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捧げる想い(番外編2)

これも時系列的には本編前の話ですが。前後編で執筆した時期が違うので多少の齟齬があるかもしれません

本編で不遇だった康生のキャラクターを掘り下げてみました

この学校の校門をくぐったのは何度目か分からない

標準よりやや上の普通の進学校に入った戒だったが、

学校生活自体は自分は他人と比較したとしても非常に味気ないものであることは間違いないだろうと確信する

校舎の横に広がるグラウンドでいくつもの運動部が忙しそうに朝練習に励んでいるのが見えた

運動部にまったくといっても良いほど縁が無かった戒からしてみれば、

朝から大変なことをやっているなご苦労様。と思うばかりでそれ以上の感情は無い


(あそこまで体を苛め抜いても、成果なんて残るんだろうか?)


そもそも、自分が文芸部という殆ど活動らしい活動が無い部に在籍しているのは、親の再三に渡る要求を凌ぐ妥協の産物である

言い逃れの為に入ったような部なのだからあまり愛着も沸かない

しかし結果的には白石飛鳥という先輩のおかげで居心地の良さは感じている部ではある

クラスの中でも戒はあまり目立ってはおらず、おとなしい部類である為にあまり友人が少ない彼にとって悪くない場所ではある


ふと、戒は足を止めた。目に付くものが視界に入ったからである

グラウンドの片隅にハードルを一直線に並べ、そのコースを走りながら飛んでいく練習をしている生徒たちが目に入った


(陸上部の練習か)


陸上部。文芸部の部長であり、かつてはその場所で鍛錬を積んでいたのであろう飛鳥の顔が目に浮かんだ

彼女も昔はあの便利とは言えないグラウンドの狭いスペースで夢を掴もうと努力していたのだろう

戒は途端に己が場違いな存在に思え、陸上部の集団から目を引き剥がし校舎に向かった

自分は、あのような日の当たる場所に向いていないのだと己に言い聞かせながら




教室に入るといつものように男子は男子、女子は女子と分かれて雑談に興じていた

戒は自分と彼らとの温度差を自覚しながらも与えられた席に着き、文庫本を広げる

詩集は読了したので飛鳥に返したが、まだ「ガリバー旅行記」は半分以上もページを残している

それを開くが、相変わらずページの中にぎっしりと詰め込まれた文字の羅列と拙い翻訳のおかげでページは一向に進まない

十ページ程読み進めてはいたが、いろいろなことがごちゃ混ぜになった頭では理解するのも難しく内容が入ってこない

戒はやむなく本を閉じた。代わりに窓の向こう側を見ると朝連が終わったのか生徒たちが引き上げたグラウンドに人は居ない


仕方なく空を見ようとするが思いとどまって自分の席から左下のほうに首を向ける


そこには相変わらず窓の外に視線を飛ばす天音の横顔が在った。いつもと変わらない彼女の姿に心の底で安堵している自分に戒は気付いた

天音は会いも変わらずいつもどおりだ。もしかしたら一年後も彼女はああやって天空に思いを向け続けているのではないかとも思えてくる

少なくとも彼女と同じクラスになって数日ほど経過したが彼女の動向は会いも変わらず代わり映えしない


(挨拶くらいは大丈夫かな?)


気まぐれから彼女に話しかけてみようかとの考えが鎌首をもたげてくるがやめた

彼女からすれば自分は特別な存在ではないのだから

それは無論のこと戒も自覚している。恐らく天音にとって自分は眼中に無い筈である


理解しているつもりだ。しかし、一抹になんともいえない虚しさが胸の中を満たしていくのは自分でも理解できない

彼にとって苦痛にも値するもので、自分は誰とも繋がっていないのだという戸惑い

それが、孤独感を否応にも感じさせてしまうものだった

彼女の事、気にならないでもない。しかし近づく切っ掛けが無いのも確かである

こうして見ているだけでも、他の女子生徒たちとは違った雰囲気を持つ彼女は美く可憐だ


(まぁ、見ているだけでも満足だしな。目の保養くらいにはなる)


天音が他の生徒と違う雰囲気を持っているのは知っていた


「おい、戒」


「…なんだ、康生か。どうしたんだ?」


「いや、ちょっとゲーセン行こうと思ってさ。お前、時間空いてるよな?」


「うん、まぁ…他の奴らは?」


「居ない。今日は俺とお前、二人だけだな」


正直に言うとあまり気は乗らない。しかし特に拘束されるような事も無い

文芸部が有ると言えば有るのだが別に行かなくても大丈夫だろうし、康生との付き合いもある

学校でそれなりの過ごし易さと平穏を求めるのならば誰かと仲良くしていたほうがいいのは鉄則だ

元々個人主義の強い戒からすれば、それはあまりにも窮屈な枷であり煉獄そのものだった

それ故に彼はこの退屈な高校生活が速く終わって、自由になりたいと考えている

就職とか進学等の明確なビジョンは無かったが、後で考えればどうとなると信じていた。まだ二年生になったばかりなのだから


「よし、じゃあ行こうぜ!」


「…ああ」


冷めた気持ちのまま康生についていく戒。無駄に時間を浪費していく事が虚しいと感じる

しかし何もしないよりは何処かで暇を潰していた方がマシかもしれないと己に言い聞かせる戒であった







――――――時は西暦2203。国連政府から独立を宣言した宇宙移民は二大勢力として地球、宇宙にて戦いの場を広げていた

全ては地球の資源の枯渇が予見されるという国連の発表から始まった

宇宙に住む移住者に地球側が必要以上の資源提供を要請し移住側が反発し、指導者達は国民の熱烈な支持の元で開戦に踏み切ったのだ

その裏側には戦乱を煽り影から操るものと、争いを止める為に介入を行う二つの勢力。光と闇のように対称的な目的を組織の根幹として抱き、既存の兵器を凌駕するロボット兵器をそれぞれ保有する彼等は

世界を己が望む局面に塗り替えようと、誰も知らない戦乱の裏で戦闘行為を繰り返しているのだ


目の前の漆黒の巨大ロボット兵器が銃火をすり抜けこちらに接近する

自機の赤い機体は両腕の機関砲と共に手持ちのバルカン砲を乱射。しかし弾幕は薄く、黒い機体の放つビームの火線によってかき消される

赤い機体は二本のブレードが主装備で接近戦には強く、翼から生み出される機動力は高水準ではあるが、それ以外の特徴がなく射撃兵装は貧弱だ

対する敵機は分厚い装甲と二門の大口径ビーム砲を背負い、遠距離戦に優れるだけではなく全体的に最高のスペックを誇る隙の無いワンオフ機だった


二機の鋼鉄の巨人は何度も交差し、激しい一騎討ちを繰り広げていたが

激闘の末に赤い機体が敵機の心臓部を切り裂き悪の総統が搭乗するマシンを爆炎に変え宇宙の塵と化す


世界制服を企もうとする闇の私設武装組織に勝利を収めた正義の勢力は

その後も必要最低限の犠牲で戦争を終結させ、世界に平和な宇宙時代を迎えさせたのだった――――――――






「…ふぅ」


戒は溜息を吐き、エンディング曲が流れスタッフロールが映し出される筐体から席を立つ

目の疲れを覚え、二、三回だけ意識して瞬きする。今のゲームの最終ボスをかなり追い詰められながらも撃墜したのだが

画面の中で動き回るロボット達のグラフィックがあまりにもリアルで、少し酔いかけたのである

ゲームと名の付くものは小学生低学年あたりに少し触った以来だが、今のゲームと昔のものとでは明らかに技術の進歩が感じられた

それなりに楽しめて暇潰しにはなったので、ゲーセンに来たのは正解だったかもしれない


「戒、やるじゃないか。お前が使っていた機体は扱いが難しいんだぜ!ま、俺には及ばないけどな」


「まぁ、難易度低めのビギナーモードだからね。ダメージ設定も低めだからクリアするだけなら簡単だろう

…それにしても最近のゲームは凝ってるな、初心者に優しい造り方をしている」


「今の方がグラフィック凄いのは当たり前なんだよなぁ、PS3基盤だしそれなりに金をかけてるんだぜ

だが、画面が綺麗でも難しすぎても客は着かないんだ。初心者狩りが横行したのは格ゲーが衰退した理由さ

新規の客に金を落とさせる事に今の業界は腐心してるんだよ。だから低予算でつまならい手抜きのゲームも増えるが…

その中でもこいつはマニアに評判が良く、指折りの傑作に間違いない」


ゲームの事について語る康生はとても生き生きしており、教室で威張り散らしている彼とは別人だった

戒は彼の意外な面を見たような気がした。人はグループを作ると気が大きくなり性格が変わりすぎるのかもしれない


「どこの業界も厳しいもんだね」


「まぁ、不景気だからな。でもたまんなく楽しいだろ?ゲーセンって場所は」


「…まぁ、暇になったらまた来たいな」


正直な所、答えた言葉に偽りの感情は無かったが。ゲームにしろ読書にしろ一人でやりたい

今度誘われたときはどうやって、断る理由を考えようか――――戒が思案し始めた時

不意打ちのように別の話題を康生が聞いてきたのだった


「お前さ、クラスに好きな奴っている?」


一瞬、天音の顔が浮かぶ。だがそれを康生に正直に話す気はしないので誤魔化す


「いや、興味無いな」


「結構可愛い奴いると思うけど…お前ホモなのか?」


「違う、じゃあ君はどうなんだ?」


速攻で否定しつつ、逆襲と言わんばかりに戒は切り返す。恐らく彼も答えをはぐらかすのだろうと期待すらしていなかった


「いや、いるぜ。特別に綺麗な奴がな」


「そんな子居るのか?」


戒の何気ない返しを聞いた康生は数歩後ずさりした。額に少しばかり汗が光り、顔も少し強張っていた


「……お前さ、本気で女に興味無いとかじゃないよな?」


溜息を吐く戒。こいつは本気で自分を同性愛者に仕立て上げたいのだろうかと思いつつ、若干の苛立ちをこめて言う


「訳が分からない。だからなんでそうなるんだよ…」


「そうか…よかったぜ」


「君さ、僕を本気でおちょくってないか?」


「ハハハ、バレてたか?」


先程の表情とは一転。悪びれる事も無く、康生はいつも通り憎たらしい笑顔を浮かべる

が、それも一瞬の事。彼は彼らしからぬ真面目な顔を作る、何か真剣な事を戒に伝えようとしているのは分かった


「宇都宮っているじゃん」


「ああ…あの暗そうな子か?」


「オレ、あいつに告ったんだよね」


意外な事実。驚きながらも確認を取る戒


「本当か!」


「意外と食いつきがいいなお前。もしかして気になってた?」


「…いいや」


「結果はどうだったか知りたいか?」


「…ああ」


「振られた…って言ったらマシな方かな。実際は相手にすらされなかったよ」


「ふーん」


そうだろうと思いつつも、安心感を覚える戒。しかし、仮に彼女が康生の告白を受けていたとしたらぞっとする


「ま、あいつ巷で変人で有名だし当たって砕けただけよかったのかなぁ…

オレは恥かいたって思ったけどな、あいつ誰にも話さないからこの事を知っているのはお前だけだぞ

頼むから、誰にも言わないでくれよな?…な?」


康生が戒を信頼して言っているわけではないのだとは知っている

彼は戒の知り合いが少ない事と口が堅いことを知った上で彼に話したのだろう

そういった小賢しい思惑を戒は知っていた。しかしたまに愚痴を聞いてやるからこそ康生は自分に構ってやっていると分かっている


「…そんな事当然だろ?わかってるよ」


「アイツは教師の間でも結構評判だからな。特に社会科担当の変態オヤジの笹山は宇都宮をよく指名するよな

ストーカーして捕まったって言う噂もあるし、また何かやらかしそうで楽しみだぜ」


「………そうか」


天音がつまらなさそうに窓の外を眺めている横顔が思い浮かんだ。湖水のように静まり返った瞳は何処を見ているのだろう?

彼女はとても魅力的だった。集団の個性に埋もれずひっそりと在り続ける存在感は岩陰で咲く彼岸花を思わせる

そして笑う康生の横で戒は考える。たとえ天音に話しかけたとしても康生のように自分は無視されるだけなのだろうかと

一度そう考えてしまえば、心の底で湧き上がりつつある自虐的な感情は振り切れなかった

一応番外編はこれで終わりになります

感想、お気に入り登録していただいた皆さん

そして、貴重な時間を割いて十万文字を超える長文に目を通して頂いてくれた読者様方、有難う御座います

できれば、次の新作も宜しくお願いいたします。それではまた

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