初夜に「君を愛さない」と言われたので私の方から振ってみた
誤字脱字ありがとうございますm(❁_ _)m
大勢の人を招き盛大に祝われた華麗な結婚式と披露パーティーが終わり、主役の一人であったアメリアはすぐに磨かれ薄くパウダーをはたかれ柔らかいシフォンのナイトドレスを着せられて、広々とした主寝室に放り込まれた。
それから三十分。
アメリアはベッドの縁に座り、暖炉と燭台の炎に照らされてうとうとしていた。
そこへ重厚な扉がキィッと音を立てて開き、バタンと閉まる重い音が聞こえた。
意識が浮上したアメリアが顔を上げると、目の前に先ほど夫となったジェラルド・ランベール侯爵が立っている。
アメリアが心の中で(やっと来た)と思いながら立ち上がろうとすると頭上から低い声が降ってきた。
「先に言っておく。君を愛することはない……」
アメリアが視線を上げてジェラルドを見ると、夫は冷ややかな目をして見下ろしている。
「……だ」
続けて口を開いているジェラルドに気づかず、アメリアは「ふん」と立ち上がり姿勢を正した。
「それは重畳」
「が……っ?」
「実はわたくしには操を捧げると誓った御方がおりまして。でなくとも貴方とわたくしが顔を合わせるのは婚約式を含めても今日で三回目。わたくしとてまだ愛せるかどうかなんてわかりませんわ。ではわたくしは自分の部屋に行きますね」
「いや待て」
「なんですか」
ギッと眉間に皺を寄せたアメリアにジェラルドはたじろいだ。
(おとなしい箱入り娘だという話はなんだったんだ?)
「周囲を欺くために初夜は同じ部屋で過ごさなければならない」
内心慌てつつも威厳たっぷりに言葉を絞り出したジェラルドにアメリアはわかりやすく顔を歪ませた。
たしかに、これは政略結婚。初夜に同じ部屋で過ごさなければ使用人たちの憶測を呼ぶだろう。そしてそれが噂となって広まるのはアメリアとしても本意ではない。
「わかりました。では毛布をお借りしますね。わたくしは長椅子で休みます」
「いや、そうじゃなくて。ではなく淑女を長椅子で眠らせるわけには……」
「もうわたくしはへとへとなのです。どこだって眠れます」
「いやしかし」
「うるさい」
「……!」
アメリアは毛布を抱えて長椅子に横たわり、鼻までかぶって間もなく寝息を立て始めた。
ジェラルドは呆然とした後、薄暗い部屋の中をうろうろと歩き始めた。
(なぜ俺が振られたみたいになっているのだ? ……うるさいと言われた)
ジェラルド・ランベール二十五才。人嫌い女性嫌いが、自立してから初めて計画通りにならない経験をした夜だった。
*
ジェラルドは人嫌いだ。
亡くなった祖父と隠居させた父の散財により傾きかかった侯爵家を若くして継いだ。
それ以来脇目も振らずに働き、牧羊が盛んな領地で新たに織物事業を興した。鮮やかな染色で緻密な紋様を織り込んだ織物は貴族に好まれ、事業が軌道に乗ってきた時にはあちらこちらから秋波を送られるようになっていた。
(事業が成功した途端、人が寄ってくるようになった。……醜いものだな)
ジェラルドはすらっとした長身で、若くして亡くなった母譲りのダークブラウンの髪に緑色の瞳をした綺麗な顔立ちをしている。が、財政が逼迫していた頃には誰からも歯牙にもかけられなかった。
しかし侯爵位を得て事業が好調で、ジェラルド自身も仕立ての良い衣装を身につけるようになると人に囲まれるようになった。
男性たちからは若さを侮られて詐欺まがいの話を持ってこられ、女性たちからは誘惑が凄まじかった。一時は人間不信で仕事に影響をきたしそうになったこともある。
けれど貴族として、そしてやっと立て直した侯爵家をさらに発展させるためには有用な相手と縁づき後継を持たなければならない。
重い腰を上げ、持ち込まれた縁談の中で最も条件の良い相手を選んだ。それが国内外に広がる流通網を持つアメリアの実家ルグロ伯爵家との政略だった。
*
つまり、ジェラルドはアメリアに対して「政略結婚なのだから私に愛は求めるな。だが後継は必要だ」と伝えるつもりだったのだ。決して「初夜を行わない」という意味ではなかった。
ジェラルドは長椅子ですぅすぅと眠るアメリアを見る。顔の下半分は毛布で隠れているが、閉じた長いまつ毛が時折り細かく震え、長椅子からこぼれ落ちる金の巻き毛が暖炉の灯りできらきらと照らされている。
(椅子から落ちたりしないだろうか)
抱き上げてベッドに連れて行くかどうか再びうろうろしながら逡巡したが、先ほど「うるさい」と言われた衝撃が思い出されて諦めた。次はきっと「触るな」と言われる。
(今まで寄ってきていた者たちとは違うが、人間不信が復活しそうだ……)
もう一度アメリアに近寄って様子を窺い、しばらく考えてベッドの上の大きなクッションを長椅子の下に並べてぽんぽんと叩いて膨らませた。それから、すでに燃え尽きようとしている燭台の火を吹き消した。
ジェラルドはもぞもぞと一人広いベッドに横たわり、一つだけ残した枕に頭を沈める。
(……操を捧げる相手とは誰だろう?)
***
女主人となったアメリアの家政における手腕は見事なものだった。ジェラルドが仕事に邁進して疎かになっていた屋敷の中の秩序を瞬く間に正常化した。
素早かったのは、家令と侍女長が握っていた家計と人事権を「クビ」の一言で取り戻した事だった。
がんがん改革するアメリアに対して反発した二人に「まあ、まるで自分たちがこの屋敷の主人のようなものの言いようね。知らないようだから教えてあげるわ。今のこの屋敷の女主人はこのわたくし。その主人に対して不敬。それにこの二重帳簿はなにかしら? 水増し請求してバックさせていたわね。はい、クビ」と切り捨てたのだ。
それから、侯爵家の財政を傾かせた原因である先々代と先代が買い集めた骨董品と調度品を処分し始めた。
ジェラルドの祖父が買い集めた骨董品の中で本当に価値のあるものは残して売り捌き、父親が集めた金ピカの調度品は成金新興貴族にいい笑顔で売りつけた。
そして屋根裏に押し込められていた古くて重い家具を磨き上げさせて配置し直し、鮮やかな花を飾ることで歴史ある侯爵家に相応しい屋敷へと復活させた。
その間ジェラルドとアメリアの会話は、結婚式の翌日にアメリアから「好きにさせていただきますね」と言われて以降、夕食時の業務報告しかなかった。それもアメリアからは全て事後報告だったため、ジェラルドは何度も食事を喉に詰まらせそうになったのだった。
***
「おはようジェラルド。奥方の噂は聞いているよ」
「噂?」
領地の産業である織物事業の事務所として使用している離れで、秘書のガイが笑いながら声をかけた。ガイは分家の従兄弟であり幼馴染であり、ずっとジェラルドに対して変わらず接してきたので人間不信の対象外だ。
「使用人たちをばっさりクビにしたらしいね。それから色々処分しているようじゃないか。結婚式の時は美しくてたおやかな女性だと思ったけど、芯の強そうな方だね」
「ああ、うん。……なあ、ガイ。アメリアは箱入り娘だと聞いていたんだが?」
椅子に座ったジェラルドにガイが書類を渡す。
「社交界には出ていなかったからねぇ。けどルグロ伯爵の隠し玉という話は聞いたことがあるな」
「隠し玉」
(掌中の珠ではなくて隠し玉?)
「ああ。うかうかしているとうちが乗っ取られるかもしれないね」
ガイがそう言って朗らかに笑う。
「ま、今はランベール家の奥方なのだから、その心配はないか」
(たしかに社交界で彼女を見たことはなかった。では操を捧げると誓った相手とはどこで出会ったんだ?)
*
ジェラルドは今夜もだだっ広い主寝室で一人うろうろしていた。結婚してから半年。アメリアは自室で就寝しているのでジェラルドは一人では広すぎる部屋で毎夜考えごとをしているのだ。
(アメリアの想い人とは誰だろう?)
ルグロ伯爵の商談相手だろうか。それとも使用人など身分違い……とか?
夫婦として一緒に舞踏会などに参加すれば、アメリアが誰かと目配せをしていないかと観察し、屋敷にいれば個人的な書簡が届いていないかチェックする。
前家令をクビにした後にアメリアが雇った家令とは緊張して対面したが、やってきたのは四十代の妻帯者であった。アメリアがお茶会で懇意になった公爵家の前家令の次男で、現家令の兄の補佐をしていたらしく「侯爵家の家令と侍女として雇っていただき感謝しています」と夫婦で深く頭を下げられた。
そうやって疲弊するほど目を光らせても、アメリアが『操を立てる相手』は分からなかった。
*
事務所の机に両肘をつき、手のひらに額を乗せて「はああぁぁ」と息を吐く。
「おいおいジェラルド、大丈夫か?」
「……大丈夫、じゃない」
「なんだか、最近のお前、面白いな」
ジェラルドは笑いを抑えるガイを睨みつけた。
「気になるんだ! 気になるんだから仕方ないだろう!」
「けど、お前『愛することはない』って言ったんだろ? じゃあ奥方の心の中に誰がいようと文句は言えないよな」
「だが俺の妻だ!」
ガイは目を丸くした後、三日月のように細めた。
「惚れたか」
「惚れ……っ!?」
しばし静止するジェラルドにガイは爆笑した。
「というか、なぜそんな事を言ったんだ? 後継をもうけるために結婚したんだろ?」
「……後継をもうけるために結婚したからだ」
「最低だな」
ガイがため息交じりに言うと、ジェラルドは見たことがないほど項垂れた。
「謝りたいけど謝る隙がない」
「ふはっ、お前が女性に関心を寄せるとは珍しい。奥方さまに感謝せねば。前途多難だけどな」
*
基本的にジェラルドとアメリアが顔を合わせるのは夕食時のみ。なにか報告する事がなければ無言で黙々と食事を進める。
落ち着いた雰囲気で居心地の良くなったダイニングで、ジェラルドはちらちらと長いテーブルの正面に座ったアメリアの顔を見る。
手入れの行き届いた金の巻き毛を結い上げ、伏せていても分かる理知的な青い瞳。凛としてすっきりとした美人だ。
ふいにアメリアがまぶたを上げて視線がぶつかった。どぎまぎするジェラルドをよそにナフキンで口元を押さえたアメリアが執事を呼んだ。
「クラン」
「はいっ」
執事が小さく飛び上がった。あれはかなりアメリアを恐れている、とジェラルドは思った。
「今日の白身魚のポワレ、焼き始めるのが早かったわね。冷めて中が少しぱさついていたわ。料理長に伝えておいて」
「かしこまりましたっ」
ジェラルドが「ずいぶんと厳しくないか? 美味かったと思うが」と言うと、アメリアのまっすぐな視線がジェラルドに届いた。
「わたくしたち二人だけの夕食で管理ができていないのです。晩餐会の時などどうします? それにこういうことは女主人しか言える者はおりません」
「そ、そうだな。確かに」
わずかに震える執事がジェラルドの前に食後のショコラを置く。
(なにか会話をしなければ。そこから謝る糸口を……)
「あー、最近はどうだ?」
なにを聞いているんだ、と一人反省しているジェラルドに気がつかないのか、アメリアは小さくうーんと唸った。
「そうですわね。屋敷の中もそろそろ落ち着いてきたので暇ですわね」
「そうか、じゃあちょっと出かけないか? ちょうど私も休みが取れそうで」
「……」
視線が怖い。執事のように少し跳ねそうだ。
「いいですわよ。お出かけしましょう。……対外的にも夫婦円満に見られた方が良いですからね」
アメリアがほんの少し頬を染めながら、つんと意地を張ったように言う。
(可愛い……。そういえば彼女は俺より六つぐらい下だったか。しっかりしているが、まだ若いのだったな。……あれ?)
「誕生日はいつだっけ?」
「釣書に書いてありましたが?」
(しまった、声に出ていた)
「わたくしの誕生日は来月ですけど?」
「そ、そうか。ではちょうど良かった。出かけた時に君の好みの物をプレゼントしよう」
「それはありがとうございます。ではわたくしはこれで」
立ち上がりダイニングを出て行くアメリアの後ろ姿を見ながら(一歩前進したか?)とジェラルドはほっとした。
*
「ガイ! アメリアと出かけるんだ。女性が喜びそうな場所を教えてくれ」
「あーはっはっはっ! お前、本当にジェラルドか?」
「ちゃかすなよ。切実なんだ」
アメリアに想い人がいようといまいと、今は自分と夫婦なのだから少しは歩み寄りたい。プレゼントを贈る時に心から謝ろう。
「来月、彼女の誕生日なんだ」
「それはいい機会だな。奥方の好きな物はなんだ?」
「……わからない。けれど普段の装いや父の金ピカ家具を売り払ったことを考えると、派手な物は好みじゃないと思う」
「じゃあ場所だな。風景の美しい場所。それから美味い食い物」
「たしかに食にはうるさい」
「言い方、気をつけろよ」
「で、どこが綺麗で、なにが美味い?」
「ほんと、大丈夫かよ……」
*
澄んだ青空が広がる暖かい秋晴れの日、ジェラルドとアメリアは小高い丘の上にある城塞跡に来ていた。そこから眼下に市中が見渡せる。
幾重にも重なる尖塔を持つ教会を中心に放射状に道が伸びて街があり、その向こうには広大な敷地の王宮が壮麗な姿を見せている。教会と王宮の間は貴族が住む区画で、教会からこちらは平民が住まう区画だ。小さな家がびっしりと建っていて、ここまで賑やかさが伝わってきそうだ。
大きな石が緑の草原の中に残るだけに見える城塞は建国以前の物で、ほぼ神話とも言える建国物語の舞台となっている。踏みしめる草の間には小さな白い花が揺れていて、その頃の名残は残っていないけれど。
「まあ、とても美しいわ。わたくしたちの住む街があんなに小さくて」
「気に入ったか?」
「ええ。初めて来ましたの。ここに来るまでに通った街並みも、すべて珍しく面白く思いましたわ」
いつもと違う場所のおかげか、アメリアはいつになく朗らかで言葉数も多い。ジェラルドは心の中でガイに礼を言った。
「……君は、社交にも出ていなかったようだし、あまり出かける事がなかったのか?」
「幼い頃は体が弱かったので両親が過保護だったのです。ですから家の中で本を読んでばかりでしたわ」
「今は大丈夫なのか?」
「すっかり良くなりました。ご覧になってどうです?」
「うん、元気そうだ」
さあっと風が吹き、二人がふわりと微笑み、しばらく城塞跡を散策した。
ジェラルドが心の中に暖かさと頬が緩むようなむずむずした気分を感じていると、アメリアが振り向いた。
「この城塞が舞台となった建国物語を読むのが好きでした。中でも亡国の姫と新興国の王となった騎士の物語はご存じですか?」
ジェラルドは頷いた。建国物語は貴族の嗜みでもある。しかしジェラルドは、建国してからどのようにして国の枠組みを作っていったかの内容しか思い出せない。姫と騎士の話は知識としてはあるが、内容はあやふやだ。
***
はるかなる古、この場所にあった帝国は栄華を誇っていた。繁栄していたがゆえに人々は堕落し、腐敗していた。
皇帝や貴族たちは刺激を求め、暇つぶしとして戦いを繰り返していた。まるで遊戯盤の駒のように軍隊を使い周辺国を侵略し、その国民を奴隷として連行し、過酷な労働を課していた。
その遊戯の駒の一つとなっていたのは由緒正しい貴族の家に生まれた一人の騎士。騎士は戦の意味のなさと残酷さに心を痛め、皇帝にこれ以上の侵略は止めるよう進言した。
その進言は、心から愛する皇女のためでもあった。皇帝の娘である皇女もまた、皇帝の駒であったから。
しかし皇帝はその進言を「戯言」と一蹴した。そして騎士を更に過酷な戦場へ送り出すことに決めた。
騎士が戦地に赴く前夜、騎士と皇女は短い時を共に過ごした。
「貴方が無事に戻るまで、わたくしは誰にも会わず話さず祈りを捧げましょう。貴方の無事を、いずれ必ず来る平和を願いましょう。そしてわたくしは一生涯、貴方に操を捧げます」
翌朝、騎士を見送った皇女は自ら丘の上にある城塞の塔に昇り、重い扉を閉ざした。
季節が変わり、死線をくぐりぬけた騎士が戻ってきた。
戦争に勝利した英雄としてではなく、皇権簒奪者となるべく味方を引き連れて。
否、皇女の夫という正統な帝国の後継として帰還した。
騎士は皇宮を封鎖し皇帝に蟄居閉門を勧告した。そして堕落し無能な貴族たちを拘束し終えた後、皇女が籠っている城塞の塔を目指す。
塔の最上階の扉を開けると、清らかに微笑む皇女の姿。騎士は跪いて愛を乞う。
皇女は騎士の手を取り、二人は国名を変えて新たな世の中を作ったのだった。
***
「素敵ですよねぇ。騎士が皇女を想って戦場で月を見る場面とかドキドキしましたわ」
「で、君が操を立てているのは誰なんだ?」
「はい?」
「いやっ、間違えた! じゃないっ。やっぱり誰なんだ?」
「大丈夫ですか? 旦那さま」
ジェラルドは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「……君にも、操を捧げている相手がいるのだろう?」
「……」
「俺たちは政略結婚で、申し訳ないとは思うが……」
アメリアは首を傾げた。
「なんの話です?」
「君が、結婚式の夜に操を立てた相手がいると……」
「…………。ああ、そんな事も言ってましたわね。あの時はとても眠くて少し短気になっていました」
あの夜のことを思い出したのか、アメリアはおかしそうに笑った。
「社交もしていなかったわたくしにはそんな方はおりません。あえて言うならば建国物語の騎士さまでしょうか。でもあれは旦那さまが悪いんですのよ?」
ジェラルドは少し放心した後「わかっている」と、がくりと頭を垂れた。後悔と安堵が混ざった複雑な気持ちになる。
「まあでも、わたくしも助かりました。ずっと家にこもっていて父と弟と使用人以外の男性と接した事がありませんし、父も貴方が女性嫌いだから娶せたのです」
「え……、それは」
「父は過保護だと申しましたでしょう?」
アメリアがふふっと笑うとジェラルドは愕然とする。
ジェラルドの脳裏にあの食えないルグロ伯爵の笑顔が浮かんだ。
「それでもやはり『愛することはない』と言われると腹が立ちますわね」
「申し訳ない……」
アメリアとて乙女らしい夢はあった。亡国の姫のように、愛する騎士が屋敷から連れ出してくれることを夢見ていた。婚約者となるジェラルドと初めて顔を合わせた時、すらりとしながらも男らしくて綺麗な顔立ちのジェラルドと騎士を重ね合わせてときめいた。
婚約の覚書を書いた時も婚約式の時も、ジェラルドはそっけなかったけれどちゃんと婚約者として接してくれた。期待は膨らんだ。
なのによりにもよって結婚式の夜にあんなことを言われてしまった。
意味がわからない。
腹が立った。おまけに疲労困憊でイライラして怒り倍増になってしまった。
「わたくし、幼い頃は本を読んでばかりだったと申しましたが、それはほとんど父の執務室でした。読むのに飽きると父の横に椅子を運んで父が仕事をしている様子を見ていました。ですから自然と覚えましたわ」
帳簿の見方、人の動かし方、効率的で合理的に物事を進めるためには時に心を鬼にせねばならないことを見て覚えていった。
「貴方との結婚が決まったとわたくしに伝えた時、父が言いました。『ランベール侯爵は仕事はできるが肝心の足下が見えていない。いつか生活の基盤から崩れるだろう。アメリアならばどうにかできるのではないか?』と」
(『失敗してもかまわんがな』と笑っていたことは黙っていましょう)
「侯爵家を整えていくのは面白そうだと思ったのです。ですから、まごうことなき政略結婚ですし、お気になさらないでくださいませ」
「待ってくれ!」
ジェラルドの大きな声に驚いて、アメリアがきょとんとした顔でジェラルドを見た。
(可愛い……、いやそうではなくて)
「君……、アメリアに対して失礼なことを言ったことは謝罪する。えー、その、だ」
ジェラルドは意を決して顔を上げ、アメリアの前まで進むと跪いた。
「アメリア、私ジェラルド・ランベールは貴女に愛を乞う。俺の浅はかな言葉で貴女の心を傷つけた事を深くお詫び申し上げる。その言葉を撤回し、貴女に俺の愛を捧げる。どうか私の手を取ってもらえないだろうか」
「……。女性嫌いは治ったのですか?」
「治って、ない。貴女以外は今でも無理だと思う。だから貴女に見捨てられたら俺は一生孤独だろう」
アメリアはゆっくりと目を細めてジェラルドを見た。
「君は見事に俺の足下を整えてくれた。たぶん君のお父上はいつでも帰ってきてもよいとおっしゃっているのだろう。だが、俺はずっと君にそばにいてほしい」
頭を下げたジェラルドの手に、アメリアは自分の手を重ねた。
「仕方ありませんわね、そばにいてさしあげます。今からお互いのことを知っていくことになりますが、とりあえずは一生、わたくしだけですわよ?」
「もちろん……! 建国の騎士と皇女に誓うよ」
二人を祝福するように、古の城塞が佇む丘に風が吹き、白い花が揺れた。
*
この日以降、カフェや街の宝石店、ドレスショップで舞い上がるジェラルドと眉間に皺を寄せるアメリアの姿が見られた。
人々は、人嫌い女性嫌いのランベール侯爵の変わりように驚き、ガイの爆笑はしばらく止まらなかったという。
【終わり】
ジェラルドも放っておいたら散財する。




