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初夏の風鈴

ここから第二部となります

まあ、二部と言いましても異世界に飛ばされたり行方不明だった主人公の父親が出てきて巨大ロボットに乗れなんて展開にはなりませんのでご安心を(笑)

只、この話から主人公とそれを取り巻く人間関係が大きく変化していくと思います

戒と天音の行動にしっかり注目してください

ちりん。



湿っぽい六月が過ぎ、やや暑いが七月の過ごしやすい季節がやってくる

梅雨混じりの湿っぽく不快な熱気から開放されたのも束の間。直ぐに真夏の足音が聞こえるような熱気を凌ぐには冷房器具など置けず風通しの悪い第一と第三校舎に挟まれた為に、風通しの悪い第二校舎の三階にあるこの部室は服を脱ぎたくなるほどに蒸し暑い

部員が二人しかいない弱小文芸部にとっては、部屋を与えられているのにも贅沢な扱いであることを考えてみれば、多少の不便さに目を瞑るのも仕方ないのかもしれない

それでも、我慢していれば愚痴の一つや二つは言いたくなるのが人間なのだ


「あーあ、なんか凄く暑い

夏の夕日は長く残るし、外で練習してると虫もたくさん出るし暑いから一番嫌い」


「蚊とかよく出ますからね」


「蚊だけじゃなくて、蜂なんかも嫌い。刺されると痛いよ」


「雀蜂なんかは痛いじゃ過ぎませんよね。アナフィラシーショックで二回指されるとアウトですし

ここら辺じゃあまり見ませんけど虫だけじゃなくて、蛇なんかも厄介ですよ。もう少し田舎のほうだともっと見るかもしれませんけど」


半そでの制服をかすかに汗で湿らせた白石飛鳥が、机に座り憂鬱そうに右腕を立て頬を押さえつつ本を読んでいる戒にぼやく

戒自身も暑さのせいで普段から口数が少ないほうではあるものの、今日は一段とまた言葉を控えているようにも見えた

彼女の短く切った髪が窓から吹き込む湿気の混じった風に煽られて揺れると同時に、再び風鈴の澄んだ音色が鳴った



ちりん。



「だからうちの部室にも冷房が欲しいんだけど・・なにぶん部員が二人しかいないからねえ、予算が下りないのよ」


「蚊は蚊取り線香で追い払えますけど、煙くさくなっちゃいますよね」


「それに原則的に校舎内で火気使用禁止だから使えないの、火事になったら大変だから」


残念そうに飛鳥が笑う。猫を思わせる活発そうな笑顔が夕日の光を受け眩しかった

季節は既に春が通り過ぎ初夏もそろそろ終わりを告げて灼熱の真夏の季節の足音が聞こえる夏休み前、期末テストも近いこの時期


「まあ、風鈴が付けられたのは幸いでしたけど」


「気分だけでも涼しくなれますからね、何も無いよりはマシでしょうけど」


「私の自前だけどね」


飛鳥が突っ込みを入れるように答える、あまりぞんざいな言い方をしたのが気に障ったようだ


「すみません」


戒は謝ってしまう。いけないとは思っているのだが彼はこの三年生の先輩にはあまり頭が上がらないのだ

それに不用意な事を言った自分自身を戒める気持ちもあった。あまり軽率な気持ちでしゃべる物ではない


「別にいいよ、本当にマシになっただけだし。それにクラスの人たちとはどう?仲良くやってるの?」


飛鳥は気にしていないようで何よりだった。彼女はこの程度で腹を立てるような小さな人間ではない、だからこそ戒もここに通い続けているのだ

だが、彼女に振られた話はあまり聞かれたくない事になりそうだったので、戒は話を逸らす事にした


「まあ、色々・・・少し変わった子もいるので」


「変わった子?」


キョトンと飛鳥が少し大きめに瞳を瞬かせる。子供っぽいが彼女らしい仕草に戒は顔を綻ばせそうになり自然と口元に笑みが浮かぶ

飛鳥はあまり気を使わず話せる数少ない人物だからだ


「あまり話してないですけど、空が好きな子ですよ」


「その子可愛い?」


即答で飛鳥が聞いた。戒は彼女の反応が早かったことに少し戸惑いながらも間を置いてから答えた

性別まで話してないのに何故わかったのかは聞かない事にしておく


「人それぞれですけど、そう言われたら・・間違いなくそうなのかもしれなせん」


戒がしどろもどろに言う。あくまで彼から見ればそうなのかもしれないが今は写真などを持っている訳ではないので断言は出来ない

墓穴を掘ってしまったとは思う、なぜこうも突っ込まれるのかあまりいい気分ではない


「なんか遠まわしに可愛いって言ってるようなものだけど」


「いや・・・宇都宮さんは可愛いって言うより」


「へえ・・・宇都宮さんって言うんだ。その子の名前」


「苗字自体はありきたりですけどね」


飛鳥が悪戯心の混じった光を瞳に宿すが、口元はあまり笑っていない。何故か彼女に悪いことをしてしまったように思えて、恥ずかしさから自分の顔が熱を帯びてくるのを自覚してしまう

もしかしたら自分は割と宇都宮天音に気があるのかもしれないと思う。彼女は性格以外自分の好みの少女だったしあまり話していて悪い気はしない

少なくとも意識はしているのだろう、最近は彼女の事が頭から離れなくなっている

それはあまりにも「彼女」の影がちらついてしまうせいだ。昔の戒はそこまで異性を意識する事はなかった


「ふうん。それより今度駅前にできた蛸焼屋知ってる?」


何故か飛鳥はこの後話題を別の事に変えてしまった。その場は安心した解であったが、飛鳥の態度がいつもと違い少し不機嫌そうな気がしたのは胸の中に締まっておく事にした



放課後のチャイムが鳴った後、戒はいつものように階段を駆け上がって行く

部活に入っている生徒はもう帰宅する時間だったがそんなことは彼にとって意味の無い

屋上への階段を駆け上がり、古びたドアを開く

ギイイ、と錆びた金属同士が擦れる音を聞きながら彼は屋上に出た

埃っぽい場所から夏特有の生暖かい熱気が篭った空気に晒される、夕方でも初夏なので未だに気温は高い

その場所にいつも通り彼女は居た


「夏休みの間も、こうしてここで空を見るのかい?」


「そうね、鍵の開け方もあなたに教えてもらったし」


「君も意外に手先が器用だからね。鍵空けのコツが解らなかっただけで

でも、バレない様にやってくれよ。後、悪用はしないように」


「・・・誰がするか」


少女―――宇都宮天音は怒ったようにそっぽを向き、戒は溜息を吐いた

こうして彼女が多少なりとも軽口に反応してくれたり世間話に応じる所はある意味では関係が進展したといってもいいのかもしれない

それでも、天音は未だに戒の知っているどの人物よりも愛想が無く、口が悪い

クラスでの振舞いに見かねたときは配慮して助言しているのだが、それにも彼女は一向に耳を貸そうともしないのだ

自分でもなぜこうも世話を焼こうとするのかは分かっている。天音が彼女に似ているせいではあると

だが、それを確かめる勇気が今の戒には無かった。今の友人でも彼女でもない距離感が心地良かったからだ


「で、見つかったかい?」


戒はを尋ねる。一日に一回は聞く言葉に彼女は小さく答えた


「まだね。そう簡単に見つかっても困るけど」


天音は嘆息するように答える。その声は少しばかりだが疲れているようだった

戒は彼女のやや後ろに立ち、視線を追いかけるようにして天を仰ぐ

分厚い雲が、長い夕日の陽を浴びて暁色に染まっている。天音が目指しているものはとてつもなく、巨大な白雲の向こう側に隠れているのかもしれないと思う

そう思わせる大きさと巨大感が空に浮かぶ雲にはあった。まるで天空を駆ける白い巨城の如く、空に住まう古からの王族が下界にへばりつく愚かな人間達に自らの威容を見せ付けるように

自分もそれを探したいなのかと戒は心の中で自答する


答えは返ってこない

只、今は彼女に協力するのが気分が良い暇潰しになるので満足ではあったのだが

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