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サイボーグエクソシスト(仮)  作者: 登美川ステファニイ
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2-4

 アイカは立ち上がり自分の端末を取り出す。しかし電波状況は良好のようだった。となると考えられるのはアルファの異常だ。しかし、一般的な携帯端末よりもはるかに高性能な通信機能を持つアルファの内部装置が異常を起こすことは極めて稀だった。しかもそういった以上に備えて二系統用意されているので、そのどちらもが使えないというのはほとんどあり得ない事だった。

「電波が妨害されているのか?」

「違います。電波状態は良好です。しかし、一切の通信が不可能です。発信しても通信サーバへのアクセスが出来ません」

「警察無線の異常か? どういうことだ」

「不明です。再度試みます」

 アルファの異常なのか。それとも警察無線の異常なのか。どちらにしても冗長性は確保され不測の事態に備えてある。それが無効になるというのは考えられなかった。

「ひ……ひ……」

 アイカは部屋の隅にうずくまったままの男性に気が付いた。ずっとそこにいたことは分かっているのだが、何故か今まで意識から抜け落ちていた。発した声で存在を思い出したが、その事にアイカは不可解な感覚を覚えた。

 アルファの脇を通り抜け、アイカは男性に近寄る。男性は膝を抱えた姿勢で動かず、小動物が鳴くようなか細い声で何かを呟いているようだった。

「大丈夫ですか?」

 安心感を持たせるため明るい声でアイカが問いかける。その声に、男は低い笑い声で答えた。

「大丈夫……大丈夫かだと? 」

 男はアイカを見上げるように顔を上げた。そして哄笑で答えた。

「はははは! とんだ間抜けだ! 全て終わったとでも? 間違いだ、馬鹿め! 何も終わってない! 始まってもいない! お前はずっとクソみたいな坩堝の中で永遠に苛まれる! 信仰のない偽物め!」

 その目は赤く血に濡れていた。吐き出す言葉には血が混ざり、滴る涎からは硫黄のような刺激臭が漂っていた。

 アイカは予想だにしていなかった反応に、一歩後ろに下がる。だが不安は見せず、取り乱すこともせず、冷静さを保ったまま問いかける。

「あなたはハリスですね?」

 ハリス・ウェーバー。この部屋に取り残された四人のうちの一人だ。

「ハリス、ハリス! そうだとも聖女さま! あんたの股ぐらで眠る豚だ! 抱いてくれよ! はははは!」

 常軌を逸した容貌、言動。これはまるで悪魔憑きの症状だった。しかし警察からはハロルドとメイアの二人と聞いている。それに実際、ハリスはずっと部屋の隅で逃げるようにして蹲っていただけだ。

 普通悪魔憑きを発症するのは一人だけだ。発生原因が不明であるため理由は定かではないが、これまでの実例ではそうなっている。それが今回は二人、ハロルドとメイアが発症していた。それだけでも充分異常事態なのだが、それがまさか三人目とは。一体何が起きているのか。アイカは一瞬の間にちらりとそんな事を考えたが、思考を現実の問題に戻す。対処すべきは目の前のハリスだった。

「ハリス、落ち着いてください」

 アイカはカソックのポケットに手を入れ、銃のグリップをつかむ。それを外に引き出そうとしたところで、ハリスが飛び掛かってきた。

「撃つのか? 殺すのか? やってみろ、豚め! お前の仲間がそうされたように、額に穴を開けてやれ!」

 ハリスの両腕がアイカの首を締めようと伸びる。アイカはそれを腕で防御するが、右手は銃で塞がっている。ハロルドの左手がすり抜けてアイカの首に迫る。

「ぐぅ……!」

 ハリスのしわだらけの腕が異様に隆起し、やせ衰えたはずの筋肉が躍動していた。細い腕は鋼を束ねたように引き絞られ、すさまじい力を生み出していた。ハリスの手がアイカの細い首に食い込む。

「はははは! 肉だ、肉だ! お前も肉片にしてやる! 細かくばら撒いて豚に食わせてやるぞ!」

 アイカは首を絞められながら冷静に考えていた。動脈が圧迫され気道も狭まっているが、大きな問題はない。この状況が一時間続いても命に別状はない。それよりも問題なのはハリスの体だった。

 ハリスは荒い息をつきながら、血走った眼で異様な力を発揮し続けている。人体の限界を超えた能力だ。このままではハリス自身の命が危うい。その証拠に、ハリスの腕からは耐えきれぬように血が滲み始め、呼吸と共にこぼれる涎に混ざる血が増えている。

「ハリス、あなたは混乱している。落ち着いてください」

 フリーになっている右手の銃でハリスの頭部を狙う。脳刺激性フラッシュ。一刻も早くハリスを危険な状態から脱さなければならない。

 だが……光を浴びてもハリスは止まらなかった。瞳孔は開き切っていて、まるで猫科の猛獣のようだった。光が見えていないわけではない。にもかかわらず、フラッシュが効かない。

 アイカはこれまでに二〇件以上の祓魔を行なってきたが、脳刺激性フラッシュが効かないことは一度もなかった。一人だけ存在した盲目の男は別だが、それ以外の者には例外なく効果を発揮していた。全幅の信頼を置ける道具だった。それが、初めて機能を果たせないでいる。

 フラッシュの故障か? そんな疑問が脳をよぎる。三人目の発症者。アルファの通信機の故障。それに続いてフラッシュまで故障? そんな馬鹿なことがあるか? 異常なことが立て続けに起きるとは。これではまるで……本物の悪魔憑きじゃないか。

「アル、ファ……」

 絞められた喉から声を絞り出す。アルファは離れた位置から手出しできずに様子を見守っていたが、アイカの声で動き出す。

「ハリス、あなたは病気なのです。落ち着いてください」

 アイカから引きはがそうとアルファがハリスの左肩に手を置く。その動きに、ハリスが振り向いた。

「汚らわしい鉄くずめ! 俺に触るんじゃない! 鋳つぶして四辻に埋めてやるぞ!」

 ハリスの顔がぐるりと動いていく。真横に、そしてさらに後ろへ。ぎちぎちと肉と骨の軋むような音を立てて、ハリスは体を前に向けたまま、顔だけでアルファに振り向いていく。ついに首は真後ろを向いた。まるでゴムの人形のように首の肉が大きくねじれていた。

「何だと……?!」

 アイカはハリスの後頭部を見ながら呻いた。悪魔憑きであれ何であれ、異常な行動だった。異常すぎる行動だ。人間の骨格の制限を超えた動きだ。あり得ない。しかしそのあり得ないことが、まさに眼前で起こっている。

「大丈夫ですか、ハリス。あなたの首が……捻じれています」

 異常な事態にアルファも困惑しているようだった。アルファの握力は四〇〇キロ。腕力も乗用車を軽く投げ飛ばすほどだ。いくら怪力を発揮する悪魔憑きの発症者でも、アルファに対抗することはできない。だがその怪力ゆえに、アルファは強引な手段に出られずにいた。ハリスの首の骨は客観的に見て折れている。そうとしか考えられない。その状態のハリスに乱暴な手段をとる事が出来ないでいた。

 アイカもその事を察した。アイカ自身もどうすればいいのか分からなかった。フラッシュは効かない。首の骨を自折するほどの異常な力。この状態で出来るのは筋弛緩テーザーを使う事だけだが、それを使っていいのかアイカには分らなかった。ハリスの体にどんな影響が出るか分からない。

「いつまで俺の体を触ってやがる、罪深い鋼め! 何人を殺した! 何人を犯した!」

 ハリスは後ろを向いたまま叫び、そしてアルファを後ろ向きに蹴り上げる。

「次はお前だぞ雌豚め! その皮を剥いで俺の帽子にしてやる!」

 骨が軋みながら、ハリスの顔が前を向いていく。口の橋から黄緑の胃液をたらしながら、大きく口を開いてアイカに噛みつこうとする。

 アイカは見た。不揃いなハリスの歯並びを。発している異常な力から考えるに、噛みつかれれば当然ただでは済まない。言葉通りに、顔の皮くらい剥がれてしまうだろう。

 だが、アイカに恐れはなかった。神を信じているから。そして、銃を信じているから。

「げああっ!」

 引き金が引かれ、筋弛緩テーザーがハリスの首元に打ち込まれる。痙攣し、それでもアイカに噛みつこうと前のめりになるが、筋弛緩剤の力で全身から力が抜けばったりと倒れ込む。しばらくは意味不明の言葉を喚いていたが、やがてハリスは気を失い大人しくなった。アルファがナイロンタイでハリスを拘束し、アイカは絞められていた首を撫であげた。

 首を触ると、少し腫れて痕が残っているようだった。見た目などどう変わろうとアイカは気にしなかったが、同僚のメルディは気にする。きっとああだこうだと文句を言われるのだろうと、アイカは今から憂鬱になった。

「鎮静措置、完了」

 銃は手にしたまま、残っている二人の入居者を確認する。どちらも恐怖で放心したようになっているが、ハリスのように発症した形跡はなかった。四人目、五人目が出たらどうしたものか。内心ではそんな事を考えていたアイカだったが、取り越し苦労ですんで良かったと思った。

「アルファ、通信は」

「……はい、通信可能です。回復しています」

「よし、警部に連絡だ。担架は六つだな。ボディバッグが必要なくてよかった」

「まったく」

 アルファはそう答え、立ち尽くし虚空を見つめた。通信を開始しているようだった。アイカはもう一度人質になっていた入居者を確認する。心拍、表情、行動の所作。いずれにも問題はない。普通の老人だ。その事を再確認し、ようやく拳銃をカソックの内側に戻した。

 数分もしないうちに武装した警察官たちが部屋に雪崩れ込んできた。一緒に救急隊員がやってきて、発症者と負傷した入居者たちを運んでいった。

 アイカは最後の一人、ハリスが運ばれるまでその部屋で様子を見ていたが、これ以上祓魔室の出番はないようだった。

「派手にやってくれたな……」

 アイカの背後から低い声で呼びかけたのはホランド警部だった。まるで薄闇の中の得体の知れないものでも見るように目を細め、ホランド警部はアイカを見下ろした。

「派手に、とは? 実弾は使用していないですよ。発症者の叫び声までは止められませんが」

「高齢者相手に必要以上の暴力……何だあの傷跡は? 何をやった?」

「やったのは彼ら自身ですよ。人間の限界を超えた力の発揮……筋肉や骨を損傷するほどのね」

「二人のはずが三人を拘束。しかも一人は首を脱臼していた。あれも自分でやったと?」

「そうです。私も驚きました。まるで……」

 本物の悪魔憑きだ。そう言いかけて、やめた。祓魔室が悪魔憑きに驚くなど笑い話にもならない。

「まるで……なんだと言いたい?」

「いえ、別に。とにかく、発症者への鎮静措置は終了しました。後はよろしくお願いしますよ。行くぞ、アルファ」

「はい。では警察の皆さん、後をよろしくお願いします」

 アルファは脱帽し目礼すると、アイカに続いて部屋を出ていった。ホランド警部は吐きかけたつばを飲み込み、苛立たし気に床を蹴った。

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