雪の降る朝(番外編1)
フォルダを整理していたらこのようなものを見つけたので一応の手直しをして投稿してみました
一応、時間軸は本編の開始前です。最終話まで読まなくても楽しめる内容となっております
雪の降る曇天の白い雲下、白い道の上足跡を二人分刻みつつ、戒は先輩である飛鳥と一緒に学校への道を歩いていた
寒さのせいか戒はいつものように無愛想な渋面を作ってはいたが、それに対し飛鳥は逆に楽しそうであり
二人の態度のギャップが妙に見えなくも無い
実を言うと、傘を忘れた彼に途中の道で出会った飛鳥が自分の傘に入れると提案したのだ
戒にとってあまり気の乗らない話だったが、雪で体が冷えて風邪でも引いたら元も無いので先輩の提案を受け入れることにしたのだ
「今年は暖かかったから雪は降らないかなって心配してたけど、ちょっと意外。」
「そうですか、それにしても良く降りますね」
「昨日の夜は凄く寒かったからね」
「ですね」
戒は短く返事を返す。寒さのせいか手先の冷たさにばかり意識が行ってしまいあまり頭が回らず、適当な返事を返してしまう
彼なりにももっと気の聞いた冗談でも言えたら場を和ませることも出来るのだが、今は自分の口下手を呪うしかない
「ねえ、雪だるまとか小さいころ作った?」
無愛想にも見えるそっけない態度を飛鳥はあまり気にしていないのか、それとも逆に使わせてしまっているのかは分からなかった
自分の答えが彼女を失望させるであろうことが分かるが戒は正直に答えた
「今はあまり興味が無いです。小さい頃の事はあまり覚えてませんけど」
「良かったら、今日作らない?」
「え…」
意外すぎる返しに戒は戸惑い、言葉が詰まってしまう
「先輩が風邪を引いたら大変じゃないですか?」
「冗談よ、流石に目立つしね」
ほっとした反面、自分の至らなさに恥ずかしくなってしまう
飛鳥はたまにこんなことを言って戒をからかうことがあるのだ
少し困ってはいるが、不快に感じるほどではない。もしかしたら思った以上に先輩に気を使わせ手居るんじゃないかと戒は思った
ただ、断ったときの彼女の顔が少し不満そうだったのは気になったが
二人はそのまま言葉少なめに通学路を歩いていく
しばらくすると交通人の比率に制服の少年少女の割合が増えている
この近辺は戒達の高校だけではなく、他の高校、中学や小学校といった地元の学校がある程度の距離を置いて存在している
故に、朝や夕方など学生の登下校に当たる時間帯には複数の学校の生徒の姿が散見されるのだ
戒はいつもは人通りの多いこの場所を通らない。飛鳥に合わせて歩いた結果だった
そして、もう数十秒もまっすぐに道を行くと他校の制服の比率が減っていき、戒や飛鳥の着ているものと同じ服装が増えていく
もうすぐ学校が近いという証拠だ、案の定薄く雪の積もった体育館の白い屋根が目に入った
「雪で足を取られるかと思いましたけど、意外と早く来ましたね」
一人の時よりも登校する時間が随分短くなったような気がして観想をこぼす
「そうかな?いつもと変わらない気がするんだけど」
戒が自分の腕時計を見るが、彼が一人で来る場合と比べても一、二分程度遅れているだけで時刻にほとんど差異は無い
元々、戒自身が早めに登校することもあってか遅刻には全く影響が無いほどの遅れだった
「戒君。雪が積もってるよ」
「・・・本当だ」
学校の校庭は踏み鳴らされた跡があるものの、一面銀色に染まり校舎へと向かう道以外は粉砂糖をかけたかのように雪が積もっていて
まるで白い絨毯が広がっているようだった
校庭のあちこちで雪合戦に興じたり、雪だるまを作っている生徒もちらほら見える
それに影響されたのか、飛鳥が子供のように目をキラキラさせるのを見ると、戒もなんだか胸が温かくなるような思いだった
「私も混じりたいけど、やっぱりいいや」
「え?」
「じゃあね戒君。また放課後」
飛鳥が二年生の校舎に向かって手を振りつつ走っていく
彼女が残した意味深な言葉。頭に引っ掛かるものではあったのだが戒にとって特に思い当たるようなことは無かった
一人残された戒は雪の踏むと沈み込んでいく感触を靴の底で味わいながら一年生の校舎に向かおうと足を進めかけたが、ほんの気まぐれから足元の雪を人さじ掬う
素手の上から感じる冷たい氷の感触。掌で包み込むように握った雪は徐々に硬くなり氷のようになる
握った土のボールのようになったそれを付近に誰も居ないことを確認して頭上へ放り投げてみる
三十メートルほど飛んだ小さな雪の玉はすぐに重力に引きずられるようにして落下、雪の絨毯の上に落ちサクッと音を立てた
戒は空を見上げる
雪が降ってはいたが、すでに西の空から太陽が顔を出し弱々しいながらも朝の日光が大地を照らす
この積もった雪も昼には殆ど溶け、夕方頃には陰になっている場所を除いて水になり地面に染み込むなり、蒸発するなりして消えるのだ
それはとても儚く、悲しいことのように思えてならなかった。朝から夕方まで仮初の命を与えられた美しい氷の精
天から遣わされた妖精のようで長くは在り続けられない。地上に降りて役目を果たしてそして消える空からのプレゼント
(雪が溶けていく・・・)
他のものも人間は空から与えられてばかりだ。だが、彼等はそれを自覚しようともしない
何時かは返さなければならないかもしれないのに恵みの恩恵を自覚せず、まるで我が物顔のように地上にのさばって大地を汚している
人間だって何時かは滅び行く宿命なのに資源や空気が無限のものだと無意識のうちに妄信し、自分の欲望を満たす為に生きている
戒は幼いころから抱いていた空への信仰を今も胸に抱き続けているのだ。それが他人と違うことを熟知しつつも捨てることが出来ない
それを否定したい、捨てたくてたまらない。狂おしいほどに猛った思いが胸の中で暴れだしそうなのを感じる
だが、戒はその感情を押さえ込んだ
彼は静かに校舎へと歩んだ、感傷に浸ってしまった自分自身を諌める意味もあって
あの場に居ると思わずわめきだしてしまいそうになってしまう。自分は普通のように振舞っていくべきだと、暗示じみた自省をかけていく
多少の個性は殺し、クラスメイトや飛鳥先輩のように型に当てはめて生きていくべきだと念じる
この社会ではそうしなければ生きる意味など無い。割り切れば時間が感性を凝り固まらせてくれる
それは有る意味では思考の放棄なのかもしれない。諦観に満ちた気持ちで灰色の校舎の三階を見た、そこは一年生である彼の教室がある階であった
そして、それを見つけたのは全くの偶然だったのかもしれない
窓際に女子生徒が立ち空を見上げていた。細かい人相は分からなかったが、戒の知らない人物であった
(誰なんだ?)
遠目からでも分かる腰まである長い黒髪と日焼けしない白い肌をを持つ彼女が真っ直ぐと立ち、天を仰ぐのが何か意味のあるような仕草に思えて仕方ならない
まるで、神の信託を待つ古代の巫女のような風格に戒はしばらく圧倒され立ち止まり、見入ってしまう
まるで時間が止まったかのように、彼の足裏は縫い付けられたかのようにその場に留まっていた
ホームルーム前のチャイムが鳴る。その時、少女が戒を見下ろした
繋がる視線と視線。少女は見られていたことを気付かれるとくるりと後ろに回って奥の教室へと引き返していく
ようやく魔法が解けたかのように戒も少女が居た窓から視線を話した。時計を見ると、飛鳥と来た時よりも随分と針が進んでしまっている
(あの子は…誰なんだ?知っているような気がする)
階段を駆け上りながら胸のうちで呟いたが、彼のクラスメイトの中に彼女のように美しい女子生徒は記憶に無い
その筈なのだが、以前何処かで顔を合わせていたことがあるような気がしてならない
ここ二、三年の記憶をまさぐってもそれらしき少女と関わったことなど無いというのに
(気にしても仕方ないか)
詮索を振り切って、戒は教室に向かって歩みだす
過去に会っていようが、関わっていようが今の自分にとってはどうでもいいからだ
自分の目指す絶対的で快適な『平穏』にとっては全く関係の無い要素なのだと言い聞かせながら、その場を後にした
半年前、戒と天音が同じクラスに配置され再開を果たす前の出来事である




