第11話 高倉が知る少しの過去
毎日2話更新してます!
今井さんは、泣きながらその場から走り去った。聞いてた感じで何となくだが予想がつく。
彼女は複雑な家庭の事情を抱えている。僕も…同じだから何となくわかるんだ。
本当は今の家庭の状況を聞きたいし、似たもの同士、相談に乗ってあげたいとも内心思っている。
それでも僕の脳がストッパーをかける。理解してくれる人はいると思うが、何かを言おうとすると現れる脳の感覚だ。
そんなことを1人残された倉庫でしばらく考えていると、1人の男が現れた。高倉圭吾だ。
「中嶋くん、何かあった?」心配そうに聞いてくる。高倉になら言っていいのかもと、少し心を開いて言ってみることにした。
「実は…」
僕が話し始めると、高倉は真剣な表情で話を聞く。頼り甲斐のある奴だな、まったく、と安心感に包まれた。
「中嶋くん。僕は少しだけ彼女の過去を知っている。でも生半可な気持ちでは言えない。聞く覚悟はあるか?」
倉庫が暗いせいか、それとも高倉のトーンがいつもより低いからなのかそれは分からない。
だが、その場にはとてつもない緊張感が走っていた。
「ああ、聞く覚悟ならあるさ。信じてくれ」僕がこんなこと言う日が来るなんて思わなかったな。
「じゃあ、話すね。僕が知る彼女の過去を…」
2009年8月9日に今井彩花は東京都に生まれた。生まれた時から両親はいなく、老夫婦に優しく育てられたそうだ。
その夫婦はお茶屋を経営し、当時は繁盛していて、お金にも余裕があり、幸せに暮らしていたらしい。
「おじいちゃん!見てみて!綺麗な泥団子作ったの!」4歳の彩花がそういう。
「いいぞ、彩花!どんどん作れ」
「うん!私ね、将来はお団子屋さんになるんだ!」
「ああ!楽しみにしてるぞ!なあ、おばあちゃん」
「ええ、おばあちゃんも彩花が作ったお団子食べたいわ」
本当に誰が見ても幸せな家族な…はずだった。
ある日、海外で抹茶の需要が高まった。高単価で買い取ってくれる会社が海外には多い。
それが理由で農家が抹茶しか作らず、お茶不足になり、経営難に陥ったそうだ。
「おじいちゃん…大丈夫?」彩花の祖父は体調を崩してしまったそうだ。
そんな状態で経営など続けられるはずもなく、会社は倒産し、何百万もの借金を背負った。
おじいちゃんの体調は時が経つにつれて悪化していった。
まずいと思った祖母は大きな総合病院に連れて行った。
そこで診断されたのは胃癌ステージ4だった。助かる可能性が低いと医師に言われた祖母は、祖父に言われた。
「俺がいなくなったら、この生活ができなくなる」。焦燥感を抱いた祖父は、養子縁組に良い育ての親を探してもらうことにした。
祖母は足を痛めていて、育てるのは難しいからたまに会いに行けばいい。
そういう祖父なりの気遣いだったんだろう。でもこの選択が、彼女の人生の歯車を大きく狂わせた。
祖父は苦渋の末、養子縁組の話を進めた。
彩花がまだ6歳のとき、祖父は「今はこの子にもっと安定した暮らしを」と言って、遠い市の大きな家に住む親戚に彩花を託すことにした。
祖母も「大丈夫。きっと昔より良い生活ができる」祖父母は笑って見せたが、その笑顔はどこか引きつっていた。
「何ヶ月かしたら、すぐに迎えに行くよ」と祖父母は言った。彩花は「うん」とだけ答えた。その「すぐ」が、二度と訪れることはなかった。
彩花を親戚に預けた後、すぐに祖父は手術を始めた。
癌は完全に取り除き安心した…のは束の間だった。癌は祖父のあらゆる場所に転移し、わずか1ヶ月で死に至った。
祖母は祖父の死を酷く悲しみ、後を追うように死んでしまった。
彼女の家族は「癌」によって蝕まれ、壊された。
「俺が知っているのはここまでだ。これより先は彼女が震えを起こしてしまうくらい辛かったみたいだから、聞かなかったんだ」
高倉は隅にあるベンチに腰を下ろし、「はあ…」とため息をつく。
それは当然だ。こんな話、自分じゃなくても辛い。それを話すのも相当、精神的体力を使うだろう。
僕は今井さんのいつもの笑顔が頭に浮かんだ。
「あんなに明るい子が、そんな悲しい過去があったなんて…」
人は誰しもが自分を偽って生きている。それは僕以外もそうだ。
僕みたいな奴は少ないけど、何かしらの嘘をついているのは確かだ。
「猫をかぶる」これも似たようなものか。それのせいで孤独になる人も大勢いる。
もしかすると、今井さんもそうなんじゃないか?そう思わされる1日だった。
面白かったら「ブックマーク」と「評価」お願いします!




