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第3話 婚約破棄の裏側

 アリスター・エヴァレット辺境伯様といえば、偏屈で有名な方。


 他の方の意見は聞かず、頑固で気難しい人だという噂も聞く。直接会ったことはなかったけれど、けしてお近づきにはなりたくない人物だった。


 その方が何故、ここに?


「ほう、さすがだな。俺の名前を聞いただけで、爵位まで分かるとは。いや、噂もか」

「え?」

「そう、顔に書いてある。厄介な奴に会った、とな」

「なっ!」


 なんて失礼な……は、私の方よね。初対面の相手に対して、不愉快な表情をしてしまったのだから。


「……大変失礼致しました」

「いや、こちらこそ悪かったな」

「えっと……その……」


 それはどういう意味ですか? と聞こうとした口を私は閉じた。

 ここで下手なことを言って、アリスター様の機嫌を損ねるわけにはいかない。だって今の私は牢屋の中。逃げ場はないのだから。


「メイベル嬢をここに入れてしまったことを詫びているんだ」

「は?」


 牢屋に入れたのはバードランド皇子なのに、何を言っているの? この人は。


「つまり、バードランド皇子と取引をした、と言っているのだよ」

「何の、ために? いえ、違いますね。何の取引をしたんですか?」

「ニュアンスは違えど、聞いているのは同じこと。俺の答えもまた然り」


 自分に酔いしれているのか、言葉遊びのように焦らすアリスター様。それが表情にも出ていたのだろう。クククッと笑われた。

 噂通り、偏屈で一筋縄ではいかなそうな人物だった。


「まぁなんだ。メイベル嬢との婚約破棄、などのやり方も含めて提示させてもらっただけのこと。それを実践するかどうかは、バードランド皇子の意志だったわけだが」

「それは……エヴァレット辺境伯様と取引……いえ、ご相談されるほど、私との婚約を悩んでいた、ということなのでしょうか、バードランド皇子は」


 他の殿方に言いたいくらい、私との婚約を破棄したかったのだろうか。バードランド皇子に恋愛感情はないけれど、それはそれでショックだった。

 女としての魅力は……ないのかもしれないが、他の……そう、価値だ。私という人間の価値を否定されたように感じた。


「いや。メイベル嬢の名誉のために、それは違うと言っておこう」

「そうは思えません」

「俺も人のことは言えないが、そう卑屈になるな。バードランド皇子はメイベル嬢のことが嫌いなのではない。ただ女性としてではなく、妹のような存在にしか見えない、と言っていた」

「妹?」


 確かに年齢は二つしか離れていない。四つ上のお兄様を挟めば、バードランド皇子も二人目の兄、と思っても不思議ではなかった。それだけ、近しい関係だったのだ。


 だが、それが何だというのだろうか。

 妹のように可愛がられていた、というのなら納得ができる。けれど、いつも素っ気ない態度で、他の令嬢たちのように愛想すら見せてくれなかった分際で。


「そのため、妹相手に恋愛感情を抱くことは難しく、だからといって、他に好きな相手もいない。もしもメイベル嬢に想い人がいるのだとしたら、応援したいことも言っていたのだが……そんな気配すらなく、残念がっていたぞ」

「……大きなお世話です。けれど私も、バードランド皇子に恋愛感情を抱いていません。ましてや他に好きな方も。でもそれは、いえ、私の立場では無理もないことだと思います」

「そうだな。ブレイズ公爵夫人は潔癖で有名だ。メイベル嬢が婚約者以外の者に現を抜かしていたら……」

「い、家を追い出されてしまいます!」


 考えただけでも恐ろしかった。


 しかし、アリスター様に知られているほど、お父様の浮気話は有名なのか……。

 確かにあの時のお母様は浮気相手よりもお父様に対する仕打ちの方が凄かったから……無理もない。

 だからこそ、私がお父様と同じことをしたら、とんでもないことになるのだ。


「今だって、牢屋に入れられた私をどう思っているのか、心配なんです。バードランド皇子は、婚約破棄の手続きが終えたら出してくれると言っていましたが」


 果たして、無事に家に帰れるだろうか。


 そう思った途端、バードランド皇子とアリスター様へ向けていた怒りにも似た感情が、次第に悲しみへと変わっていった。


「さすがにこの状況下で、俺がここに来た理由までは思い至らなかったか。その打開策をしに来たとも」

「エヴァレット辺境伯様が、ですか?」

「そうだ。バードランド皇子に助言をしたまま、その結果を見に来ただけだと思ったのか? 生憎そこまで暇じゃない」

「では、私にも策を授けに来てくれた、と?」


 その僅かな希望に、私は思わず鉄格子に近づいた。途端、掴まれる腕。感じたことのない力強さと手の厚みに、「ヒッ」と小さな悲鳴を出してしまった。


 悪いと思っていても後の祭り。けれどアリスター様は手を離さなかった。


「無骨者で悪いが我慢をしてくれ。看守に内容を聞かれるのはマズいのでな」

「……もう手遅れだと思いますが」

「いや、バードランド皇子とメイベル嬢の婚約破棄はすでに決定事項だ。その裏で何があったのかなど言ったところで、事実が変わることはない。あるとすれば、俺の悪い噂が一つ増えるくらいだ」


 そんな言い方をしなくてもいいのに。どうしてこの人は素直に言えないんだろう。もっと気の利いたことくらい言えばいいのに。そう、たとえば――……。


『俺の名前を盾に使えばいい』


 さすがにこれはカッコ良過ぎるかな。でも、端正な風貌のアリスター様にこのセリフを吐かせたら、コロッとなってしまう女性など、五万といそうだった。


 けれどそうしないのは、辺境伯という立場のせいだろうか。国防を常に担う立場の人間からしたら、生半可に近づく女性など、信用に値しない。


 私も公爵家に生まれた者だから分かる。その地位に惹かれて集まってくる者たちがいるのだ。チャンスとお零れをもらうために。もしくはその地位から蹴落とすために。


「エヴァレット辺境伯様。先ほど私に言ったことを憶えていますか? 卑屈になるな、と。そのままお返し致します」

「……さすがはベルリカーク国唯一の公女様だ。ブレイズ公爵夫人に似て、勝ち気な性格をしている」

「あまり嬉しくはないのですが」

「そうか。最大の褒め言葉だったんだが」


 アリスター様ほどではないが、社交界で悪評名高いお母様に似ていると言われて、誰が嬉しいと思うのだろうか。


「ではこういうのはどうだ? そういう勝ち気な女には弱いんだ。牢屋からメイベル嬢を出す代わりに、エヴァレット辺境伯領に来ないか?」


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