「揺られる思想」
2009年に携帯で書いた即興小説。
電車に揺られている時間。それは私の、至福の時間である。
そしてまた、刺激的な時間でもあった。
いま、私の隣には、白いトレンチコートを着た若い女性が座っている。
何故白いトレンチコートなのだろうか?
答えは簡単である。この女性、実はとある裏企業の敏腕スパイなのだ。
スパイと言えば、裏社会の住人であり、目立つことは本来厳禁なのであると思われている。だから彼女は、その常識の裏を掻いているのだ。
その証拠に、彼女が抱える赤いカバンの中には、小型無線機が入っているのだ。携帯電話では、会話を傍受される恐れがある。故に、少し旧型のトランシーバーを使うわけだ。
車内アナウンスが流れると同時に、隣のスパイは颯爽と立ち上がった。流石スパイ、みのこなしがただ者ではない。
電車がホームに滑り込み、彼女と引き換えに、冴えない男が乗り込んできた。
男の草臥れたコートは、五年前に流行ったもので、何ヵ月も洗われていないであろう靴には泥がこびりついている。
このアラフォーの男、実はこうみえて、敏腕探偵なのであった。
もちろんターゲットは先ほどの女スパイ。探偵、調査をさぼって私の隣で眠りこけることにしたらしい。
しかしただ眠っているわけではない。彼は眠っていることにより、夢の中で推理をするのだ。彼女がスパイであることが、彼の夢の中で、まさにいま、暴かれようとしている。
向かいの席では、私よりも先に乗り込んだ、黒ずくめの女性が読書をしていた。大きなマスクは、最近流行りだしたインフルエンザ対策ではない。この女は、大物女優なのだ。そして、探偵を尾行中でもある。
何故探偵を尾行しているのかと言えば、この女は、この探偵の元妻なのである。
別れても好きな人。花の芸能界に居ても、彼女の気持ちは変わらなかった。変わったのは男の気持ちの方だ。この探偵、女心にはとんと疎いのだった。
だから女が、バッグの中に拳銃を潜めていることにも、気付いていない。愛とは憎しみと紙一重なのである。芸能界には密ルートがいくつもあって、女もさる大物俳優から紹介された密ルートから拳銃を手に入れたのだ。
しかし女は気付いていない。女の所属芸能プロダクションに、スパイが忍び込んでいることを。
そして私。
私こそが、
そう、
妄想好きのしがないフリーターなのであった。
つまらない毎日に刺激を与えてくれる電車の中。明日はどんな人に出会えるだろうか。私は今日も、至福の時間を過ごしている。
2009/2/9
多分電車の中で書いたんだろうなーと思います…