「鳥と人形」
10代の頃に、携帯から即興で書いていた小説をまとめたもの。
すでにこちらに載せているものは除外してあります。
「鳥と人形」
陽が差し込み、部屋を橙色に変える。
窓の縁に、リチが止まって、悲しそうに鳴く。
「あなたのご主人様は、もう居ないのよ?」
リチはきっと解っていないの。
だから私の肩に止まって、紅から蒼へ染まっていく空を見上げているの。
リチの声は、もうあの人には届かない。届くことはない。
誰よりも私とリチを大切にしてくれた彼は、もう居ない。
彼はいつも、私たちに語りかけた。
今日の出来事、幼い頃の想い出、それから私たちへの気持ち。
薄暗い部屋に、彼の微笑みは少し眩しかった。
「大きな仕事を貰ったんだ。今までに、ないくらいの。
これで、きっと、今以上に幸せな暮らしが出来るはずだ。
リチには新しい鳥籠を買おう。君には、そうだな・・洋服をプレゼントしようか。君に、とびきり似合う洋服を、僕が見立てよう」
ある日、彼は仕事から帰ってくると、ひときわ嬉しそうにそう言った。
そして私の頭を撫で、
「でも、少し忙しくなるかな。全部、僕たちのためなんだ。許してくれ。愛してるよ、僕のセツ。」
そう言って、彼はまたどこかへ出かけていった。
それが、私の見た"彼"の最後だった。
寒さに震えるリチの微かな、僅かな不安が、私の肩に伝わる。
空は紫に、青に、黒に、染まっていく。
変わりゆく空の下、リチは小さな声で鳴いていた。
ジッと、動かず、私の肩で鳴き続けていた。
ガチャ
急に部屋に暖かい色が溢れる。
胸に期待感がキュッと集まり、ひらかれたドアを見る。
しかし、その期待はすぐにしぼんでしまう。
また、あの人が来た。
あの人は、寒い風が入るのもお構いなしに、ドアを開放したままで寝潰れてしまった。
リチは寂しそうな、悲しそうな目で、あの人を見ている。
私は、リチを膝の上に乗せ、ついこの間までの幸せな日々を思い返す。
彼は、よく、机にほおづえをついて窓の外を眺めていた。
私とリチは、そんな彼の傍で、穏やかに過ごす。
風、音、香り、彼はそれらを感じることが好きだった。
私たちは、彼が持つ独特で温かな雰囲気が好きだった。
彼が居ないときは、私たちも空を見ていた。
彼の見つめた空を見ていた。
彼は部屋を出る前に、必ず私の頭を撫でてくれた。
幸せだった、何もいらないくらい幸せだったの。
ふいにカタンと音がした。
私が想い出をなぞっているあいだに、あの人は目を覚まして活動を始めたみたいだった。
幸せな日々は終わってしまった。
もう"彼"はいない。
いるのは、変わってしまった"あの人"だけ。
あの人は、空を見上げたりはしない。足下を見ては、ため息ばかりついている。
少し前までは、私やリチのスケッチをすることが好きだったのに。
今では、私たちは居ないも同然。あの人には、空も私たちも見る余裕が無いのね。
いつのまにか闇に染まった、空を見た。
彼の心みたいだな・・私はなんとなく、そう思った。
変わっていく色、形、あの人みたいに。
2つと同じ色は無い。
もしも私が、彼と同じようにほおづえがつけたら。
彼のように微笑むことが出来たら。
彼に言葉をかけることが出来たら。
彼は、今も私の隣で、楽しそうに笑っていてくれただろうか。
そんな「もしも」の話をしても、「今」はたった1つ。
確かなことは、此処に、彼はいない。
きっと、戻ってくることもない。
そう
私たちは、忘れられた、小鳥と人形。
2005/11 (2008/2/25 改稿)
2005年なので、ほんとうにかなり古いものです。
私の正体を隠すのがこの頃から好きだったんだなぁ、と。