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第11話〜第20話

坂道


 マルメイソンは、たとえ胴体を追いかけても取り戻し方が分からない。魔女の集合体と相談して、魔女よりいやしい目立ちたがり屋に胴体を解放してもらうことにした。言うことを聞かないなら、本人も生首にしてやればいい。マルメイソンは生首初心者だが、魔女なのでどうとでもなる。

 魔女の集合体にお礼を言って、マルメイソンは飛び上がった。高く飛びすぎたので、振り返った騎士がよく見えた。慌ててマルメイソンは飛ぶのをやめ、坂道を転がったが、さっきの騎士がこちらに向かって走ってくるのも、よく見えていた。




 魔女の集合体が叫んでいる。マルメイソンはそちらに転がろうとしたが、こっちよ、と密やかな声に呼ばれて、そちらに引き寄せられてしまった。藪を抜けると湖が見える。ころりん、湖に落ちかけると、湖から手が伸びてくる。きらめく青い鱗の人魚だ。

 魔女なの? マルメイソンが聞くと、人魚はにっこり笑った。魔女ではないけれど、あぁいう手合いは好きではないの。助けてあげる。

 人魚達はマルメイソンを次々と受け渡して、対岸に送り届けてくれた。

 お礼を告げた目の前で、銀色の騎士がマルメイソンを受け取った。人魚達は悲鳴をあげて抗議したけれど、もうとっくに手遅れだった。



流行


 マルメイソンは憤慨した。自分を捕まえた銀色の騎士に向かって、どうしてこんなことをしたの、と問い詰めたが、騎士は首を傾げて答えない。腹が立って、マルメイソンは頭突きした。

 騎士の頭部の鎧が吹き飛んで、すこーんといい音がして木立に消えた。残された騎士には、あるべき首の部分がない。貴方どうしたのそれ、とマルメイソンが問うけれど、騎士は頭を失っているのでうまく考えられないようだ。

 魔女だけじゃなく、他の人達にも流行っているのかしら。生首。

 騎士の間の内輪揉めが原因だと、水晶玉の魔女は言っていたけれど。

 じゃあ貴方、とマルメイソンは騎士に告げた。考えつかないのなら、私についてきてはどう? 何しろ私には頭があるし、貴方には胴体がある。手分けしたら、事態がより良く分かるかもしれない。

 騎士は頭のない体で、マルメイソンを抱えて突っ立っていた。話にならないので、マルメイソンは飛んで逃げた。

 すごい、頑張って! 人魚の喝采は遠く過ぎゆく。




 月のない夜に生まれたマルメイソンは、少し変わり者だった。妖精でもなく魔物でもない、精霊と神のひとしずくでできている──と、魔法を教えてくれた名付け親は言っていた。だから胴体だの、生首だの、形の変化は些細なことだ。それらが離れていたって、マルメイソンはマルメイソンである。

 一般的には、離れてしまうと自分自身を保てない者の方が多い。

 あれを見よ、隣町で巨大な竜が暴れている。緑の美しい体は、人々の積み上げた綺麗な町を、崩して破壊しまくっている。あれはただの竜ではない、緑竜の魔女ではないか。若い頃は無茶な冒険をしてあちこちで迷惑をかけ、最近は大人しくしていたらしいのだが。首を失ったせいで、胴体は理性が吹き飛んだようだ。

 人型に化けず、思いの外のびのびと暴れる姿に、人間に合わせて暮らすのも大変ねと、マルメイソンは少し同情した。今だけはのびやかにあれ。




 生首になったのは初めてかい? なかなか堂に入ってるよ。

 話しかけてきた猫が、隠れ家に案内してくれた。草むらを飛んで傷だらけになったマルメイソンに、魔女薬を分けてくれる。

 おれは使い魔なんだが、と猫は言った。主人を失ってしまってね。長い、長い猫の命を持て余してる。ときどき他の魔女に浮気をするが、今回のように、生首になったり火あぶりになった魔女と生き別れることもあるよ。

 マルメイソンは問いかけた。どうして私達は狩られたの? 良い魔女も悪い魔女も一緒くたに生首にされて、半分は命を失ってしまったんじゃないかしら。胴体が必要な連中って、一体何なの。

 猫は尻尾を一振りして、ついてきな、とマルメイソンを別の路地に連れて行った。




 面が割れてない奴の方がいいだろう、と猫は言った。銀色の騎士が把握していない魔女。魔女と言っても少年で、見た目が若く、ほとんど魔女らしい活動はしていない。旅をして記録して歩くのが趣味の者。

 猫から見知らぬ魔女少年を紹介され、マルメイソンも自己紹介する。少年は一言断ってから、マルメイソンを手帳にスケッチした。

「で、銀色の騎士が気になるって? わざわざ近づくなんて、やめておいた方がいいと思うけど。おそらくだけど、連中は魔女の魔法を便利に使いたくて、でも魔女って団体行動とかあんまりしないだろう? 黙って言うことを聞かせるために、首を落としたんだと思うよ。気の毒だけど、胴体は過酷な労働をさせられてるんじゃないかな」

 どんな汚れ仕事か想像がつかないが、マルメイソンは余計に、胴体を迎えに行ってやらなければいけない気がした。──わりと生首生活に慣れてきたので、自分の胴体を忘れかけることもあったのは内緒だ。

 猫が、「頼むよハシバさん、おれは惚れっぽいんでね、最初の主人に似たこの子のことが心配なんだよ」と言うと、ハシバ少年は、「この間も言ってたよね? もう何回目?」「今回こそが本物さ。月のない夜に生まれて体を脱ぎ変える魔女、フロレンスの魂に似ているから」

 聞いたことのあるようなことを猫は言ったけれど、あいにくマルメイソンは過去も未来も予知しない魔女なので、今度無事に首が胴体とくっついたら挨拶に寄るわねと返したのだった。



額縁


 きらびやかなロビーには、大きな額縁がいくつも並んでいる。描かれているのは風景や仰々しい貴婦人、紳士の絵。たまに生首。

 ホテル首塚のみなさんは、いつも通りだ。みんな首はついていて、誰もが見慣れない形の影を持つ。

 客である狼男の後ろを通り抜け、魔女少年のハシバさんは、キャリーバッグをカウンターの前に運んだ。慎重に扱ってと頼むと、中でマルメイソンがそうよそうよと返事をした。おや、とホテルの従業員が一瞬目を見開いて、そういえば何でもありだった、と思い出して、宿帳にサインを求めた。お連れ様のお名前もと言われたハシバさんは、荷物、と書いた。

「勝手に喋らないでって、言ったよね?」

 あてがわれた部屋に着くと、ハシバさんは荷物に文句を言った。マルメイソンは親切にされて当たり前のように、だって優しくしてほしかったんだもの、と応える。そうよ、こんなことになって、私、ずいぶんと怖かったし、疲れていたんだ。

 ハシバさんは口籠もってから、「まぁ、いろいろあるよね。一休みして、明日は騎士のたくさんいる、城の前の広場を通ってあげる。騒がないで、こっそり見るんだよ。うまくすれば、裏口に放り込んであげるから」

 自分では何かを打開する予定もないらしい。それでもマルメイソンはお礼を言って、優しく、布団に寝かせてもらった。



椿


 広場にはたくさんの花が植えられていた。街の中でもかなり緑が多い場所だ。

 マルメイソンは、キャリーバッグに開けてもらった隙間から、外をこっそり覗き見た。ハシバさんは雑にバッグを扱うので、マルメイソンは舌を噛みそうになる。

 ふわりと開き始めた椿の花々が、噂する。いやあね、いやあね、あんなに首を集めてどうするのかしら。

 マルメイソンが小声で聞くと、花達は魔女のささやきに気づいたようで、ひそひそと返事をしてくれた。大変ね、貴方も首になってしまったのね。私達、花弁は落ちてしまうけれど、それを首に喩えて持っていく騎士がいるのよ。花首を、空っぽの胴体に乗せて首の代わりにするんですって。

 マルメイソンは嘆息した。魔女や騎士から生首を取っておいて、代わりに花を挿げるなんて。ちょっと下品。

 でもそんなこと、普通の人にはできないことよ、と花達は言った。きっと、魔女みたいに知恵が回る誰かさんが、仕切っているのよ。例えばそれはね。

 ハシバさんが舌打ちした。

「お喋り達め! 目をつけられたよ」

 何事もないようにハシバさんはスタスタ歩いたけれど、やがて小走りになった。

「ごめん、無理そう。広場から離れる」

 小声が聞こえたので、マルメイソンは椿の裏手の茂みに飛び込んだ。ハシバさんごめんなさい。ハシバさんの後ろを、銀色の騎士達が追っていく。



置き去り


 ハシバさんを置き去りにして──自分が置き去りにされるようにしたのはマルメイソンだが──マルメイソンは茂みの奥に隠れて進んだ。あちこちに魔女の魔法探知があるが、マルメイソンはそういうものは得意なので、探知の網目を広げたり縮めたりしながらも、それに引っかからずに移動できた。

 器用なので、月夜に降るピスラピスラみたいに小さな光だって、捕まえられる。逃げ足の早いそれを小瓶に入れると、魔女達は高く買ってくれるのだ。

 さておきマルメイソンは、ときどき子猫のふりもしつつ、大きなお城の裏口に転がり込んだ。忙しく働く、首のある人々の、頭上をひょいと飛んでいく。

 みんな、自分の頭より上はなかなか見ないもので、マルメイソンは快適に、石造りの城の天井付近を浮遊した。



たぷたぷ


 厨房には大きなお鍋。たっぷりのスープが煮えている。あれって魔女薬じゃないかしら。

 マルメイソンがよく見ようとして降りていくと、一人、二人と人が顔をあげる。マルメイソンは思い出した。そういえば、生首になってから忘れていたが、透明になったように気づかれない魔法も使えるのだ。

 さっと一振り、魔法で姿を消してしまうと、

「さっき生首がなかった?」

「見た気がする」

「寝不足なんじゃない?」

 人間達は都合のいいように解釈して、慌ただしく仕事に戻る。

 鍋のたぷたぷの水面から、誰かの顔が浮かんで片目をつぶった。誰かしら。

 マルメイソンは、その水面が浮き上がって指差した方角へ飛んでいった。

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