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サイボーグエクソシスト(仮)  作者: 登美川ステファニイ
6/9

3-1

 事務所に戻ったアイカを待っているのは定期健診だった。イニェーツェリ情動慣性試験。それを受ける義務がエクソシストには課されている。

 白い部屋。託宣を受ける部屋と同じような部屋。しかし照明は着いていて明るい。部屋の中心に椅子が置いてあり、他には何もない。天井にスピーカーの丸い蓋がついているが、それ以外は一面真っ白だ。壁も、床も、偏執的と言えるほどに平坦で真っ白だった。

 試験は唐突に始まる。開始の合図はなく、質問が投げかけられる。

「名前は?」

「私はアイカ」

「職業は?」

「私はアイカ」

「昨日流れたものは?」

「私はアイカ」

「銃弾の重さは?」

「私はアイカ」

「血の色は?」

「私はアイカ」

「守れなかったものは?」

「私はアイカ」

「忘れ去ったものは?」

「私はアイカ」

「その手にあるものは?」

「私はアイカ」

「目の前にそびえるものは?」

「私はアイカ」

「神はいるか?」

「私はアイカ」

 どの質問にも名前を答える。それを何回か繰り返し、情動の反応を見る。それがこの試験の目的だった。試験は終わるのも唐突だ。質問が止まり、そして沈黙がしばらく続く。

「試験成績は良好です。情動は安定しており素晴らしい状態です」

「それはよかった」

 軽く息をつき、アイカは立ち上がる。後方でドアが音もなく開き、アイカはそこから出ていく。

「あっ! おっつかれ~、アイカたん!」

 声に色があるのなら、きっと黄色いのだろう。そう思わせるような声音でアイカの同僚、メルディ・キャンティッシュがアイカに呼びかける。手にした書類の束に自身の豊満な胸を乗せながら身をくねらせてアイカに近づく。その動きは見る者によっては煽情的に感じるだろう。だがアイカにとっては不快なだけだった。特に、胸の大きさが。身につけているのはアイカと同じくカソックだが、胸の部分だけサイズが合わない為特注になったという代物だった。

「その呼び方はやめろと言った」

「じゃあアイカっち? アイカ様?」

「私の名を呼ぶな」

「え~呼びたい~! なんでそんなに意地悪するの~?」

「うるさい、馬鹿」

「あ~ん、また馬鹿って言った~! 室長~! モラハラです~!」

 メルディはそう叫びながら奥の部屋へと小走りに駆けていく。その先には執務室があり、部屋の奥では室長のジルキスが席についていた。アルファも自分用の椅子にかけて待機中だった。

「モラハラ? 聞き捨てならないなぁ」

 腕組みをしながらジルキスが言う。言葉とは裏腹に、その顔には薄い笑みを浮かべている。

「アイカたんが馬鹿って言うんですよ~! ひどくないですか~?」

「しかしメルディ君はちょっと抜けている所があるからね。しょうがないんじゃないのかなぁ」

「え~? そうですよねぇ? あたしちょっと抜けてるところがあるかも~!」

「そうそう。はははは」

「あははは! おっかしい~!」

 中身の無い茶番のような会話を聞きながら、アイカはこめかみの血管が切れそうになるのを感じていた。こっちが真面目に悩んでいるのに、メルディがいるとどうにも調子が狂う。諜報や通信関係では優秀なオペレーターなのだが、普段の会話は気の抜けるようなものばかりだ。アイカには付いていけない。

 それに室長も室長だった。アイカからすればもっと厳しく祓魔室を律してほしいのだが、放任主義という名の放置でメルディは鎖から解き放たれたままだ。三重くらいに胸ごとがんじがらめにして重石でもしておけばいい。アイカはそう思っていた。

 アイカは苛立たし気に椅子を引き、乱暴に座り込む。そして溜息をついて両手で頭を抱える。考えねばならないことはいくつもある。

「ドネ、君の見解は?」

「見解、ですか……」

 何の見解、とは聞かない。今話題にするのであればつい先ほどの祓魔の事だ。異常なことがいくつも起きていた。

「……まるで本当の悪魔憑き、のようでした」

「ふむ。アルファのログでおおよそは聞いたよ。最初の二人、通報のあった二人の発症者はいつものようにフラッシュとテーザーで鎮静措置を行なう事が出来た。問題は三人目、だね」

「はい。脳刺激性フラッシュが効かない事例は初めてです」

 脳刺激性フラッシュは極めて強力な作用を持つ。人間であれば、いや、哺乳類であれば例外なく反応する。病人や麻薬常習者であっても同様だ。それだけに使用を許可されているのはエクソシストだけだが、そのフラッシュが効かなかった。

 フラッシュは強力で、仮に目を瞑っていても瞼を透過して作用する。それは実験でも実証済みだ。ハリスは盲目だったわけでもないし、他に効かない理由は思い当たらなかった。

「脳刺激性フラッシュは意識的な行動を無効化する。では、意識的ではないとしたら?」

 ジルキスが組んだ腕を組み替え、左手であごを押さえる。考え事をする時の癖だった。

「無意識的な動きだった……?」

 意識があろうと無意識だ折ると関係ない。脳刺激性フラッシュとはそういうものだ。しかしジルキスの言わんとしていることはどうやら違うらしい。アイカはジルキスの回答を待つ。

「外部からの操作であるとすれば……彼自身の意思、筋肉の伝達命令とは別の力で動いていたなら、ひょっとすると効かないという状況も有り得るのかもね」

「外部からの操作ですか」

 アイカは操り人形をイメージした。糸が手足を引っ張りハリスの体を動かす。無論糸などはないし、他に考えられるとすればアシストスーツのような強化外骨格だ。何らかの装置によって外部から操作されることは考えられるが、しかしハリスは生身でそんなものは身につけていなかった。体内に何らかのインプラントがあった可能性はあるが、人工関節のようなものがせいぜいだろう。軍人のような身体拡張者でもない限り、身体操作に影響が出るような作用とは無縁だ。

「詳細な報告は警察待ちですが……あの三人が何かに操られていたというのは考えにくいでしょう。全員生身だった」

「生身……確かにね。そうだろう。でも心身を操ると言えば、もう一つ可能性があるだろう?」

「もう一つ、ですか?」

 アイカは思考を巡らせるが思いつかない。だが楽しそうなジルキスの表情を見て、ふと思い至った。

「悪魔憑き……」

「そう。まさにそれだよ。我々が本来相手にするべきもの。悪魔だ」

「悪魔が操っていたと?」

「不自然なことではないだろう。大昔の地球でもそういう例はあった。三七一年の事件もそうだ。そもそも我々は、そういった事態に対応するために組織されている」

「しかし悪魔憑きというのは……一種の症候群のことではないのですか? 私が相手にしてきたのは、結局それでした。フラッシュとテーザーで一時的な治療が可能な精神の疾患……それより上でも下でもない」

「ドネはおかしなことを言うねぇ」

 ジルキスは椅子の背もたれに倒れ込み、脚を組みながら言った。

「悪魔の存在を疑うのかい? それは神を否定することにもつながる。君がそんな不信心者だとは思わなかった」

「神は……」

 何と言うべきか迷い、アイカは一瞬言いよどむ。神を信じている。それは間違いがない。しかしそれをうまく表現する言葉が出てこなかった。

「私は神を信じています」

「では悪魔は? 悪魔憑きはただの精神疾患に過ぎないというのは、悪魔の存在を否定することだ。悪魔憑きを祓うために作られた組織の我々は、その存在意義が根幹から揺らいでしまうよ」

「悪魔は……存在するのかもしれません。しかし、私の経験からは、これまでも、そして今日も、それは悪魔と断定できるほどのものではありません、ということです」

「悪魔は信じているが、もっと別ものだと?」

「そうでしょう。人心をたぶらかし、精神的にも物理的にも作用する。物理法則を、時に超越した現象を引き起こす」

「老人が人を口で咥えて天井に張り付くのも十分超越した現象のような気がするけど?」

「フィジカルの問題でしょう。人間には、あの老人には、潜在的にそれだけの力があったというだけのことです。ごく短時間であれば。実際、三人とも拘束した時点では手足に内出血が見られました。それは筋肉が強い負荷により断裂して起きたものです。彼らは老人ですが、あのくらいのことをやれるだけの力はあったというだけのことです」

「ふむ……真の悪魔憑きと断定するには、異常性に欠ける……か。確かに、伝承のようにいきなり知るはずもないラテン語を喋ったりはしてないからねぇ。意味不明な言葉を発してはいたけど、あれは特定の言語というわけでもなさそうだった」

「何をもって悪魔憑きと定義するかは、警察の異常度判定が一つの指標にはなるでしょう。異常な攻撃性、怪力、支離滅裂な言動、狂暴性の発揮。しかしそれは表面的な事であって、単純に悪魔憑きを証明するものではない。我々が判断すべきは、もっと奥深い部分にある異常性でしょう」

「奥深い所にある異常性か……それはどう判断するんだい、ドネ」

「どう、とは?」

「言葉通りの意味だよ。君は今日の一件を……悪魔的な異常ではないと判断した。では一体何が悪魔憑きになるんだい? 具体的に、何が必要な要件なのかな?」

「それは……」

 問われても、アイカにははっきりとした答えがなかった。伝承にある悪魔憑きの特徴には知らないはずの事を口にする、ラテン語を話す、そういったものが存在する。しかしそれも結局は表面的なことに過ぎない。アイカは自ら口にした奥深い部分にある異常性が何なのか、それを言葉にする事が出来なかった。

 神への信仰も、悪魔への認識も、肝心なところでもやがかかっている。理屈ではなく感覚でしか理解できていないというのが本音の所だった。

「本当に悪魔が出てきたとき、僕らはそれを判断できるのかな? 精神疾患だと判断して、その人を本当の意味で救済することが出来ない……そんな事が起きるんじゃないかなぁ、今のままだと」

 ジルキスの問いに、アイカは答える事が出来ず立ち尽くした。まるで、お前は役立たずだと言われているような気分だった。

「……なぁんてね」

 ジルキスは組んでいた腕をほどいて、腕を上げて大きく背伸びをした。

「本当の悪魔憑きだったとされる三七一年の事件……それ以来本当の悪魔憑きは確認されていない。ドネ、君の言うように、すべて軽度の精神疾患と判定される者ばかりだ。そういった意味では、今の天文省に悪魔憑きを判定する能力を持った人材は誰もいない。そう言えるだろう。判定可能になるには、何が必要かな」

 試すような笑みを浮かべ、ジルキスが聞いた。アイカはそれを多少不快に思いながらも答えた。

「悪魔憑きを経験することで、判定が可能になると思われます」

「はは、そうだねぇ! それしかないよね。ふふ……悪魔憑きを忌避すべき僕らが悪魔憑きを必要としてる……悪い冗談みたいだ。まるでナチスの人体実験だね。あってはいけない事だけど、その結果は医療の進歩にも少しは役に立った、役に立ってしまった」

「その時が来れば……誤りません。必ず悪魔を退け、人を救済します」

「必ず、か。その無謬性は何で担保されるんだろうね。信仰かな」

「神への信仰。それ以外にはありません」

 そう。それ以外にはない。あるはずはないのだ。エクソシストたる自分が神を信じ、信じることで正しい道を歩む。その時が来れば、きっと神が力を与えて下さる。他力本願な考えだったが、それがアイカの答えだった。

「えぇ~? むつかしい話終わったぁ~?」

 自分のデスクに腰かけていたメルディが気の抜けるような声で聞いた。手には愛用のピンクのマグカップを持ち、ふーふーと小さな口で冷ましながら飲んでいる。執務室にはホットココアの香りが漂っていた。

「終わったよ。難しい話は終わりだ。何かあった、メルディ君?」

「たっくんは何て言ってたんですかぁ~?」

「たっくん?」

 ジルキスが片眉を動かし視線を泳がせる。そして助け舟を求めるようにアイカの方を見た。アイカは少し俯き、左右のこめかみを手で押さえながら答えた。

「その呼称はやめろと言った」

「えぇ~? たっくんはたっくんでしょう? 託宣AIのたっくん」

「あれに名は無い。そのような不遜なことはできないからだ」

「ドネのあれ呼ばわりも不遜じゃなぁい?」

「知るか。託宣AIはこう言っていた。これまでにない困難が待ち受けていると。これで満足か」

 吐き捨てるように言い、アイカはメルディにきつい視線を向けた。

「ふぅ~ん? 困難ってなぁに?」

「知るか。私にとってはお前の相手をすることがそうだ。その喋り方を改善しろ」

「今までにない困難でしょぉ? 私ずっとこうだもん。今更って感じぃ~」


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