深まる確執
スコーンと人間の頭程の大きさを誇る硬球がニスの塗られたレーンの上を滑るように直進、三角状に並べられた合計十本の白いピンの林に向かって勢いよく突き進んでいく
人間の頭ほどの大きさを誇る重さ二キロを超える重量と程よく乗った速度は塗られたオイルの働きによって摩擦による減速は殆ど無い。そのままボールはニスの塗られたコースを直進し、レーンを突き進んでいく
バコーン。と意外なほど拍子抜けかつ間抜けな音を立て、白の林にボーリング球がど真ん中から突き刺さり、すべてのピンを勢い良く弾き飛ばしたのだ
無論の事ではあるがストライクである
「やるじゃん、戒」
背後の座席から先ほどのボールを投げた学生服の少年に賞賛の声が飛ぶが、戒は自分が生み出した戦果を特に誇りもせずやや淡白な口調で答える
面倒に接待して負けてしまえば特に目立たなかったものを、意外とボウリング自体が面白く康生達のフォームや投げ方を自分なりに咀嚼・分析して実践しただけである
それでも、ゲートに立ちはだかる白いピンの林を粉砕したときの気分は爽快そのもので、悪くないものだった
仮に飛鳥や天音とここを訪れて場合、多少ははしゃいで喜びを表せていたかもしれない
しかし、クラスの男連中に半強制的に連れ出され一緒になって騒いだところで、彼らと一体感の喜びを共有できるとは思ってない
「たまたまだよ、それに九回投げた内一回はガーターで取りこぼしだ。今のところ僕がしたから二番だよ」
興味無さそうに、そして卑屈に振舞って大した事が無い様に己の成績を卑下する戒
しかし、康生はそんな事などまるで聞いていないようだ
「フォームとか案外綺麗だったし、お前も毎日ここにくればもっと上手くなるかもな」
言外に含まれた言葉の意味をかみ砕きつつ、戒はなるべくもっともそうな言い訳を脳内で選択する
他人を盾にして自分の都合を作るのは卑怯な気がしてあまり良い気分はしないが、人に対する都合の仕方としてはそれが妥当であることも彼は心得ている
それに彼自身、康生達とも距離を取りたいという思惑も持ち得ていた
「部の活動もあるんだ。来年で先輩が居なくなったら部員は僕一人になる
今年の一年生は文芸部に入ってこなかったし、新規部員の獲得を目指していろいろやらなきゃいけないんだ」
「ふーん、大変そうだな」
康生はあまり関心がなさそうに答えた。そんなことは聞いてないと軽く聞き流すように続ける
戒は彼の態度に内心不快感を感じていた、先ほどもそうだが康生は彼が話をするとき大抵そのような態度を取るからだ
それはグループの中で戒のプライオリティが低いことを示している
彼自身はそれに気がついてはいたが、いまさら力関係を変えられるとも思っていないので半ば諦観しているのだが
「でも、遊ぶ方が大事だぜ。三年になると本格的に忙しくなるからな」
「来年以降の事の考えないと不味いのも事実だろ?無計画で将来が明るいはずは無いし」
戒はある程度気持ちを押さえつけて語ったが、康生は相変わらず耳を貸す気はないようだった
「そんな先の事はどうでもいいんだよ。おまえ、あそこの先輩がそんなにいいのかよ?」
「え?」
全く違う方向に切り替えされ戸惑う戒。文芸部といえば彼の他には部長たる白石飛鳥しか居ない
まさか自分の言い訳がこのように返されるとは思ってもおらず、わずかに動揺する
「白石先輩が?」
「あの人、実は元々陸上部だったって言う話だぜ?それがなんで文芸部なんて根暗そうな部の部長に収まっているんだ?」
根暗の集まり。間接的に文芸部を馬鹿にされた事に戒は憤るがここで怒っても何に意味もない
荒波を立てたところで何も得は無い。そう自分に言い聞かせつつ自制心で我慢するしかないと、無言になる戒
無神経にもそんな様子の彼を知ったか知らずか康生は続ける
「あの先輩、元陸上部で卒業生の先輩となんかトラブルがあったらしいぜ。なにやら人間関係でトラブルがあったんだと
怪我したなんて嘘吐いて、本当は逃げる為に部活を辞めたんじゃないのかって先輩に聞いたけどな・・・戒、お前も何か心当たり有るんじゃないか?」
「別に・・・。」
知らないものは知らない。言葉に詰まる彼に追い討ちをかけるように康生が言い放つ
「なんだよ。最近お前ノリが悪いぞ」
飛鳥の話題になるととたんに盛り上がる康生の態度に反比例し戒に態度は冷ややかで冷たいものへと変わっていったのを彼も悟ったのか
自然と顔の表情が硬くなり、雰囲気作りのために僅かながらゆるめていた笑みが堅く引き絞られ口が一文字線を引き絞られたようになる
それを知ってかしらずか、飛鳥について無知かつ無礼な推論を康生が並べ立てていく
「きっと男関係で何かあったのかもしれないぜ、男とよく話すような女は二股も三又もしているらしいからな
それに白石って人、可愛いと言えなくも無いから意外と彼氏候補に困らないのかもしれないな?」
康生の言った事は飛鳥に対する侮辱の言葉に等しかった
彼にとっては噂話のような感じで聞かせたのかもしれない。だがそれが耳に入ったとき、戒は胸の内が沸騰しそうなほどに煮えたぎっていたのを感じていた
我慢することも出来た、だが康生は次に天音を侮辱してしまうかとしまうと居ても立ってもいられなかった
まるで、自分の居場所を汚されてしまったようで
「止めろ」
康生の言葉を遮って戒は彼に言った。それは彼に対して釘を打つようなもので警告だった
小さな声では有ったがその内に秘められた迫力は向かい側のいすに座っていた康生の友人も振り向かせるほどのもので、視線が一気に集中する
そして康生含めた三人もの目が戒に据えられた、いずれの視線も機嫌のよい良い色をしていない
「先輩はそんなことを絶対しない、足の怪我で部活を止めたんだ。トラブルなんて一切無い」
「そんなこと証明できんのかよ?」
「俺は先輩を信じる」
一緒にいた康生の友人が戒に視線を集中させる
呆気に取られるもの、態度の豹変に遊びの雰囲気を崩され不機嫌を露わにするもの、怖じ気づくものと反応は多種多様であった
そして、戒に圧倒された形になった康生は取り繕うように笑ったがその顔は引き攣っていた
「・・・分かったよ、大真面目に取り合うなって。お前もつまらない人間だと思われちまうぜ、冗談に決まってるだろ。只の噂さ、噂」
康生は面目を潰された事を承知し、戒の迫力に折れては見せたが謝りはしない
自分に非が向けられたことに対して理不尽に思いながらも自分の過ちを訂正したはいいがすぐに話題を切り替え戒を無視し始めた
その証拠に康生はその後の話題を戒には一切振らず他の仲間達とゲーセンの未成年パチスロの話で盛り上がっていく、完全に戒ははぶられてしまったようだ
戒もその話題には興味が無かったので一人で黙々とボーリング球を投げ続ける
彼自身、康生たちとの関係が悪化したことに別段不安は感じては居ない、元々彼らとは性格が合わなかったのだと自分に言い聞かせるように