアを開けると、そこには。
我儘を許してくれる、大きな背中。
私のものにはならない。だけど誰のものでもないうちくらいは、その背中に夢を見ても良いのでしょうか?
拒めなかった。
うまく加速出来ないはずの歯車が、急に高速回転して、雨音に負けないくらいキシキシと音を立てていた。
壊れるまで回り続ける私の歯車。
後ろから私を抱きしめて、ねじを巻いてくれる人が現れるまで。
恋の片道切符は、今日もスカートのポケットの中。
大切にしまわれていた。
「許してあげない」
「ゴメン・・」
「許さない」
「ゴメン」
「・・玄関が濡れるから、頭吹いて。もう、ほら、そんなところに立ってられたら、びしょぬれになるじゃない。」
「入っていいの?」
「許したわけじゃないからね。私んちで風邪でもひかれたら、良い迷惑だもの。」
「ゴメンね」
許してやるものか。
死ぬまで、怒ってるんだから。
風呂場に向かう背中が、どこか寂しそうで、やるせなかった。
「最悪」
私は、緩む頬を両手でパチン、と叩いて、しかめっ面を作った。
許してあげない。
貴方が気付くまで、いつまでも。
ポケットに手を突っ込んで、こぶしを握る。
強く、強く、何かを壊すように、手を握りしめていた。
ending.
2009/6/18
どんな関係なんでしょうね、でも、今の自分が書いたらきっとおそらく違う結末になるんだろうな