1-3:目覚める意識
共鳴する記憶。
「面倒くさい・・・」
そんな一言から始まった、変異型のシーウルフとの戦闘。
彼女の目下では、長身の女性が双剣を用いてシーウルフが生み出した子機を叩き落としている。
そして視線の先、海の上では、形はシャチで質感と模様はクジラ、それから身体には幾つかの岩を鎧として纏っている化け物───シーウルフが、ゆるやかにとがった口を大きく開き、己の生命力を集めている最中だ。
「・・・ふうん」
己の視点から状況を把握したルナは、目下の女性にハンドサインで退避するよう指示すると、海の上で大きく隙を晒しているシーウルフに集中する。
「キィィィィン・・・・・」
耳に残る金切り声を発し、大きな白いエネルギーの塊を口の中でたたえるシーウルフ。
余計に刺激するのは悪手だと判断した彼女は、片手間で子機を処理しつつ巨大なエネルギーを警戒する。
空中に展開したバリアの上に立つことで浮遊のコストを最小限にしながら生命反応を探知することで、あまり意識を向けなくとも右手から発射する追尾型の魔法のみで子機の探知から撃破までを完結させて処理を続けていく。
「・・・・・」
そして十数秒後、完全に建物を狙っていたために防御をする必要ななかった彼女の元へ、シーウルフ直々に特大のエネルギー波が放たれる。
「───ギァァァアアアアアッ!!!」
絶叫しながら口をさらに大きく開け、エネルギーの塊がひときわ輝きを強めた刹那───そのエネルギーは、極太のビームとして勢いよく発射された。
着弾までは一秒もなく、普通に考えて対処なんて無理だろうと思わせるシーウルフのビーム攻撃は、次の瞬間、彼女の左手によって無力化されてしまう。
「・・・・・」
無言だ。
彼女は無言で仁王立ちをして、右手からは魔法を放ちながら───左手で魔法を受け止め、あろうことかエネルギーを分解して放出していく。
なんと彼女は、直撃すれば鋼鉄の壁すら容易く貫くエネルギーの性質を一瞬で理解した上で、左手のみを用いて爆速で分解しつつ、己の背後にある建物に影響を及ぼさないように配慮しながら分散させて放出しているのだ。
「・・・おかえし」
ついにエネルギーの放出が終わり、それと同時に分解を終えた彼女は───子機を処理していた右手を解放して魔力を充填すると、シーウルフに向けて吐き捨てながら右から左に薙ぎ払うように動かす。
すると次の瞬間、シーウルフが浮かんでいる場所の周辺が一気に凍りつき、一瞬にして小さな氷の山脈が出現した。
「三人とも。子機の処理、お願い」
「あっ・・・はい!」
しかし彼女はシーウルフの生命力が少しも削れていないことを察知すると、下にいた三人組に指示を投げ、左手の人差し指をクイっと動かす。
「ふうん・・・」
すると彼女の身体はふわっと浮き上がり、次に彼女が空中での動きを脳内でシュミレートすると───彼女の身体はそのシュミート通りに動き、空中を飛び回る。
その傍らで右手に大きめの魔法を出現させた彼女は、凍りついたシーウルフの上を飛び去る瞬間、その魔法を氷の山脈に向けて投げつけた。
彼女が放った魔法は瞬時に着弾し、大きく爆発。
氷の山脈を崩壊させつつシーウルフを海へと解放して、場所を変えようと泳ぎ始めたシーウルフを彼女は追撃する。
「・・・子機が多い」
しかし、シーウルフは攻撃よりも子機の展開を重視しているようだ。
彼女が次々と放つ魔法によってダメージは蓄積されていくものの、しかし水中に居ては衝撃の通りも悪く、魔法の性質上、飛行魔法を使用している最中の探知魔法は必然的にソナーのようにせざるを得ない。
それから、彼女には建物にダメージを与えてはならないという縛りがある以上、効果的なダメージを与えるには集中する必要があるものの、集中するにも時間は足らず、子機の対処で手一杯な三人を頼ることもできず。
「・・・はあ」
であれば釣るしかないと、彼女が降下し、子機の対処に一瞬だけ集中するような素振りを見せた───その瞬間だった。
降下してきた彼女を見てチャンスだと考えたのか、シーウルフは大きく口を開きながら、彼女を飲み込まんと海から飛び出してくる。
「・・・・・」
やっぱり魔物は魔物だと思いながら、彼女が特大の魔法をシーウルフの口内にぶちかまそうとした刹那、唐突にシーウルフの全長二十メートルはあるであろう巨体が大きく横へとぶっ飛んでいく。
「?」
三人組は子機の対処に手一杯であったため、一体誰がこんなことをしたのかと彼女は困惑する。
それから、シーウルフが吹っ飛んで行った方向とは逆の位置を見た彼女が目にしたのは、ひとりの人間の姿だった。
それは、今は作業台に寝かせてあるはずの───やたら身長が高い、銀髪の男性らしき人間の姿そのまま。
「えっ?」
黒く銀に輝くオーラを纏った彼は、彼女の困惑をよそにオーラをぶわっと滾らせると、そのまま飛翔魔法を無詠唱・無動作で展開してシーウルフの追撃へと向かっていく。
対して、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしているルナは、使い所を逃した魔法の魔力を解放しながら、追撃に向かった男の姿をぼうっと見やる。
「・・・?」
依然として困惑し続ける彼女であったが、次の瞬間、己の頭に激痛が走ったことで、そんなことを気にしている暇は一気に無くなった。
「ッ・・・」
本当に突然、彼女の頭に襲いかかってきた痛みは、脳の内側をハンマーでぶっ叩いているような激痛であり───予測不可能かつ突然すぎた痛みだったということもあって満足に対処ができなかった彼女は、そのままフラフラと制御を失い、力無く砂浜に着地する。
そして、ガンガンと痛む頭に意識を奪われながら、必死にあの男の方を見るが、彼女は満足に身体を動かせない。
「ルナさん!」
そこに、戦闘要員では無いために手が空いていたファイファーが到着し、彼女の肩を持って移動しようとするが───彼女はそれを振りほどいて拒否。
身体を支えられずに地面に倒れながらも、代わりと言わんばかりにシーウルフと男が戦っている方向を指さし、弱々しく一言。
「見て・・・いて」
彼にそう告げると、ぷつんと糸が切れたように、彼女は気絶した。
「ちょっ、ルナさん? ルナさんッ!?」
突然のことに驚き、ルナの身体をゆするファイファーであったが、もちろん彼女が起きることはない。
「くそっ・・・一体何が起きてるんだ・・・・・!」
あまりに唐突すぎる出来事の数々に困惑し、ルナを介抱しながら小さな怒りを吐き出すしかないファイファー。
しかし、頼みは聞かねばならないと考え、指示された通りにシーウルフが戦っている場所へと視線を向けた。
「・・・・・」
そして、そのシーウルフはというと───目標としていた男の生命反応を見つけたことで、全力を以て葬り去らんと、今まで建物の破壊に用いていた子機を集中し、飛翔魔法で迫ってくる男目掛けて子機から放たれる小さなビームを無数に放つ。
「キシァァァ!!!」
だが、男は旋回して避けるなんてことはせず、それどころか更に加速し、小さなビームの間を縫うように爆速でシーウルフへと迫っていく。
するとシーウルフも対策を練り、突撃してきた男を迎え打たんとエネルギーを集中し、今度は無数の針を出現させて隙間なく放つが、男は空中にバリアを展開してそれを蹴って起動を逸らすことで隙間のない針の攻撃を回避しつつ砂浜に着地。
次に、しめたと言わんばかりに噛み付こうとしてきたシーウルフの巨体をノールックで出現させたバリアで受け止め、右手をシーウルフに向けると、そこから特大の衝撃波を放ってバリアごとシーウルフを沖へと吹き飛ばした。
「ギャンッ!?」
情けない鳴き声を上げて吹き飛ばされ、大きく水しぶきをあげて着水したシーウルフを横目に、男は再び飛翔魔法で浮き上がると、今度はシーウルフの方を向いて片手を構え、半身になって右手を後ろへと移動させる。
そんな彼の右手にはドス黒い魔力の塊が出現し、光すら逃れられないレベルの密度で蠢く。
対するシーウルフは状況を察すると、再び大きく口を開き、己の全生命エネルギーを集中して───直径十メートルほどの巨大なエネルギーの塊を生み出す。
「キィィィィィィ───」
金切り声の音も大きくなり、エネルギーの塊の膨張も限界に近くなったところで、シーウルフはさらに口を大きく開き、エネルギーを放出する。
「ギアアアアアアアアアア─────」
限界なんてとうに超えた、本能の枠に収まらない全力のエネルギー砲は、凄まじい速度で加速して男へと迫った。
すると、男はワンテンポ遅らせ、ちょうどエネルギー砲が自分に着弾するギリギリのタイミングで、構えていた右手とともに魔力の塊を前へと押し出しながら、静かに呟く。
「ヴォイド・イーター」
彼の手によって解放され、押し出された魔力の塊は瞬時に圧力を増し、圧縮中に持たせられた指向性に従って漆黒のビームとなる。
ところどころに銀色の粒子が混ざり、神々しさすら混じった魔力の一撃は放たれた瞬間こそシーウルフのエネルギー砲と拮抗したものの、次の瞬間からは対抗するエネルギーを打ち壊しながら前進していく。
「ア・・・アアッ・・・!?」
ここでシーウルフは違和感を察知するが、時既に遅し。
シーウルフは回避を試みたものの、眼前まで迫った黒銀色のエネルギーを避けることは叶わず、シーウルフの巨体は彼の魔力によって貫かれた。
「ガ・・・・・ア・・・」
身体に風穴が空いたことで生命活動を維持できなくなったシーウルフは、僅かな鳴き声を発しながら、ゆるやかに事切れていく。
「・・・・・」
その様子をじっと見守っていた男は、ちょうどシーウルフが完全に事切れた瞬間、彼自身も糸が切れた人形のように脱力し、地面へと落下していった。
「─────」
ざふんと音を立てて砂浜に落ち、目を閉じる彼。
依然として気絶したままのルナとともに、暫くした後、彼らはファイファーらの手によって家の中に運び込まれるのであった。
▽ ▽ ▽
それと同じくらいの時刻。
とある世界、とある場所の家の中。
「・・・ん」
こたつの布団を膝にかけ、お気に入りの本を読んでいる一人の銀髪の青年が、何かを察して声を漏らした。
すると、彼の向こう側に座り、膝の上に香箱座りした純白の体毛をしている生き物を撫でている金髪の女性が、四つあるうちの耳のふたつをピクつかせて反応を示す。
「・・・仕事のこと?」
「ん・・・」
端的に問い、青年は声を漏らして肯定する。
それから青年は正座をしたまま背中を倒し、妙に体が柔らかいのを見せつけながら、女性に向かって話をはじめる。
「あいつを拾う前に仕込んでたことが始まった」
「・・・そう」
互いに投げ合う、シンプルなボール。
女性はふと青年の方に視線を向けると、何かを見たのか、納得したように言葉を返す。
「じゃあ、同じなんだ」
「ああ」
青年は本を閉じ、指を栞にして片手で持つと、起き上がって女性の方に視線を向け、自身の考えを述べる。
「恩を受けたのなら、同じようにしなくちゃな」
真面目な表情で放たれた言葉に、女性は微笑みながら頷くのだった。