ささやかな送迎会
三年生の卒業式が終わり、生徒が解散した後も残っている生徒達は多い
それぞれのクラスに戻り、簡単なホームルームが終わった後でそれぞれの部活やクラスや学年を超えたグループに別れ
各々の場所でささやかな送迎会を行っているためだ
だが、その輪の中に入っていない生徒もまだ校舎の中に残っていたのだ
「そういえば先輩に本返さないままだったな」
来年から三年生になるその生徒――――神城戒はカバーがかかった文庫本を無造作に取り出した
薄褐色の紙カバーで保護されたその本は『ガリヴァー旅行記』である
行間ぎっしりと詰められた文字列と拙い翻訳から読破するのを諦めたその本を眺め、再び鞄の中にしまうと
戒は文芸部の部室に足を向け、歩いて行くのだった
「先輩は、流石に居ないか」
嘆息し、息を吐くと手ごろな椅子に腰掛けて『ガリヴァ旅行記』を開いてみる
少し文字列を目で追ってみるが、断念してしまう
戒はそこそこの読書家ではあったが、あまり古い本は呼んだ経験が少なく苦手なのだ
(先輩が卒業するまでに返しておきたかった。)
二つの心配事の内、一つを胸中で呟く
もう一つは無論の事、部の存続についてだがこれに関しては自分ではどうにも出来そうになかった
これは戒が殆ど部活らしい活動をしてこなったのも原因なのかもしれない
そもそも、あの後から彼は飛鳥に遠慮して部室にはあまり訪れていなかったのだ
せめてあと一人、部員が来れば構内の規定に則って文芸部が生き残れるのだが戒には知り合いの当てがなかった
それに、来年は戒も三年生になるので暇が取れない
就職か進学を考えなければならない。一時期はかなり下がった成績や出席日数も最近では回復してきているし、康生達との関わりも一悶着あったが断ち切れた
多分、煮え切らない気持ちの原因は天音の事が、未だに自分の中で尾を引いているだろうことは戒にも分かっていた
しかし、今こうしてこの場所に立っているのは恐らくその傷も薄れてきたのだろうと思う
彼女が居なくなった日から既に半年近い月日が流れていた
そんな状態で日常を過ごし、勉学に身を費やしながらこの学校を去っていくのかと戒は不安になる
昔からそう過ごして来た、彼なりの日常。そうして今までどおり生きて大切なものを失いながら大人になる
やがては天音の事からも卒業し、苦い思い出は彼の中でも封印されていって――――
(そんなのは嫌だ。宇都宮の事を忘れて生きていくくらいなら死んだほうがマシだ)
戒の表情が険しいものへと変わる。そのまま虚空を睨み付けていたせいで背後から忍び寄る存在に気が回らなかった
「かーーい君!」
「わっ!」
一瞬、爆竹を真横で破裂させられた蛙の様に驚き、飛び上がりそうになるが、辛うじて御した
そして背後に立つよく見た顔を確認して抗議の言葉を上げた
「せ・・・先輩。驚かさないでくださいよ!」
戒の声をもろともせず、白石飛鳥は満面の笑みを浮かべながら菓子包みを机の上に広げる
彼女の様子が完全に復活したようなのは戒を安心させたが、その包みの中に包まれていた菓子の量を見て唖然とする
よくもまあここまで詰め込んだものだと戒は感心したが、いくらなんでも多すぎるのではないかと心配になる
第一、本来ならば原則的には部室で飲食は厳禁なのだ。いくら食べ終わった後に掃除をしているといっても
「お菓子もってクラスのみんなにあげたんだけど作りすぎちゃって・・・よかったら戒君も食べる?」
「僕は今ですね、腹は一杯なn」
呆れながら戒は言いかけるが、ぐうと音が鳴る。出所は戒の腹からだった
途端に恥ずかしくなって顔を背ける戒に文芸部の破天荒な先輩は勝ち誇ったような笑みを浮かべる
その笑顔に戒は初めて弁当を渡した時の天音の笑顔が重なって見えた
「それじゃ、二次会って事で」
飛鳥が大き目の鞄から更に弁当やサンドイッチ、ペットボトルの炭酸飲料までもを取り出して机に置く
標準的な教室の机を四つ並べただけの即席のテーブルは色々なお菓子や食べ物でいっぱいになった
「よくそんなにしまえましたね・・・」
「んー。秘伝の収納術かな?」
「はぁ、顧問の先生が見たらなんと言うか・・・。」
戒は再び溜息を吐きながらも気分を入れ替え、せっかくなのでご馳走に成る事にした
とにかく、飛鳥が元気で用で何よりだった。多少心に引っかかるところはあれど自分が傷つけてしまったのではと考えていたのだ
すっかり彼女は立ち直ったようで良かった。何があったのかわからないが良い傾向である
少し元気すぎるような気がしたが、落ち込まれるよりかは気分は良い
「さ、早く食べよう。お昼の時間はとっくに過ぎてるし」
「それじゃあ、有難くいただきます」
こうして、ささやかな送迎会が文芸部室で開かれたのだった




