発売記念SS 寝起きの捜索・後編
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「メイベル」
「は、はい!」
私は今、ベッドに座るアリスター様の膝の上にいた。正確にいうと、横抱きにされたまま、アリスター様がベッドに座っただけである。
どうやら、近くの部屋に入ったのかと思っていたが、実は寝室だったらしい。そんなに移動していないように思っていたが、サミーの慌てぶりや駆け寄ってきたことから、遠いのかと勝手に感じてしまっていた。
とまぁ、現実逃避はここまでにしよう。
ガウンを羽織っているけれど、ナイトドレスの私と上半身裸のアリスター様の姿は、何も知らない者からしたら、いい雰囲気に見えるのかもしれない。
けれどしっかりと私の腰を掴み、離す気はないとばかりに固い表情と口調のアリスター様を見て……とてもじゃないが、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。
「とりあえず、何があったのか、先に聞きたい」
「へ?」
「何かあったから、廊下にいたのではないのか? いつもなら、この時間は寝ているだろう」
「そう、ですね」
確かにアリスター様の言う通り、夢の中にいる時間帯だ。アリスター様が、騎士団の訓練に参加していることすら、知らなかったのだから。
「妻として失格ですね。アリスター様が隣にいなかっただけで、あのような格好で探し回るなんて……ごめんなさい。はしたなかったですよね」
「っ! メイベル……」
「実は、シオドーラの様子を見に行ったのかも、と思ったら、その、だから――……」
「確かにまだ怒りが収まらないが、寂しがる妻を置いてまで行くわけがないだろう?」
まるで証明するかのように、アリスター様は私の手を握りしめた。腰を抱いていた腕も、肩へと移る。
「ただ朝練だけは勘弁してくれ。日課なのを、ここ最近はサボってしまったから、メニューを増やしざるを得なかったのだ」
だから戻りが遅かったのだ、と言いたいらしい。私が目を覚ます前に戻りたかったのに、とも取れて申し訳ない気持ちになるのと同時に、嬉しさも増した。矛盾していることは分かっている。それでも……大事にされている、と感じてしまうと、どうしようもなかった。
「アリスター様。朝練なら朝練だと言ってくだされば、私は大丈夫です。もしくは置き手紙を。そうすれば安心しますので」
「……分かった。だが、さっきみたいな反応も、時々してくれると俺も嬉しいのだが?」
「それは嫌です。騎士団の皆さんに、はしたないところを見られたのに」
「大丈夫だ。忘れるように、これから追加の訓練を命じるから」
「えっ、それは……」
記憶がなくなるくらい扱くってことですよね!?
「ダメです! そんなくだらない理由で迷惑をかけないでください」
「俺にとっては重要なことだ。サミーはともかく、メイベルのこんな可愛い姿を他の連中には見せたくないからな」
「か、可愛いって……」
どこが? そんな要素ありました? というか、サミー以外は許せないって……。
「ほら、こうして頬を染めた姿や、恥じらう姿を見るのも、させられるのも俺だけで十分だからな」
「あ、アリスター様……」
恋人期間もなく結婚したせいだろうか。それとも、結婚してから想いが通じ合ったから?
夫婦になって数カ月。未だに私は、アリスター様の言葉や行動に振り回されていた。新婚だからと言い訳にしたくない。でも新婚だからこそ、という気持ちもある。
私は伸びてきた手が頬に触れる直前を狙って、アリスター様に抱きついた。
「メイベル?」
「中途半端に起きたので、まだ眠いんです。寝かせてもらえませんか?」
半分嘘で、半分は本当のことを口にした。恥ずかしさを隠すために抱きついたのに、その瞬間、安心してしまったのだ。
単純と思われても仕方がない。だって、まだ朝なのだ。朝は……寝るものでしょう?
「そうだな。我が妻は朝が弱いから。ゆっくりおやすみ」
「起きた時……またいなかったら嫌ですよ」
アリスター様に抱えられて、ベッドの上に寝かされると、すぐに瞼が重くなった。
おかしいな。寝つきもよくない方なのに。
「大丈夫だ。ここで仕事をするから、ずっと傍にいる」
「ダメですよ。そんなことをしたら、ダリルが……困ってしまいます」
「メイベル……もう寝ろ」
アリスター様はそう言いながら、私の頭を優しく撫でる。まるでそれを待っていたかのように、私はそのまま眠りに落ちた。
その間、アリスター様が宣言通り、ずっと寝室にいたことを私が知ったのは、お昼に目が覚めた時のことだった。
さすがにお昼前には起こしてください!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
電子書籍の方も是非、よろしくお願いいたします。
絵師様の素敵な表紙と挿絵付きです!