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発売記念SS 寝起きの捜索・前編

2025年2月28日にStory出版様のmure文庫様にて、電子書籍化していただきました。

こちらはそちらを記念したSSです。


場面はシオドーラを断罪した後、首都に戻る前となっています。

ガーラナウム城での一幕を、是非楽しんでいただけると嬉しいです。

 朝は苦手だ。大人になれば、結婚すれば、皆のように爽やかな朝を迎えられると信じていた。けれど現実は違う。無情で残酷だった。


 克服できないことが悔しくて、開き直ることすらできなかった私だけど、最近は少しだけ違う。

 私は重い瞼を閉じたまま、そう思わせてくれた人物に向かって手を伸ばした。


「ん〜?」


 柔らかいシーツは肌触りがいいけれど、お目当てのものには手が届かない。だから体を横に移動させてみるが、やっぱり触れることは叶わなかった。

 私は、その人物の名前を呼ぶ。

 

「アリスター様……」


 どこにいるの?


 伸ばした手を戻し、胸の前で握り締める。それでも埋まらない寂しさに、再び名前を呼んだ。ベッドの中で体を丸めながら、愛しい旦那様の名前を。


「……アリスター様」


 けれど、返事が戻って来ることはなかった。


 どうして? いつもなら返って来るのに……もしかして、シオドーラのところに!?


 いや、確かシオドーラは私を害した罪で、ガーラナウム城の城下にある、自警団の牢屋に収監されていた。理由は、未だに怒りが収まらないアリスター様が、自らシオドーラに処罰という名の危害を加えないための処置だった。

 だからアリスター様も、用事がない限りは近づかないようにしていたはずである。


「っ!」


 もしかしたら、その急を要することが起きたのかもしれない。そもそもアリスター様は、エヴァレット辺境伯領の領主。シオドーラのこと以外にだって、仕事は山ほどあるのだ。

 それなのに、妻である私が能天気に寝ていていいのだろうか。


「というか、今は何時?」


 カーテンから差し込む光は薄黄色。ということは、少なくとも朝か、午前中を意味していた。午後だと、もう少し濃い黄色をしている。夕方になると、オレンジ色に近くなるのだが、それでもない。


 私は眠い目を擦りながら、そっとベッドから抜け出した。このまま寝ていては、何も分からない。アリスター様のことも、この城内で何が起こっているのかさえも、だ。


「サミーが起こしに来る気配は……」


 ないから、少なくとも緊急を要することではないのだろう。アリスター様がガーラナウム城にいる間は、寝室を共にしているため、呼び出しを受けていない限り、サミーはやって来ないのだ。


「アリスター様が離してくれないから……」


 やめて、と言っても抱きついて来るのに……そんなアリスター様が、今はいない。


「それなら私が探しに行ったっていいよね」


 私はアリスター様の妻であり、ここガーラナウム城の女主人なのだから。もうシオドーラだって、好き勝手にできないのだ。私が自由に歩き回ってもいいはずだ。


「そもそも、アリスター様がいないのが悪いのだから」


 うんうん、と自分に言い聞かせながら、私は早速、執務室へと繋がる扉を開けた。



 ***



「う~ん。ここにはいないか」


 考えてみれば、当たり前よね。寝室と執務室は、扉一つを隔てただけなのだから、アリスター様がいれば、何かしら音がするはずである。

 もしくは、寝室で物音がすれば、すっ飛んでくる人なのだ。


「どれだけいい耳をしているのかってくらい……心配性なんだから」


 思わず、執務室机で仕事をしているアリスター様の姿が、脳裏に浮かんだ。屁理屈を言ったり、甘えてきたりする、普段の姿とは違い、真面目なアリスター様が見られる唯一の場所。

 時々、応接セットの長椅子に座って眺めていると、安心するのか、優しく笑いかけてくれるのだ。


「私がいると、逆に仕事が捗るからって、ダリルも勧めてくれるから、ついつい長居してしまうのよね」


 でも今は、部屋の主さえもいないのだから、長居する必要はない。私は早々に、執務室を後にした。



 ***



 廊下に出ると、改めてガーラナウム城の広さを実感する。それと同時に、廊下が長くて良かったこともだ。私が今、欲しいものをくれたからだ。


 静かな廊下の奥から聞こえてくる、騒がしい声。よく聞くと、野太い声ばかりで、思わず実家であるブレイズ公爵邸が恋しくなった。

 ブレイズ公爵家も、エヴァレット辺境伯家と同じ騎士団を抱えている。だから訓練後は、明るくて楽しそうな声が、屋敷にも響いてくるのだ。


 一緒に訓練を受けていたから、余計に懐かしいのかもしれない。さらにその声に混じって、聞き慣れた低い声が聞こえてきた。


「アリスター様!」


 そっか。よくお兄様も騎士団の朝練に加わることがあったから、アリスター様もそうなんだわ。執務室に籠もってばかりだと体が訛ってしまうし、領地の見回りに行くことだってあるのだから。常に鍛えておく必要があるものね。


 毎晩、その鍛え上げられた体を見ているせいか、思わず口元が緩んでしまった。それを隠すように、声の方へと駆け寄ると、まさに先ほど想像していた肉体美が目の前に現れた。


「っ!」

「メイベルっ!」


 しかし息を呑んだのは、アリスター様の方だった。


「どうしたんだ。そんな格好で……何かあったのか? いや、その前に――……」

「お、奥様ー!!」


 後ろから突然、サミーの叫び声が聞こえてきた。目の前には驚くアリスター様の姿。


 え、何? 二人して……どうしたのよ。


「部屋から出る時は、ガウンを羽織ってください。あとスリッパも」

「へ?」


 サミーに言われて、初めて自分の姿を確認した。ベッドからそのまま降りたから、足は裸足。服もナイトドレスである。


「っ!!」

 

 アリスター様の後ろには……エヴァレット辺境伯領の騎士団員の姿が見える。サミーとアリスター様だけなら、こんな姿を晒したところで、なんのダメージも受けないけれど、これは……マズい。ここはブレイズ公爵邸でないのに、私ったら。


 領主夫人として、ガーラナウム城の女主人として、いや人として……終わった。こんな姿を多くの人の目に晒すなんて……。


 後ろからサミーが、すぐにガウンをかけてくれたけれど、立ち直れそうになかった。前からは、アリスター様だろうか。駆け寄って来る足音が聞こえてきた。


 私は怖くて顔を下に向けると、すぐにアリスター様の靴が視界に入る。思わず体が跳ねた。


「あ、あの、私――……」

「メイベル。一先ず、場所を移すぞ」

「えっ。あ、そうですね。いつまでもここにいるのは……」


 アリスター様の指摘に私はハッとなって顔を上げた。ここで反省する前に、やるべきことがあったことを思い出したのだ。そう、いつまでもこの醜態を晒しておくべきではない、と。


 私は移動しようと振り返った途端、いきなり腕を掴まれて、後ろに引っ張られた。いや、それだけではなく、視界も高くなったのだ。


「あ、アリスター様!?」


 横抱きにされたことに気づいた時には、有無を言わせない勢いで、その剥き出しにされた胸板に顔を押しつけられた。


「ダリル。あとのことは頼む」


 アリスター様はそれだけ言うと、返事も待たずに近くにあった扉を開けた。微かに「畏まりました」というダリルの声が聞こえたような気がしたが、扉を閉める大きな音に掻き消えてしまった。


 それだけ、アリスター様は怒っていらっしゃるのよね、きっと。

長くなってしまったので、後編に続きます。

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