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割れたステンドグラスと王子

作者: *ほたる*
掲載日:2026/01/21

 王子には、幼い頃から決められていた婚約者がいた。

 同じ国に生まれ、同じ時を過ごし、

 成長するうちに、互いに心を通わせていた。


 それは、政のために結ばれた縁でありながら、

 王子は、この先も彼女と共にあるものだと疑っていなかった。


 だがある日、隣国から新たな縁談が持ち込まれる。

 王女が、王子との婚約を望んでいるという。


 国のため。

 外交のため。

 王はそう言って、王子に静かな圧をかけた。


 王子は迷った。

 だが、最初に思ったのはただ一つ――

 彼女に、危険が及ばぬように、ということだった。


 王女と二人きりになったとき、王子は笑顔を彼女に向けた。

 完璧な社交の声で、こう告げる。


「彼女は、政のために結ばれた婚約者です。

 婚約者が変わることに、問題はないでしょう。

 あなたに選ばれるなら、光栄なことです。

 国のためにもなります」


 その言葉は、王女の胸を打った。

 受け入れられた。

 選ばれた。

 そう思った。


 だが――

 その言葉を、令嬢は聞いてしまった。


 ただの、婚約者。

 特別な想いはない。

 国のために、変わっても構わない存在。


 その夜から、令嬢は待った。

 彼が来てくれるのを。

 説明してくれるのを。

 本当は違うのだと、一言言ってくれるのを。


 扉の向こうに気配があるたび、顔を上げた。

 足音に、息を止めた。

 けれど、その扉が開くことはなかった。


 そこへ、王女が静かに訪れた。

 優しい声で、囁いた。


「あなたが消えれば、王子は幸せになれます。

 国も、穏やかに進むでしょう。

 あなたは、足枷なのです」


 その夜、令嬢は一人で教会へ向かった。


 長い祈りののち、

 杯は、静かにそこに置かれていた。

 令嬢はそれを拒まなかった。


 彼の未来の幸せを、神に祈った。

 それだけを祈った。


 そして――


 次の瞬間、乾いた音が教会に響いた。


 教会の扉は、固く閉ざされていた。

 王子は何度も叩き、叫び、名を呼んだ。

 だが、内から応える声はない。


 王子は、はっと顔を上げた。

 天井近くに嵌め込まれた、色とりどりのステンドグラス。


 ――そこだ。


 近くの木を駆け上がり、身を乗り出す。

 次の瞬間、鈍い音が教会に響いた。


 砕けたガラスとともに、王子は中へ落ちる。


 落下の途中――

 床に倒れた、令嬢の姿が映った。


 王子の目が、大きく見開かれる。


 キラキラと、ステンドグラスの欠片が舞う。

 色を映した光が、彼女の周りへ、彼の周りへ、降り注ぐ。


 ストン、と王子は床に降りた。


 彼女を抱き寄せる。

 腕の中にある身体は、動かない。

 その瞳は、開かれることがなかった。


 絶叫が、教会に反響する。


 冷たいガラスの破片が、

 なおもキラキラと、二人を照らしていた。

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