割れたステンドグラスと王子
王子には、幼い頃から決められていた婚約者がいた。
同じ国に生まれ、同じ時を過ごし、
成長するうちに、互いに心を通わせていた。
それは、政のために結ばれた縁でありながら、
王子は、この先も彼女と共にあるものだと疑っていなかった。
だがある日、隣国から新たな縁談が持ち込まれる。
王女が、王子との婚約を望んでいるという。
国のため。
外交のため。
王はそう言って、王子に静かな圧をかけた。
王子は迷った。
だが、最初に思ったのはただ一つ――
彼女に、危険が及ばぬように、ということだった。
王女と二人きりになったとき、王子は笑顔を彼女に向けた。
完璧な社交の声で、こう告げる。
「彼女は、政のために結ばれた婚約者です。
婚約者が変わることに、問題はないでしょう。
あなたに選ばれるなら、光栄なことです。
国のためにもなります」
その言葉は、王女の胸を打った。
受け入れられた。
選ばれた。
そう思った。
だが――
その言葉を、令嬢は聞いてしまった。
ただの、婚約者。
特別な想いはない。
国のために、変わっても構わない存在。
その夜から、令嬢は待った。
彼が来てくれるのを。
説明してくれるのを。
本当は違うのだと、一言言ってくれるのを。
扉の向こうに気配があるたび、顔を上げた。
足音に、息を止めた。
けれど、その扉が開くことはなかった。
そこへ、王女が静かに訪れた。
優しい声で、囁いた。
「あなたが消えれば、王子は幸せになれます。
国も、穏やかに進むでしょう。
あなたは、足枷なのです」
その夜、令嬢は一人で教会へ向かった。
長い祈りののち、
杯は、静かにそこに置かれていた。
令嬢はそれを拒まなかった。
彼の未来の幸せを、神に祈った。
それだけを祈った。
そして――
次の瞬間、乾いた音が教会に響いた。
教会の扉は、固く閉ざされていた。
王子は何度も叩き、叫び、名を呼んだ。
だが、内から応える声はない。
王子は、はっと顔を上げた。
天井近くに嵌め込まれた、色とりどりのステンドグラス。
――そこだ。
近くの木を駆け上がり、身を乗り出す。
次の瞬間、鈍い音が教会に響いた。
砕けたガラスとともに、王子は中へ落ちる。
落下の途中――
床に倒れた、令嬢の姿が映った。
王子の目が、大きく見開かれる。
キラキラと、ステンドグラスの欠片が舞う。
色を映した光が、彼女の周りへ、彼の周りへ、降り注ぐ。
ストン、と王子は床に降りた。
彼女を抱き寄せる。
腕の中にある身体は、動かない。
その瞳は、開かれることがなかった。
絶叫が、教会に反響する。
冷たいガラスの破片が、
なおもキラキラと、二人を照らしていた。




