第21話〜第30話+extra track
飾り
マルメイソンは燭台の炎や通りすがりの人の寝癖などの中から、あらゆる目印を見つけ出した。
やがてたどり着いた、入り組んだ城の一部屋。
「やっと来たかい、待ちくたびれたよ」
「先生!」
名付け親の老いた顔が、口ほどでもなく楽しそうに笑っていた。
「お元気そうで何よりです、その、胴体はどこかへ行っちゃってるけど」
「お互い様さ」
首だけの名付け親は、火のない暖炉の上で、最初からそういう飾りだったみたいにくつろいでいた。
「一体、何がどうしてこうなったんですか?」
問いかけたマルメイソンに、名付け親は答えた。
「あたしは確かに、功績をはやる連中に言ったもんだよ。なまじか頭がついてるせいで、魔女は人の言うことなんか聞きやしない、だからときどき手を借りるだけにしな、人間のことは人間でやるべきなんだよ、って。それをどう聞き違えたものだか、頭をズバンと取り始めたってわけ」
「先生のせいなんですか、これ」
マルメイソンが呆れると、こんなことになるなんて思わなかったんだよ、と誰でも言いそうなことを名付け親は言った。
「とにかく、大した連中じゃない。ただちょっと、意味も分からないで能力を発揮する胴体が味方についてるくらいで──」
「もしかして先生、最初に、そのうっかりした騎士に首をはねられて、胴体を使われてるから、他の魔女達もどんどん簡単に狩られてるってことですか? みんな、先生と戦ってるってこと?」
「戦ってなんかいないよ、みんな気づかないうちにやられてるんだろうから」
無責任な名付け親に、そういえばこういう魔女だったと思い返しつつ、マルメイソンは聞いてみた。
「それで、事態の解決方法の案はあるんですか?」
「ないね」
あまりの即答ぶりに、マルメイソンは名付け親に頭突きをした。
呪文
「ないって言ったって、なんにもない訳じゃないよ。呪文を一つ覚えるみたいに、簡単だけど面倒くさい手順だけがある。あたしの胴体を説得するか、胴体を操ってる奴を説得するか、だ」
「説得って、殴り倒して縛りつけたらいいの?」
マルメイソンに、名付け親はため息をついた。
「生首だけで、そんなことできないだろう。うっかり屋の騎士に頭突きして、隣の魔女にも一撃くれておやり。それからあたしの胴体を取り戻してくれたら、後はこっちで何とかするよ」
あんなものは大した魔法じゃないのにね、胴体も何で言うこと聞いてるんだか、と名付け親はぶつぶつ言ったが、胴体の方はそういうところが嫌だったのかもしれないと、マルメイソンは考えた。近くの森でマルメイソンを拾って育て、独り立ちの頃には城で雇われ魔女をしていた名付け親は、魔女らしく傲岸不遜なところがあった。
「ところで、先生はどうしてこんなところに隠れているの? 何でもできるんでしょ?」
「できるけどね、この間首を痛めて、飛んだり跳ねたりが難しいのさ。あんたみたいに若いと簡単かもしれないがね」
そんなものだろうか。お守りにと、移動が便利になる呪文と、頭突きの威力が増す呪文を教えてもらった。
白
真っ白な洗濯物が翻る。入ってきたのとは反対側の裏口から出てしまったようだ。マルメイソンは、ゆらゆら飛びながら辺りを見回した。
人々は忙しく働いている。生首になった魔女や騎士達のことは、全然知らないみたいだった。
街角のパン屋さんの噂や、季節の果物を売りに来る店の話をしているが、それは酵母を操る魔女ミセルや、果樹園の魔女パカシエルのことだろう。みんな狩られてしまったのではないか。
止めなくては、とマルメイソンは決意を新たにして、聞き耳を立てる。噂話によると、もう少し北側の塔に、親戚の魔女を従えた、出世したばかりの若者騎士がいて、最近態度が乱暴らしい。
最初はいい子だったのにねえ、上司に詰められておかしくなっちまったんだよ、優しい子なのになかなか剣の腕もあがらなくて、相談役の魔女にからかわれてカッとなって首を切ったそうじゃない? 頭を冷やせって上司に怒られたけど、混乱した若い魔女が幻惑魔法だか何だかを使って保身に走って、今大変らしいよ。
みんながたくさん噂話をしてくれるので、事情が分かってきた。マルメイソンはお礼に、洗濯物がキラキラする魔法を振りかけてあげた。
センタク
キラキラした洗濯物を、人々が不思議そうに干していると、若い魔女が現れた。
「なぁ、変な奴を見なかったか? 魔力探知に異常はないのに、やけに探知の網が伸びたり縮んだりしてるんだ」
「猫でも入ったんじゃないかい」
人々は適当に答えると、気に入らなかったら私達も首を切られるのかね、おお怖い、と揶揄した。若い魔女は赤面して、口の中でモゴモゴ言ったが、邪魔したなとだけ返して逃げた。
なるほど、どうやらあの子が胴体を操っている犯人らしい──マルメイソンは姿を透明にしたままついていくが、あちこちで尋ねたり馬鹿にされたりしながらも、魔女は生真面目に対応していた。なるほど、融通がきかない勤勉さ、魔女には向いていない気がする。研究熱心なら魔女向きだが。
「さて、城全体を見て回ったが、異変はないようだ」
若い魔女は、肩を回してから息を整えた。
「お前以外はな!」
指差して言われたマルメイソンは、あら、知ってたの? と言いかけたが黙っていた。当てずっぽうかもしれないので。
その選択が功を奏したのか、若い魔女は首をひねりながら、気のせいかと呟いていた。
灯り
王や上層部は近隣の視察に出かけており不在、その間にどうしようもない事件が起きてしまっていた。
のんびり暮らすつもりだった定年間際の騎士は、大騒ぎが早く治まらないかと思いつつ、パンを食べながら座っていた。
風もないのに灯りが揺らぐ。ここは窓のない廊下。炎が揺らぐとすればそれは、廊下の先のどこかの部屋の出入りがあったか、姿の見えない亡霊だ。今回は前者らしい。若い魔女が駆けてきた。
「ギブ! どうしたらいいんだ、魔女の胴体、最初は言うことを聞いていたのに。今はてんでバラバラにくつろいでる」
「慣れてきたんじゃないか?」
「安い挑発に乗って大魔女をやってしまったフィルを庇おうとしたけど、ここまでめちゃくちゃになるなんて思わなかった」
「魔女と言っても、何人かは命を失っただろう──お前はお前のやらかした罪を償わないといけないと思うよ」
「おじさんはいっつも正論ばかり言う!」
「心配してるんだよ。フィルもミハも、ちゃんと今まで人間をやってきたじゃないか。自分達や、俺達一族が頑張ってきたことを投げ出すんじゃないよ」
「フィルの罪を隠そうとして他の生首を作りまくったのも、やっぱり自首しないとダメか?」
ダメに決まってるだろ、とギブは内心でため息をついた。姪はいい子だが、あんまり倫理観が育たなかったいい子は、人間社会に置くのは難しい。
「おじさんは牢番の仕事で忙しいから外には出ないけど、さっさとみんなに謝って。国際問題になる前に」
「ダメかなあ」
諦めの悪い魔女が立ち去ると、ギブは食べ終えたパンのクズを軽くはたいた。
「それでお嬢さん、姪と俺に何か用事があるのかい?」
天井付近にいたマルメイソンは、しらばっくれようとしたが、鋭い視線が離れなかったので、諦めて返事をした。
故郷
「どうして分かったの?」
「おじさんは魔法を見破る目を持ってるのさ。そういう生まれでね。狼よりはやく走り、爪と牙で薙ぎ倒す、そういう暮らしをしていたんだ。故郷の森が開発され始めてから、一族は人間社会でも働くようになってね」
日銭を稼げば、パンも食えるし、と騎士は言った。パンが好きなのだ。
「俺達に用事がないなら、地下牢に用があるのかい?」
「特に用はないわ。探し物をしてるだけよ」
「古代の竜の尻尾とか、先帝の聖遺物とか、操りきれなくて途中で閉じ込められた大魔女の胴体とか?」
「それって、この間まで城の相談役をしていた魔女のこと?」
「前半も結構良さそうなこと言ったのに、反応するのはそこなのね」
でも牢番だから入れてあげられないんだ、ごめんねと、ギブは続けた。
「大魔女を首だけにした犯人は、不器用で問題児なんだけど、アレでも姪と、親戚の青少年でね。まぁ向こうの方が騎士の階級的には上司だから業務命令に逆らえないってのもあるんだけど。だから、王が戻られたら収束すると思うし、もう少し待ってもらえないかな?」
マルメイソンは静かに浮かんでいたが、にこりと笑った。
物語
「お断りよ! 魔女っていうのは、人の言うことを聞かないものなの」
「いい笑顔で言うねえ。姪もそういうところ、あるよ」
じゃあ可愛いお嬢さんじゃなくて侵入者だねと、ギブは言って、マルメイソンに網を振りかざした。
「ちょっとごめんよ、捕まえるだけだから」
「やだ! やめて!」
マルメイソンは逃げ回るが、すぐに狭い廊下の隅に追い詰められた。ギブはのんびりした空気のくせに、意外と運動神経が良いのだ。
「お嬢さん、大人しくしててくれ」
「もう! 私よりも姪を捕まえたらいいのに!」
「おじさんはそこそこ規律を守らないといけないんだよ、定年したら優雅に下町でパンの食べ比べをして暮らすんだから」
マルメイソンは苛立ったが、ふと思い出した。物を移動させる魔法がある──先生の胴体がここにあり、先生は首を痛めていて自分で移動できない、ならば。
マルメイソンは囚われそうになりながら、全力で呪文を唱えた。
「逃げようとしても、もう遅いよ」
ギブの見当違いの呟きは、途中で険しい誰何に変わる。
「誰だ! 誰を召喚した」
「召喚っていうか、移動よ。事態を引き起こした元凶に、責任を取ってもらうの」
しれっとしたマルメイソンに、笑い声が応えた。
「いいねえ。物語の終わりってのは、こうじゃなけりゃいけないよ」
少しかすれた、明るい笑い声と共に、牢の扉がひとりでに開いた。
「すなわち、ヒーローの登場だ」
かわたれどき
混乱の原因を作ったくせに、名付け親は偉そうに言った。胴体と生首はまだ仲良くなれないらしく、片手で首を押さえている。そういえば首を痛めているとは言っていた。
ギブは躊躇ってから、マルメイソンを網から出してくれた。
「大魔女の方が位が上だからな」
さっきまで、上司命令かどうかで生首狩り側についていたが、一貫した態度だ。
「魔女ミハを捕まえといておくれ。あたしはフィルフィナントを捕まえてくるから」
誰のことか分からないマルメイソンに、ギブが、俺の姪だよ、さっきお嬢さんがくっついてきたじゃないか、と教えてくれた。
若い魔女はマルメイソン、騎士は名付け親の手に託されることになった。
マルメイソンは名付け親とギブと別れて、庭へ出た。高い塔の上まで登って、城を見渡す。いた! 若い魔女はコソコソと、マルメイソンを探して歩いているようだ。まだ大魔女の復活には気がついていない。
日が暮れかかり、徐々に互いの顔の区別がつかなくなる──マルメイソンは叫んでやった。
「ミハ、貴方のお探しの侵入者は、ここにいるわ!」
人々がざわめき、若い魔女が驚く。驚いたはずだ。かわたれどき、ギブの姪は人ごみに紛れてしまい、誰が誰だかよく分からない。逃がすものか、いや、ここで待てばすぐ来るはず。
余裕で浮かぶマルメイソンの背後から、塔に集まった騎士と魔女達が踊りかかった。
答え
銀色の騎士は反省していた。短慮であったと。魔女や騎士達に混乱を強いて、命さえ奪ったのだ。これから罰が下されるだろう。
親戚の若い魔女も、一度故郷に戻されて、人間社会について勉強し直しになる。
こんな小さなことでも戦になり得るし、大変なことなのだと、大魔女はくっついたばかりの頭で騎士を叱った。
生首になって喜んでいたのは、街で暴れていた緑竜の魔女くらいだ──たくさん暴れたかった、楽しかった、まだ暴れたい、という感想は、後日城に寄せられたが、なかったことにされた。
ともあれ、戻せる魔女達は元に戻され、王が戻るまでに事態は収束するはず。どんな答えが出てきても、騎士はきちんと受け止めるつもりだ。
「反省とかで済むようなことじゃないのよ」
マルメイソンが騎士の背後で冷たく言うのは、さっきまで、騎士や魔女達に捕まって網に入り、ギブのところに送られていたからだ。ミハを捕まえることはできなかったが、集まった者達に大魔女が説教するにはちょうど良かった。
「さて我が不肖なる弟子よ、ちょっと頼まれごとをこなしておくれ」
名付け親の指示で、マルメイソンはもう一働きすることになった。
天地/雲壌
マルメイソンは、城の裏手にある、空飛ぶ魚のいる森にたどり着いた。木々が藻のように茂り、魚達は中空をするすると泳いでいる。すらりと伸びた手足で枝葉をちょっと避けながら。手足? 生えてんのよこれが、と魚の一匹は応える。折りたたんで滑るように飛んだりする。
空クジラを探していることを伝えると、来てるけど、と指差して教えてくれた。
ごうごうと風を鳴らして、巨大な影が空を横切った。
「じゃあ、アレに乗って伝令魔法を撒いてきてくれ」
名付け親の雑な指示に従い、マルメイソンは空クジラに乗る。
キラキラした光を振りまいて、生首となって生きながらえている者達に、城に来るか連絡をもらえたら大魔女が胴体を返してくれると知らせて回る。
天地雲壌あまねく広く、とても回りきれるものではない。マルメイソンは国境までしか行かなかったが──騎士は国内しか移動しなかったらしいので──作業が終わると、家まで送ってもらった。
空クジラから飛び降りて思い出した。自分の胴体を返してもらっていない。後で取りに行かなくては。
マルメイソンはよくよく考えて、そういえば名付け親の生首を胴体の元に移動できるなら、自分の胴体くらい呼べるのではないかと気がついた。気を落ち着けて呼ぶと、果たして、たぶん自分の胴体が、ちょっと疲れたふうに、狭い庭の隅に立っていた。
「お帰りなさい、マルメイソン!」
マルメイソンは自身に叫ぶと、頑張ってくっついた。首はしばらく痛んだが、マルメイソンは胴体を労いつつ、これまで通りの日常に戻っていった。
extra track
ハシバさんは、城の前の広場で、騎士達に何をしていたのか聞かれていた。観光客らしい、当たり障りのない応対をするうちに、騎士達は気が済んだらしく、元の警備に戻っていく。
やれやれ、とキャリーバッグを見下ろせば、バッグの口は開いている。中身がいない。
「やられた」
逃げたのだ。中身の魔女の生首は。別に、ここで別れても問題はないのだが、猫に頼まれた手前、無事かどうかは心配ではある。
「まぁうまくやるだろう、魔女なんだし」
気を取り直したハシバさんは、その日のうちに、いなくなった魔女マルメイソンが散らした伝令魔法で結果を知ったし、数日後、猫のところでマルメイソン本人にも出会った。無事に胴体と再開した生首は、にこやかにお礼を言って、よく分からないキラキラした小さな瓶詰めをくれた。
不思議がるハシバさんを、猫はつついた。
「ピスラピスラだ、大事にしろよ」
「何なの、それ」
「よく分からんが珍しいんだ。フロレンスは、命とか光とか呼んでいたな」
「ふうん」
魔女薬みたいなものかなと思い、ハシバさんはそれをキャリーバッグにしまい込んだ。後日、迷いの森などで妖精などと交渉するときに威力を発揮して、ハシバさんはとても感謝することになった。