プロローグ 狐族の領主
獣人の国、ルクラルート郡国にある狐族の集落にある屋敷で集会が開かれていた。
「領主様には、ソルジャー・オークの討伐に行っていただきたい。」
下座に座る男が、とても領主に対する言葉とは思えない発言をする。この場の領主とは、獣人の中でも指折りの一族、狐族すべての長にあたる者のことだ。発言したのは、ジュウザという男だ。
「その程度、屋敷の者達で充分でだろう」
返答した領主は、まだ小さな少女だった。ジュウザは、領主に向かって小馬鹿にしたように
「屋敷の者は忙しいのです。あなたと違ってね。」
「このっ」
ジュウザは、いきり立つ少女を無視して。
「では、採決でも取りましょうか。私の案に賛成の方は挙手をお願いします。」
進んで手を挙げる者、渋々手を挙げる者と様々だが、この場に集まっている狐族の九割以上が手を挙げる。
少女は悔しそうに歯切りする。
「では、明日にでも用意させますので、よろしくお願いしますね」
ジュウザは領主の返答を待たずに部屋を後にした。
ジュウザが部屋を出た後
「何様だ、あやつは」
領主の少女が悪態をつく。
「クズハ様、大丈夫ですか?」
心配そうに近侍の男が聞く。聞いているのは押し付けられたソルジャー・オーク討伐のことだろう
「平気よ、問題ないわ」
クズハは、内心かなり不安だったが、表には出さない。弱みを見せたくないのだ。
この屋敷で信用できる者はほとんどいない。クズハの両親は幼いときに他界しており、信頼できるのはここにいる叔父であり近侍でもあるミロクくらいだ。しかし、ミロク自身は四尾のため発言力はない。狐族の序列は尻尾の数で決まる。普段、尻尾は一本で力を解放した時に数が増える。一尾から九尾まであり、これを階位と呼んでいる。
クズハだって今の地位に、就きたくて就いたわけではないのだ。慣習で九尾が領主になることが狐族で決まっているのだ。クズハの家は本家の傍流であるため、クズハの立場はかなり弱い。
さらに、先程の階位・八尾のジュウザが集会を牛耳って好き勝手しているのだ。
そして今回は、魔物の討伐という面倒ごとを押し付けられた。おそらくミロクは、任務から外されるだろう。クズハには側にいる者さえ選ぶことができない。
そして2日後
昼頃、ノエム森林に狐族の集団が入った。
「領主様、お早く」
「わかっ・・・てる、わよ」
クズハの小さな体躯では歩幅も小さい、それなのに周りの兵士の速度は全くといっていいほどクズハに対しての配慮が無かった。クズハの息切れしながらも集団になんとかついていく。森林の中を一人になるのは危険すぎるからだ。
しばらくしてソルジャー・オークを見つけた。オークたちは休憩中なのか無警戒だった。居眠りをしている者までいる有様だった。
その光景を見て狐族の集団は、意気揚々と攻撃を始める。
狐族は火を重んじる傾向があり魔力の色が赤の者が多い。魔術師といえば炎術師が多い、そのため狐族の魔術は獣人の中で破壊力は抜群だ。狐族の3人が火炎系中級の魔術を放つ。
「「「『フレイム・シュート』」」」
しかし今回は、その火の魔術が仇になる。起きていたソルジャー・オークが手に持っていた盾を掲げる。その盾に炎が当たると炎は霧散してしまった。
オークが掲げたの盾は、『火避けの盾』といって火を消す力を持っている特殊な盾だ。これを持った敵は狐族にとって天敵だ。
「こいつら火が効かないぞ。一旦引け。」
火が効かないとわかった瞬間、狐族の集団は逃げ出した。
クズハを置き去りにして
クズハも必死に追いかけるが、クズハの足で大人の速度についていける訳もなく、徐々に離されていき孤立して走ることになった。
(どうしてこんなことに)
クズハの胸中にそんな思いが湧き上がる。それでも今は必死に走るしかない。
地割れが見えてきたあそこには木製の橋がある。橋を渡ってオークが来る前に橋を落とせば、とクズハが希望を見出したとき。
バガン
橋の上で爆発が起きた。爆符を用いた『エクスプロージョン』だ。木製の橋が『エクスプロージョン』に耐えられるわけもなく橋が落ちる。おそらく先に渡った者達が爆破したのだろう。
「そんな、なん・・・で」
後ろからは、オークが迫ってきている。
クズハは、思考がまとまらない内に、後ろから来る恐怖から逃げるために地割れに沿ってもう一度走り出す。
(見捨てられた?それとも私を殺すため?最初から仕組まれていたの、もう嫌。何でこんなことに。誰か助けて)
頭の中がごちゃごちゃになっていたためだろう。クズハは目の前の段差に気付かなかった。
「きゃあっ」
段差に躓いて転倒してしまい、クズハの目に涙が滲む。
「誰か助けてよう」
クズハは、いる筈の無い味方に助けを求めた。
面を上げ後ろを見ると一体のオークが斧を振り上げている。
(わたし、死ぬんだ)
そうクズハが思ったとき。オークがあらぬ方向に凄い勢いで飛んでいった。
「ふぇ」
びっくりして変な声を出してしまった。
「大丈夫?」
いつの間にか目の前に、黒衣を纏った男がクズハを守るように背を向けて立っていた。