26話 忘却の王女
教えてもらった部屋に行きノックすると中からソフィアが顔を出した。
「ジン様!ご無事で」
「ジン」「お兄様」「ご主人様」
聞き付けた三人が飛び出してきた。なんとか三人を受け止める。
「みんな元気そうだな。中の人に会わせてくれる」
中に通してもらい自称王女に対面する。
見た目は、森を思わせる深い緑色の長い髪。顔立ちはかなり整っているが、どことなく表情が硬い。体は小さく10才を越えた辺りだろうか。
「はじめまして俺はジン、君は?」
「これはどうも私は、ミリーと申します」
傍目にはわからないが、どことなく不安定な感じがする。
「みんな外で待ってて」
「ジン様、彼女に王女についての話をするなら気を付けてください」
「わかった」
みんなを外に出す。
バタン
「それで何が聞きたいんですか?」
「君は何者だい?」
一瞬ピクッとなったが
「私はこの国の王女です。」
「どうして王女を名乗ったんだい?」
「王女が王女と名乗るのがおかしいですか、英雄さん」
「知っていたか」
「ここから見ていました。」
なるほどここは昨日の庭園がよく見える。
では、俺は仇になるのか
それにしては、彼女から憎しみは感じない
「どうして王女になりたいんだ?」
「ですから」
苛立たそうにしたミリーに
「いやこの際君が王女かどうかは問題じゃないんだ。」
「な、何で?」
あきらかなに動揺だ
「君のことを知っている人がいない以上、君は王女になれない」
「そんな」
彼女は、かなりの衝撃を受けているようだ。
「この国の高官の、ほとんどは死んでいるんだが、君を知っているのは?」
彼女の言ったのは重臣ばかりでようするにゴミのような奴らだった。つまり俺が殺している確認はできない。
「王宮でその人数しか知らないということは、君は何処かの村で王宮とは直接関係なく生まれたんじゃないか?」
「そうです。私は妾ですらない女から生まれて。数年前に連れてこられました。」
ミリーの声が低くなった気がする。
それでも続ける
「なら村には帰れないのか?」
「私の村は燃やされました。」
「・・・」
「私はこの国に全て奪われました。私の家族は殺され、村は焼き払われ、忘却の魔法で名前を忘れさせられ偽りの名前を与えられ。娘と呼ばれながらも、わたしの立場は伯爵の娘でした。そしてほとんどの間ここに監禁され教育だけを受けていました。」
ミリーは、全てをぶちまけるように語る
「もう私には、家族も生まれた村も名前すらありません私には、何もないのです。確かなものが、信じられるものが、なら愚かであろうとこの国の王女でいなければ私は何なんですか?教えてください私は何なんですか?嘘で着飾った私は何者なんですか?」
空虚な顔に涙を浮かべた彼女を見ながら思った。
この子は俺に似ている。
一度世界との繋がりをすべて失い自分のことがわからず、とても不安定になっている。
違うのは、俺は自分で選び、ミリーは奪われた。
「たしかに君は何者でもないのだろうね」
「ッ、そう、ですよね」
絶望に打ちひしがれるミリーに俺は近づき脇に手を入れ抱き上げる。
「な、何ですか?」
できるだけ声に力を入れて話しかける
「何者でもないのなら、何者かになれば良い、まず名前を与えてやる。これから一生使う名前だ。」
「名前?」
「そうだ。そうだな・・・・・・・・今から君はフェリスだ。」
「フェリス?」
「そうだ。フェリス何か好きなことや得意なことはないのか?」
「えっえっ」
この時女の子は、ジンの勢いに呑まれていた。
「何かあるだろう?」
「えと、料理が好きです。」
「上手い?」
「と、得意です。」
「なら俺のところで料理人をしないか?」
「え、なんで」
「俺の仲間で料理が得意なやつがいなくてな。」
「そうじゃなくて・・・なんで、そこまでしてくれるんですか?」
「俺も似た経験がある。その時、俺はすぐにソフィアたちに出会えたから大丈夫だった。」
「えっ」
「だから、俺が居場所になってやるよ、名前もやる、だから新しい人生を歩んでみないか、君には未来も自由もある、これから君は何でもできるんだよ。確かに君は一度終わったのかもしれない。だけど、もう一度俺の側で始めてみないか」
「あっ、わたし」
フェリスの目から涙が溢れる
「いいんですか?」
「おいで」
フェリスになった女の子は、ジンの胸に顔を埋めて
「わぁーーーー」
大きな声で泣き出した。
「はじめよう、新しい君を」
フェリスは落ち着つくと
「ありがとうございます。それで、そのお願いがあるんです」
恥ずかしそうに
「あのジンさんのこと、お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」
「えっ」
「だめ?」
「いや、いいよ」
それだけで、顔を輝かせてくれた。
ティリエル、なんて言うかな。
「フェリス仲間になってくれる?」
「はい」
新しい仲間が加わった。
そこで外の皆を呼び戻した。
あらためて自己紹介をした。みんな名前が変わったことに驚いていたがフェリスが名乗った時にとても嬉しそうに笑ったのを見て、なにも言わなかった。
ただ、ティリエルは
「お兄様は、私のお兄様です」
「お兄ちゃんになってくれるっていったもん。だからお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんだよ」
フェリスが子供っぽくなっている。こちらが素なんだろうな
「む〜」
「う〜」
「こら、二人とも仲良くしなさい。」
二人を左右に抱き抱えキスをする。
「お兄様」
ティリエルは、うっとりしていたが
「〜〜〜〜〜ッ」
フェリスは、言葉にならない悲鳴を上げ、顔を真っ赤にしている。
フェリスは、初々しいなと和む。
「そういえばアッシュに話通さないとな。ついでに皇国に帰ることも話すか、皆それで良いか?」
「はい。いいですよ。」
ソフィアが返事をして他の皆も頷く。
「そういえばレティーシアは、どうするんだ?」
「私も戻る。事務仕事は苦手だ。」
うん、アッシュも期待していなかったみたいだしね。
今日は、もう遅いから帰るのは明日だな。
「よし、皆で夕食にしよう」
「はい」
アッシュに、フェリスは俺が預かることになったことと明日皇都に戻ることを伝えた。戻ることを伝えた時泣きそうになっていたが男の涙なんかに興味はないので無視だ。