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空へ・・・(2)

喫茶店から出た戒達二人は階段を一歩一歩と昇っていく

この場所は全高650メートルを誇る日本で一番高い場所、関東スカイタワー。此処こそが戒の決めた天に一番近い空への道であった


(いくら何でも、これはないよな)


自分の発想の無さに戒は頭を抱え込みたくなった。いくらなんでも高く日本で一番空に近いというだけの理由で選んだ単純な思考に我ながら苦笑してしまう

しかし、金も時間も無い学生の立場ではこの場所しか考えられなく。妥協した決断の結果だったことは確かだ


天音を空に一番近い場所へ連れて行く


そうは言ったものの自分でもその後どうするかなどは全く考えてはいない。白紙のノープランと言ってもいい

まるで、国民に空約束を明言しいざ実行となると渋る政治家のような感じだ


(いっそのこと開き直ってデートと言うことにしておこうか?)


柄にも無く甘い言葉を囁きながら、「デートは楽しかったね」などと言いつつ彼女の細い肩を抱き寄せた後に冗談と称して笑ってみるのはどうだろうか?


さすがにそれを実行に移す厚顔無恥さと図太さに戒が自信が無い

尤も、それができれば康生達とももっとうまくやれていただろうし、飛鳥に部室から叩き出されるようなこともまた無かったかもしれない

不器用すぎて楽に物事を進める事が出来ない。だが、自分が以下に不器用で愚鈍であるのが自覚できないほどには戒は愚かではない

仮にそんなことをしたと仮定して、怒った天音がタワーの頂上から戒を叩き出しそうではあったが


では、自分は何故に傍から見ると馬鹿馬鹿しい天音の妄想じみた奇妙な行動に付き合ってやっているのだろうか?

彼女のような人物に肩入れしても自分には全く得が無いというのに

戒は自分の斜め前をずんずんと進んでいく天音の横顔を覗き見た。無表情の癖に整った顔に異様な迫力が付加されてさらに能面じみた印象を与える

それでも彼女を見てしまうのは、遠い日に約束を交わしたあの少女が天音であると確信が持てたからだ


今、天音は何か不満そうに見えた

見るものにとっては全く変わらず無表情に見える彼女の顔だが、口元が微妙にへの字を描いており不機嫌そうなのが見て取れる

ここ数ヶ月、彼女と一緒に過ごす様になって分かるようになった微細な表情の変化だ


「さっきは軽く食べたけど。お腹とかすかないかな?」


「・・・。」


「もしよかったら、たこ焼きとかそこの売店で買ってくるけど。もちろん金は払うから」


天音は戒の言葉を無視してさらに階段を上っていく、二人は展望台に着くまで一言を会話を交わすことは無いようだ

戒は彼女から返事が返ってくることを諦めた。今の様子だと何を言っても聞きそうに見えない

なにしろ女の子の気持ちなんてコミュニケーションが苦手な戒には全く門外漢だ。飛鳥みたく知らずの内にこちらが気を使わせてしまうタイプと彼女は全く違う

良くも悪くも不器用なのだ。そしてそれは戒にも当てはまっていると自覚している


そのまましばらく昇って行くと喧騒が聞こえた。上る度にそれは大きくなっていく喧しいほどに

最後の階段を上りきると戒は目を閉じ、深く息を吸った後にゆっくりと肺から搾り出すように吐き出し気分を落ち着かせる

彼が深呼吸している傍ら、天音はすぐさま飛び出すようにして前に出る。彼女の腰まで伸びた墨のように艶やかな黒髪が人ごみの中に吸い込まれて見えなくなる


(こんな時ばかりはえらく行動的なんだな)


悪態に近い感想を胸中で吐きながら、戒も息を吐かせつつスカイタワーの展望台に来たことを実感した

自分が想像していたよりもはるかに騒々しい群集を見て、雰囲気が台無しになってしまったのを微かに落胆しながら

それでも天音の方向へ歩を進める。人の壁は思ったよりも厚いが、といっても一人が入り込む程度のスペースは有った

彼は人ごみを掻き分けて天音の後姿を見つけ、傍らに寄る。人が多すぎて詰めるような形になってしまい自然と彼女の側に寄ってしまう

近くに居る彼女の匂いに必要以上に胸が高鳴ってしまう。手を繋げばそれこそ恋人同士のようだと戒は考えたが実行する気は起きなかった


そして、彼女の横顔を見た戒は絶句する。天音の表情は近くに複数組居るカップル達の浮ついた表情とは異なり非常に冷たく固い表情だったからだ

天音は無表情で眼下のビル郡を見下ろしていた。何故彼女が表情を固くしたのか戒ははるか下に広がる街を見てなぜか納得してしまう

天空から近い場所で眺めた地上の景色は灰色一色に見える。まるでコンクリートで規則正しく建造された蟻塚の森というべき風景


(僕は、いや・・・宇都宮もあんなゴミみたいに汚い場所で繰り返しのような日常を過ごしてきたのか)


幼少期に夢見た虹色の群像が脆く崩れ去る音を戒は聞いたような錯覚に陥りそうになる

空にあこがれる天音の気持ちが少しだけ分かった気がした。だからこそ言わないといけない、伝えなければという気持ちが戒の中に灯をともし始める


「此処に来て、地上を見て満足した?」


望む答えなど決して帰ってこないことは分かっていたが、感想を聞かずに入られなかった


「むしろ私達の住む場所が此処まで汚いとは思わなかった。やっぱり私は空に行くべきだと確信したけど」


よそう通り辛辣な感想、戒は何も言い返せない

天音のその言葉が地上に住む人間をひどく下に見たような感情が透けて見えるようだ

戒は胸の中が暑くなると同時に一抹の悔しさを覚えた。天音を空に取られたような敗北感と胸のうちに開いた喪失感

そして彼女をそうしたのは自分だと確信した瞬間、言葉が飛び出していた


「人は空に暮らすなんて出来やしない、君も」


「?」


天音は面食らったような顔をした。者が地面に落ちるのは重力という力によって起きる現象で説明できるものだと親に教わった子供のような無垢な顔

彼女の仮面が一瞬だけ剥がされ、年相応の幼さが顔に出る


「そんなことなんて無い。信じてればいつかは空に」


「現実的な根拠も無く信じているだけで、君みたいな人間がいつまでもそうやって夢ばかり追って人を信じないから馬鹿が増えたんだ」


天音の顔が険悪そうに歪む、戒を異常者でも見るような目つきで嫌悪感を露にしている。筒乗った顔が苦痛で歪んでいるようにも見えなくは無い表情

戒は半分彼女の思いを踏みにじるような気持ちで言ったのだと自覚していた

それは彼女が捕らわれている妄想から天音を開放するために行ったことだと信じて言った言葉だ


「現実は確かに優しくないかもしれない、だけどいつかは報われるときが来る。」


「・・・は?何ダサいこと言ってんの?」


天音は馬鹿にしたように鼻を鳴らすが声に力が篭もっていなかった

彼女の顔面は蒼白で形の良い唇はわなわなと震え始め、焦りが見て取れる


(多分、宇都宮も気付いているんだ)


そうなのかもしれない。と心の中で呟く

幼い頃に自分の言った戯言に彼女が茶番を演じている。おそらく天音自身も気付いているのだ

戒の知る彼女は昔からそうだった。頭が良くて本は好きだが人との付き合い方を知らない女の子

そして、孤独を紛らわせる為に空に行けばきっと良い事があると信じ続けてきたのだ。今の今までそうして不器用な彼女は生きてきた


天音がそうなってしまったのは戒にも責任は有る

だからこそ逃げたくは無かった。四月の初めに天音と再開できたのはやや遅かったが幸運な偶然と言い切るより他に無い


「僕は君に空の町のことを話した、あの男の子だ。そしてあの話は僕の空想が作り上げた妄想だ

本当に空の町なんてあるわけが無い。人間は這いつくばって退屈な地上ですごしていくしかないんだ」


天音は無言で顔を背けた。言葉をかみ締めているのだと信じたい

戒も自分で責任感があるなどとは思っては居ない。只、彼女を縛り付けてしまった呪縛を自分の手で解いてやりたかったのだ


しかし、彼女の表情はいつにも増して硬くなっており。握り締めた拳は白くなっていた


すいません。スカイツリーは行ったことが無いので想像で書きました。いわばオリジナルスカイタワーです(笑)

これから出来る限り実在する場所を描写するときは可能な限り情報を集めますので勘弁してください

後、感想は誤字脱字報告等だけでも大歓迎ですので出来ましたら宜しくお願いいたします

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