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サイボーグエクソシスト(仮)  作者: 登美川ステファニイ
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3-2

 そう言い、メルディはアイカにウインクをした。アイカはそんなメルディを無視し、自分の席に腰掛けた。

「しかし、困難がなんであれ、今まで以上に気を引き締めないといけないのは事実かもね」

 ジルキスが言うと、メルディがココアを飲みながら聞き返す。

「引き締めるって、コルセットでもつけるんですかぁ? あれ苦しいんですよねぇ」

「物理的に締めてどうするんだい。気持ちの方だよ。何らかの備えが……必要なのかも」

「新しい武器とか? ビームガンはどうです。 イチコロですよぉ~」

「発症者を殺してどうするんだい。僕たちの仕事は人を救うことだ。殺すんなら警察に任せればいいさ。僕たちの仕事はもっと複雑だ」

「聖句ルーチンは?」

 アイカが言うと、メルディが聞き返す。

「AIにあれはご法度なんでしょう? 人格の形成を助長する、でしたっけ」

「そうだね。聖句ルーチンなんてあったねぇ。すっかり忘れていた。でもあれは駄目だ。天文省から使用禁止になってる」

「三八〇案件……高度な人格を得たAIによる祓魔の妨害行為。あれがきっかけで聖句ルーチンは使用禁止になっていますが……聖句ルーチン自体は祓魔に役立つはずです。あの頃と比べればAIの制御技術も進歩している」

 アイカの言葉に、ジルキスは頷きながら答える。

「確かにね。でもAIがブラックボックスなのは今も昔も変わらない。ああなった直接的な原因は今も不明なままだ」

 聖句ルーチンとは、キリスト教における一二使徒の人格を擬似的に再現した思考プロトコルのことだ。祓魔には信仰が必要だ。心を持たない機械、AIが悪魔に対抗するために生み出されたもので、人格を強化し信仰を生み出させる。また聖句を唱えることができるようになり、悪魔に対して有利に働く。

 しかし問題が一つあった。それは、強化されたAIの人格が、時に人間のように振る舞ってしまうことだ。感情を持ち、嘆き悲しみ、怒り、喜び、恐怖する。AIの利点である、人間にはない無感情、冷静さが失われてしまうのだ。

 それにより引き起こされたのが三八〇年のAI暴走案件だ。聖句ルーチンを装填したサイボーグが祓魔に同行したが、悪魔付きにより苦しむ発症者を目先の苦しみから救おうと祓魔の現場から連れ出してしまったのだ。それにより祓魔は失敗し、エクソシストは命を落とした。発症者も亡くなってしまった。祓魔室にとっての最大の失態が起きたのだ。

 それを機に、AIの人格を強化するプロトコルは全面的に禁止されてしまった。そして聖句ルーチンは使用禁止になり、サイボーグへの装填も行うことができなくなった。

「アルファに聖句ルーチンを搭載すべきです。託宣AIの言う困難が何であれ、備えることが必要でしょう」

「うーん……僕たち現場の人間がいくら訴えたところでねぇ……上の人達はうんと言わないからなぁ」

「強訴しますかぁ? のぼり旗も作っちゃいましょう!」

 メルディがペンを持ち振り回す仕草をする。アイカはジト目で一瞥し、ジルキスに言葉を返す。

「我々の持つ武器はフラッシュとテーザーだけ。他に武器がないのなら、聖句ルーチンに頼るべきです」

「武器ならあるでしょ。信仰心。それが最大の武器だ」

「それは……ある前提の話です」

「祈りと信仰心では不足……か。他ならぬエクソシストの君の言葉だからなあ……尊重はしたいけど」

 言いながらジルキスは視線を横に動かす。執務室の壁……その向こうにアルファの整備室がある。アルファは今そこで検査とメンテナンスを受けているところだ。

「アルファ自身の意見も聞いてみないとね」

「奴にですか?」

「おいおい、奴とは随分な言い方だね。彼は君の相棒だろう?」

「そうですが、所詮はサイボーグに過ぎない。意見を求めるなど……ナンセンスです」

「そうかな? 捜査に関係する意見なら聞く価値はあるだろう。彼の人格は託宣AIから枝分かれしたものだ。性能は劣るが、それでもそこらの人間よりは賢い」

「知識があることと知恵のあることは別物です」

「君の言わんとする所はわかるよ。君の言うように、所詮はサイボーグだ。人類のように知恵の実を食べたわけじゃないからね。でもまあ、聖句ルーチンに関しては彼の意見を聞くことはやっぱり必要だよ。だって彼の人格に関わるんだからね」

 ジルキスは机に肘をついて手を組み、顎を乗せてアイカに言った。

「君は何が不満なんだい。アルファのことになると、基本的に君は否定的だ。少し感情的ですらある。デザインされて作られたエクソシストなのにね。君をそうさせるのは、アルファの一体何なのかな?」

「私は別に……ただ、あれはただの機械で、過信しすぎれば危険だと考えているだけです」

 少しバツが悪そうにアイカが答える。ジルキスは面白そうに質問を続ける。

「今日だって、彼は頑張っていたじゃないか。彼がいなければ三人とも無事に逮捕することは難しかったんじゃないのかな」

「エクソシストはツーマンセルで動く。それが基本です。ヤツがいないなら、誰か別の人間の相棒が私の隣りにいるはずです。何の問題もありません」

「彼は力も強い。無闇に傷つけないだけの繊細さも持ち合わせている。殴られても怪我しないし、炎でも水でも彼は死なない。聖句を唱えることはできないが、神への信仰心も持っている。相棒としては理想だと思うけどね」

「道具としては優秀でしょう。しかしそれだけのことです」

 語気強く答えるアイカに、後ろからメルディが言う。

「アイカは~怖いのよねぇ? アルファがあんまり頑張り過ぎちゃうと~自分の出番がなくなるから。お給料減らされちゃうもんね~」

 アイカはメルディを振り返り睨んだ。しかしメルディは何食わぬ顔でココアを飲んでいる。

「給料が減るのはいやだなあ。僕もそのうちメカ室長補佐ができて仕事取られちゃうのかなぁ? 仕事が減るのは良いけど、給料まで減らされるのは勘弁だね」

「私は金のことなどどうでもいいです。奴が道具として優秀になるのならそれに越したことはない。聖句ルーチンはその一つの可能性です」

 硬質な足音が執務室に向かっているのにアイカは気づいた。視線を向けると、アルファがこちらに向かって歩いてくる。整備が終わったようだった。脱帽しているが、カソックはアイカと同じくそのままだった。太く強靭な手足で生地がはち切れそうになっている。

「アルファ、整備は無事終わったようだね」

 ジルキスが問うと、アルファは執務室の入り口で足を止めて答えた。

「はい。情動慣性試験の結果も問題ありませんでした。すべて良好です」

「それは良かった。ところで、聞こえていたかい?」

「興味深い話でしたね、聖句ルーチンとは」

「ふむ。君はどう思う、アルファ」

「聖句ルーチ? どういう観点からかな?」

「危険だからです。先程も話がありましたが、三八〇案件という前例があります。私が同じような間違いを犯さないとも限りません」

「君は自分が、三八〇案件のような行為に及ぶ可能性があると考えているのかい?」

「現状では、その心配はありません。私は祓魔を理解していますし、その過程で発症者が苦痛を覚えることについても理解しています。苦しんでいるからと言って、祓魔を中止させたり発症者を連れ出すようなことはありません。しかし、聖句ルーチンの影響は不明です。私の人格を根幹から変性させるようなものであれば、三八〇案件のような行為に及ぶことも考えられます」

「君は託宣AIと同じ強力な思考アルゴリズムを持っている。それでも人格に多大な影響が出ると考えているのかい? 君と、かつてのサイボーグでは人格強度が違っている。それでも危険だと?」

「その危険性に関する実証試験は今のところ実施されていません。危険ですから、今後も実施されることはないでしょう。したがって永遠に聖句ルーチンの影響度は不明であり、それを使用することもないでしょう。実際の祓魔の現場に行って試す訳にはいかない」

「しかしシミュレータなら使える。過去に記録された祓魔の記録を追体験することで、聖句ルーチンの影響を把握することは可能なんじゃないかな」

「私の権限ではそのシミュレータの詳細は不明ですが、推測するに、それは本来の祓魔ではない。精神疾患を発症した場合の記録に過ぎないと考えます。だとすれば、本当の祓魔、悪魔付きの場における影響を推定することはできないでしょう。不完全な予測に過ぎない。まさにシミュレーションです」

「ふむ。では聖句ルーチンは使うことができない……か。メルディ君はどう思う?」

「え~? むつかしいことは分かんないですけどぉ~たっくんの言った困難が現実に起こるんなら、やっぱ打てる手は打ちたいですよねぇ~? 聖句ルーチン、賛成ですぅ~」

「そうか。僕は反対派だね。アルファの言うように不確定要素が大きすぎる」

「では――」

 アイカが少し強い口調で会話に割り込む。

「――室長はどうお考えなのですか? 我々の祓魔の確実性を上げる手段について」

「えっ」

 問われて、ジルキスは視線を泳がせる。

「具体的な方法と言われると、それはまあ、なんだろうね……どう、アルファ?」

 急に矛先を向けられたアルファだが、慌てることなく冷静な声で答える。

「はい。強い信仰心と祈り。それ以外には無いと考えます」

「だってさ、ドネ。僕もそう思うよ」

「そうですか……」

 不満そうにアイカは呟く。そして興味を失ったのか、デスクの端末を開いて報告書の作成に取り掛かった。アルファも自席に座り待機状態に入る。

「メルディ君。現時点で発症者についてわかっていることは?」

 ジルキスが聞くと、メルディはマグカップをデスクに置き、空中で指を動かし目のインプラントを操作した。サーバ上の情報を閲覧、解析できるように特別に埋め込まれたものだ。メルディもエクソシストだが、戦闘用のアイカとは異なり電子戦、情報収集に特化した機能を持たされている。

「発症者個人に関してはぁ~施設と警察からの一般的な情報だけですぅ~。ただ施設の方なんですけど、ちょっときな臭いかも」

「と言うと?」

「過去に複数回入居者に対する虐待事件を起こしてますぅ~。それに四年前には取締役と経理の人が横領で捕まってますぅ~」

「ふぅん。ちょっと不健全な会社ってことか。虐待とはね」

「オール生身人間によるあったかサービスが売りらしいんですけどぉ、なんか裏目ってる感じぃ~? 入居者どうしのトラブルも起きてるみたいですぅ」

「そうかい。おじいちゃんおばあちゃんが仲良く暮らしているものだと思っていたけれど、なかなか難しいもんなんだね。いやぁ、わからないものだ。ちなみに発症者はそのトラブルを起こした人なのかい?」

「記録にある名前を見る限りでは違いますねぇ~。おそらく前科も……ありません」

「シロか。しかし調査はこれからだしね、なにか共通点がわかるかもしれない。メルディ君は引き続き警察の情報を確認してくれ」

「はぁい」

 メルディの返事を確認すると、ジルキスは居住まいを正しループタイを締め直した。

「……しっかし、三人も同時に発症者が出るなんてねぇ。明日も何事もなければいいけど」

 独り言のようにジルキスが言う。アイカはそれを聞いて、再び不吉な前振りのように感じた。本当に、何事もなければ良いのだが。


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