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サイボーグエクソシスト(仮)  作者: 登美川ステファニイ
3/9

2-2

 二〇分ほどで車は現場に到着した。現場はすでに警察により封鎖されていたが、近隣住民と思しき人たちが野次馬になっていた。カメラやマイクを持つものも散見され、事態はすでにマスコミによって周知のものとなっているようだった。

「通してください……通ります、開けてください」

 人垣をかき分けながら、アイカが進んでいく。立ち入り禁止のテープをくぐろうとしたところで警官に目を付けられる。

「おい、あんた! ここは立ち入り禁止だ! 見えないのか!」

 警官はカソックを見ても気付かないようだった。仕方なくアイカは名乗る。

「祓魔室のエクソシストだ。Eナインに対処しに来た」

「エクソシスト……あんたが? あんた、なのか……?」

「アイカ・ドネリアード。祓魔士」

 そう言いアイカは掌を警官に向ける。ホログラフの身分証が表示され警官はそれを見て立ち入り禁止のテープを上にあげる。

「責任者は?」

「ホランド警部です。向こうの指揮車の所にいます」

「どうも」

 一声かけてアイカは進んでいく。施設の塀沿いに武装した警官が何人も張り付き、中の様子を窺っているようだった。殺気立ちながらも、どこか戸惑っているような感覚。Eナイン、祓魔の現場はいつもそんなものだ。悪魔という得体の知れないものを取り囲む。キリスト教の概念を知らない警官たちにとっては不可解な事なのだろう。

 施設の門から少し離れた所に指揮車があり、アイカはそこに向かう。背の高く帽子をかぶった大柄のカソックの人影が見えた。アルファは既に待機しているようだった。

「来たか。遅いぞ、全く……!」

 警部の階級章を持つ男が不機嫌そうに言う。ホランド警部のようだった。

「現状は?」

 社交辞令的な詫びを抜かしてアイカが問いかける。ホランド警部が視線で部下に命じると、液晶ペーパーがアイカの前に広げられる。

「これが見取り図だ」

 ホランド警部が操作すると介護施設の見取り図が表示される。いくつかの部屋に赤や黄色の丸がついていた。

「犯人二人はここだ。談話室にいる。出入口は一つだけだ。窓もない」

 そう言い、ホランド警部が苛立ちをぶつけるように中指で画面を叩く。談話室がホログラムで立体的に表示される。内部には簡易な人物のモデルも表示される。

「人質は四人。そのうち一人は、恐らく怪我をしている。すぐ命に係わるようなことはなさそうだが、あまり時間はかけられない」

 見取り図を確認しながら、アイカは質問する。

「発症者は武器を使用していますか」

「いや……何も。歯と爪が武器でないとすれば、だがな」

「発症者によくある症状ですね。獣のように振舞い、噛みつきや引っ掻きで怪我を負わせる」

「それは分かってるよ! こっちも何人もやられたんだからな!」

 ホランド警部が両腕を振り上げながら興奮したように言った。怪我人が出てかなり焦っているようだった。

「で、どうするんだ。エクソシストさん。テーザーは効かなかったぞ。取り押さえるのも無理だった」

 ホランド警部の周りに屈強な警官たちが並び、アイカに視線を向けていた。まるでお前に何が出来るとでも言いたげに。

「後は引き継ぎます。引き続き現場の封鎖をお願いします。行くぞ、アルファ」

 それだけ言うと、アイカはホランド警部に背を向け施設に向かい歩いていく。警部は何か言いたげだったが、代わりに指揮車のボディを殴りつけた。

 門の所で待機していた警官を素通りし、その視線を背に受ける。アイカはまるで入居者の見舞いにでも行くように、普段と変わらない足取りで進んでいく。ドアノブについた血に触れないように、開きかけのドアの縁に手をかけて開く。

 漂うのは、消毒薬の臭いだった。それに混じって生臭い臭いがある。血の臭いだった。壁や廊下にこすりつけたような血の跡が残り、それが臭いを放っているようだった。アイカの鋭敏な嗅覚はそれを捉えていた。

「見えるか」

「スキャンします」

 アイカの問いに答え、アルファが両目の装置を使って施設をスキャンする。熱反応と電磁波を併用したもので、遮蔽物があってもある程度内部の状況を把握することが出来る。

「先ほど受けた説明と状況は変わらないようです。負傷者が一人。死者はいませんが、一人が拘束されているようです。踏みつけられています」

「そうか、行くぞ。先行しろ」

 拳銃を構えながらアイカが言う。アルファが前に出て、帽子をかぶり直しながら前に進んでいく。二〇〇キロを超えるアルファの重量で廊下の板材が軋み、悲鳴のような音を立てた。

 談話室は廊下を曲がった先、施設の中央辺りに位置する。角を曲がるとその談話室のドアが見えた。見取り図の通り、ドアは一か所だけだった。

「がああぁぁっ! うるいっ! のうへりっ!」

 怒声のような声が聞こえた。男の声だった。発症者は男と女が一人ずつ。その男の方のようだった。

 言葉の意味は分からない。だが悪魔憑きの発症者にはよくある事だった。

「くああぁぁっ! あみあ、なちりあっ! ああぁぁっ!」

 今度は女の声のようだった。どちらもしゃがれていて、どこか苦しそうな声だった。

「アルファ、様子を出せ」

 小声のアイカに、アルファは無言で答える。右手の手の平を上に向け、ホログラムを表示するスキャンした部屋の様子が映る。立っているのが二人、これが発症者だろう。三人はドア側の壁沿いに座っていて、一人は発症者に踏みつけられている。その発症者が男か女かまでは分からない。

「うるいっ、うるいっ!」

 発症者の声を聞きながら、アイカはアルファに続いて前に進む。拳銃の安全装置を外し、引き金に指をかける。モードはテーザーだ。

 床には小さな血だまりが出来ていた。壁や天井にも血が飛び散っている。かなりの傷のようだが、これは負傷した警官によるものだろう。かなり手ひどくやられたらしい。

「入ります」

「行け」

 アイカの号令で、アルファがドアの前に立ち中の様子を窺う。

「助けてぇっ!」

 叫ぶ声がアイカの耳にも聞こえた。アルファは声を上げた被害者に視線を向け、金属製のマネキンのような顔で笑いかけた。

「落ち着いてください。すぐに救助が来ます」

 男の発症者、ハロルドは部屋の奥側で壁に向かって這うように立ち、女の発症者、メイアは被害者の男を踏みつけにしていた。どちらの発症者の顔も醜く歪み、事前情報で見た入居時の顔とはまるで別人のようだった。

「はははは! 救助だと! 誰が誰を救うんだ!」

「お前を俺が救ってやろうか! 金属でできたがらくため! スクラップにしてやるぞ!」

 発症者が代わる代わるアルファに罵声を浴びせる。だがアルファは平静な様子を崩さずに語りかける。

「私はあなた方を助けに来ました。天文省祓魔室のアルファと言います。初めまして」

「うるさい、うるさいぞ! 俺はこの豚と語らうので忙しいんだ!ここを出ていけ、鉄くずめ!」

 メイアが被害者を激しく踏みつけながら言う。被害者は踏まれるたびに苦しそうな声を上げるが、腕をつかまれて逃げることも出来ずにいた。

「豚め! 豚め! 分かるぞ、もう一人豚がいるな! 隠れてないで出てこい!」

 ハロルドが壁を掻きむしりながら言う。爪がはがれ指先からは血が流れていたが、まるで痛みを感じていないかのようだった。

「あなたはハロルド。あなたはメイアですね?」

「違う! 違うぞ! もっと邪悪なものだ! お前の糞から生まれたんだ!」

「そうとも! 豚め! お前になど私のことは分からない! はははは!」

 ハロルドとメイアは嬉しそうに笑い、アルファを睨んだ。

「さっさと消えろ! 消えろ! お前になど誰も救えん!」

「救ってやろうか! 俺が! 俺が! はははは! 豚のはらわたを頭から浴びせてやる!」

 二人の止むことのない罵声にアイカは危機を覚えた。自分の身にではない。二人の身にだ。精神の汚染度合いが大きくなるほど異常行動が増えてくる。言葉を操っている内はまだいいが、さっきのように意味不明な事を喚きだすのは脳への影響が大きくなっている兆候だ。なるべく早く鎮静処置を行なう必要がある。

「アルファ、奥の男性を抑えろ。手前の女性は私がやる」

「了解しました」

 アルファはそう言い、部屋の奥にゆっくりと顔を向けて歩き出す。


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