1話 ルクラルート郡国
異世界395日目
二度目の侵攻まで後1165日
ジンが仲間達と別れてから5日がたった頃、ジンはルクラルート郡国の街に滞在していた。
ルクラルート群国は、あらゆる種族の獣人が寄り集まった結果、亜人の国の中でもっとも大きな国となった。ルクラルート郡国は、国というよりは、いくつかの種族の同盟関係のようなものに近い、つまり王に当たる人物がいないのだ。そのため、国としての動きはかなり遅い。
種族ごとに領土があり領土と領土を繋ぐ街道に中立街が設けられている。種族間に問題を抱えている種族もある。中立街には、種族間での問題を持ち込むことは禁止されており、中立街はそういった種族間の緩衝地帯の役割を担っている。
ジンが滞在しているのは、そんな中立街の一つだ。
街は獣人が溢れているが、人間が居ないわけではない。皇都にも少数だが獣人は住んでいた。この中立街は皇都と比べ獣人と人間の比率が入れ替わっている感覚だ。
人間に対しての感情も人それぞれで、嫌悪している者、好感を持っている者、無関心の者と様々だ。そんな中、ほとんどの獣人が好感を持っている人間が『黒翼の英雄』だ。グーロム王国を滅ぼし奴隷を解放している『黒翼の英雄』の噂は獣人の国まで轟いていた。
そんな中ジンが最も驚いたのは、中立街が人間の街に酷似していることだ。これは、多種族の獣人が住む際にその種族の色が出すぎないようにするために、人間の文化を取り入れた結果、人間の街に酷似した作りになったらしい。
中立街には冒険者ギルドもあり、ジンはギルドに依頼を受けに来ていた。
「まことに申し訳ありません。こちらの依頼はすでに受けている方がいるようなのです。どうやらこちらの手違いで貼り出されていたようです。」
受付嬢の猫族の娘が深々と腰を曲げている。ギルドカードの能力ランクを見てから妙に腰が低くなった。どうやら獣人の国では、高ランクの者は自分の一族から出てこないため、フリーのSランクの冒険者は重宝されているらしい。
人間の国では高ランクの冒険者は、宮仕えを嫌っていたので正反対だな。
「別にいいよ。それにしても、この依頼を受ける人がいるんですね。」
ジンが受けようとしたのは、
依頼ランク A
内容 ソルジャー・オーク80体の討伐
期間 二週間以内
備考 ソルジャー・オークは特殊な装備を持っている模様。
という依頼だ。ソルジャー・オークは持つ武具でランクがDからBで変わる。依頼ランクがAということは、ランクBが数十体はいるはずだ。一般の冒険者では、歯が立たないだろう。
「どうも、狐族の領主様の一族が討伐に出てくれたようなんです。」
狐族といえば獣人の中でも指折りの種族だ。しかも領主の一族が来ているのか、見物に行ってみるのもありだな。
ジンは依頼地を確認させてもらって、ギルドを出る。
「ノエム森林ね」
ジンは、一言呟いて、地図を見ながら街門に向かう。
ジンの格好は、黒衣姿で腰には、テツの刀姿の黒龍刀と精霊刀がある。
『黒飛板』は目立つので、縮小化と軽量化の魔術がかかった荷袋に入れている。
同じ理由で移動は徒歩だ。
中立街からそれなりに離れると
「テツ、もういいぞ」
ジンの言葉に反応してテツが人の姿になる。人の姿になったテツをジンが抱き抱える。
「どうしたの主?」
「せっかくの二人っきりだからな、嫌か?」
「嫌じゃない。ずっとこのままでもいい」
テツがジンの首に顔を埋めてくる。ジンは、その頭を撫でながらノエム湿原を目指す。
途中から走ったので三時間くらいでノエム森林に着く。テツには、走り出したときに刀の姿になってもらった。
ノエム湿原に入ってしばらくすると、黄色い狐耳と狐の尻尾を持つ獣人の集団が見えてきた。おそらく狐族だろう近づいてみると話し声が聞こえてくる。
「助けに行かなくていいのか?」
「いいんだよ。」
「でも」
「もともと、今日はそれが目的だ。ジュウザ様のご命令だぞ。」
「わ、わかった。」
何やら不穏な話しをしている。次に爆発音が聞こえた。これは爆符のエクスプロージョンに似ている。
ジンは、ギアを上げて爆発音が聞こえた方向に全力で駆ける。
途中狐族の集団の横を猛スピードで駆け抜けた。
「なんだ?」
「何か通った?」
狐族の獣人はジンの姿を確認することが出来なかった。SSランクの足に風の補助が加わったジンの動きがそれだけ速すぎたのだ。
すぐに大きな地割れが見えて来た。地割れの反対側で狐族の娘が、ソルジャー・オークの集団に襲われていた。
「誰か助けてよう」
狐族の娘は、涙を流して助けを求めていた。何故、子供があんな目に?さっきの奴らの仕業なのか?
ジンの胸中を怒りが走る。
オークが斧を持って狐族の娘に近づいて行くのが見える。地割れを迂回する時間はない。
そこでジンは走りながら土の精霊を操り精霊術を使った。
「『橋渡し』」
土が盛り上がり土橋を形成する。土橋を地割れ半ばまで作り出す。
ジンが土橋の上を走る。即席のため土橋が崩壊を始めるが構わず走る。ジンは、土橋の先端まで走ると
跳んだ
一瞬だけ人工聖痕の『無敵』を発動する。『無敵』を使っての跳躍のスピードは、雷速を以上の域に到達した。
一瞬で移動したジンが、狐族の娘に斬りかかろうとしていたオークを膝蹴りで蹴り飛ばす。蹴りを受けたオークは、頭を拉げさせて飛んでいく。おそらく生きてはいないだろう。
「ふぇ」
狐族の娘が、驚いて奇声を発する。
「大丈夫?」
「えっ、ええ」
「そこにいて」
目の前には70体ぐらいのソルジャー・オークが武器を構えている。
先手必勝だ。
「『炎蛇・四首』」
四匹の炎の蛇を作り出す。
「燃やせ」
「ダメ!炎で、そいつらは倒せない!」
後ろで女の子が叫ぶ。炎蛇がオークの持つ盾に当たった瞬間、炎蛇が霧散した。
「『火避けの盾』よ。火は効ないわ。逃げて!」
オークが武器を振りかざして向かってくる。
「冗談、後ろに女の子が居て、逃げられるか。」
ジンは、黒龍刀(小太刀)と精霊刀(大太刀)を抜き放ち
「本気で刀を振るのは久しぶりだな。」
大太刀を右に小太刀を左に持ったジンが、小太刀を前に構え大太刀を顔の辺りまで引く。
「『大突』」
右の大太刀で突きを放つ。『小突』が早い技なら『大突』は重い技だ。
突き出した大太刀は、オークの肉体を鎧ごと貫き、それでも止まらず、後ろのオーク2体も一緒に貫いた。
「『小突』」
左側にいるオークの頭を小太刀で顎から貫く。一瞬で4体のオークを始末した。
この攻撃によって、オークの攻撃対象がジンに移る。
1体のオークがジンに長剣を叩きつけるが、ジンはその攻撃を黒龍刀で受けオークの長剣を弾く、そしてがら空きの胴を精霊刀で切り裂いた。
同じ戦法で20体を倒した頃、オーク達も1体では敵わないことを悟り四方から攻撃を繰り出すが、ジンは四つの攻撃それぞれに刀を側面からぶつけそれぞれの攻撃の向きを操作する。
「『神双流・四角受け』」
誘導された攻撃は、それぞれ左側のオークに身体に当たり動きを止めた。動きの止まった4体の首を切り落として止めをさす。
「風を解放」
精霊刀から、風の精霊が溢れ刀身を風が包む。
「『風刃』」
ジンが精霊刀を振ると風の刃が生まれ、防御の遅れたオークが身体を斬られて、その場に倒れる。
精霊刀を使うことによって、風刃を使うことが容易になり溜めも必要なくなった。
この時点でオークは逃亡し始める。群れを作る魔物ゆえか一塊になって逃げていく。
「『落雷雨』」
逃げていく一団に雷の雨が降り注ぐ。
雷を前に火避けの盾は、意味を成さずソルジャー・オークは全滅した。
ジンは刀を納め
「鈍っては、いないようだな」
大太刀と小太刀の二刀流がジンの本領とはいえ、ここ一年ぐらいは、テツだけを振るっていたから少し不安だったのだが、聖痕を使わずにBランクを含めた魔物を数十体を、危なげなく倒すことができた。
少しの満足感に浸った後で狐族の娘のところに戻る。
やっと少女をゆっくり見ることができた。狐族の娘は、幼い顔立ちに小さな体、金髪、金眼のつり目がちな少女だった。服は華やかな赤い着物を着ていて、その上に同じ柄の上衣を着ている。上衣の長さが腰までで、その間から尻尾が一本出ている。便宜として狐っ娘と呼ぼう。
「もう大丈夫だよ」
ジンが狐っ娘の前にしゃがむと
「うっ、うえ~~~ん、怖かったよ~~」
狐族の娘は、ジンに抱きついて泣き出してしまった。余程怖かったのだろうなかなか泣き止まなかった。
ジンが、泣き止むまで狐っ娘を腕の中であやしていると。
「あの、落ち着いたから離してちょうだい」
解放すると
「さっきのは、その、忘れてちょうだい、私は・・・」
顔が真っ赤な狐っ娘は、一度悩むそぶりを見せて
「私は、狐族のクズハ、階位は・・・九尾よ」
「へぇ、俺は」
「なんでそんなに無反応なの!?」
何やら、怒りだしてしまった。
「えっ、え~と。尻尾一本しかないみたいだけど。」
「力を解放したら九本になるのよ。ってそうじゃなくて、他にあるでしょう?」
「なにが?」
「狐族の九尾って言ったら狐族の領主のことでしょ!?」
「そうなんだ」
「・・・そうなのよ。はあ、まあいいわ、あなたは?」
「俺はジン見ての通りの普通の冒険者だ」
「あれだけ強くて普通はないでしょ。名前は?」
あちらも結構重大な事を話してくれたようだし、ちゃんと名乗っておくか
「俺はジン、Sランクの冒険者だ。」
「やっぱりSランクなんだ」
ジンの名前は以外と知られていないようだ。
まあいいさ。
さて問題は、狐っ娘改めてクズハをどうするかだよなあ。ここに来る前に見かけた奴らのところに返しても、また殺されそうになるかもしれないし、かといって領主を連れ去る訳にもいかない。
ジンが、物思いに耽っていると。クズハが意外な提案をしてきた。
「ねえジンは、今何か依頼を受けてるの?」
「うん?いいや、今はフリーだな」
「なら、私に雇われない?」