表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪役令嬢に転生したけど、平和を謳歌したい。とりあえず、トラブらないために引き籠もりつつ、婚約破棄を狙おうと思う。

 



 ――――どうしてこうなった。


 ゴツくて肉々しい天使の絵が描いてある天井を眺める。

 それ以外で視界に入るものは、ふくふくとしたもみじな手。

 どう見ても、赤ちゃんの手。

 が、自分の手。


「ふにゃぁ」


 聞こえてくるのは、言葉になっていない声。

 どう聞いても、赤ちゃんの声。

 が、自分の声。


 私、赤ちゃんになってる!




 毎日毎日毎日、肉々しい天使の絵と乳母と乳母の乳を見続けた。母親と父親は時々見かける程度。

 そして一年が経ち、歩けるようになり、私はいの一番に部屋から逃走した。

 いや、逃走は言いすぎた。ただ外の世界を確認したかっただけなのだ。私が思っている世界と同じなのかを。

 乳母にすぐ捕まったので、次は体力をつけてからだな、と反省した。




 この世界に転生して五年。

 疑惑は確定になりつつあった。

 生まれた頃からずっと疑っていた小説の世界の登場人物が目の前に現れたから。


「王太子殿下にご挨拶を」


 両親にそう促され、目を伏せカーテシーをする。


「よろしくね、アデルフィア」


 いえ、私はよろしくなどしたくありません。と、言えたらどんなに良かっただろう。


「――――っ、はい」


 アデルフィア・クライドルフ侯爵令嬢。

 カイウス王太子殿下の望まぬ婚約者。

 王太子殿下に愛されたくて暴走し続け、愛想をつかされて絶望し、王太子殿下を毒殺しようとした悪役令嬢。ソレに転生していた。




 ないわー。ほんと、ないわー。

 ワンチャンもなかったわー。


 ベッドの上でゴロゴロと転がりながらどうしたものかと考える。


『虐げられ給仕メイドだった私が王太子妃!? 〜ワインに毒を盛っている悪役令嬢を止めたら、王太子殿下に溺愛されるようになりました』


 タイトルをガッツリ覚えているほどにハマった小説。

 それの悪役令嬢。真っ赤な頭の悪役令嬢。が、私。


「ないわー」


 ベッドでゴロゴロしてても何も解決しないので、ムクリと起き上がって机に向かう。

 この二年で文字は覚えた。

 両親は天才だと喜んでいたらしいが、そもそも前の人生をほぼ覚えているので、勉強法は既に備わっている。あとはやる気だけだった。

 覚醒時からしっかり頭が働いていたこともあり、言葉もほぼ完璧だけど、子供らしく話すということがどうやらできていないらしい。

 そこは大きな課題。




 【目標】

 ・子供らしさを身につける

 ・執務室の本を読み漁りこの世界を調べる

 ・天井の絵を変えてもらうよう父親に訴える

 ・極力、王太子殿下に近づかない

 ・何なら婚約破棄を狙いたい




「よし、引き籠もろう!」


 なぜそうなったって?

 家にいれば取り敢えず王太子殿下には会わないで済む。

 家にいれば執務室の本を読み漁りこの世界の事をある程度は理解できる。

 以前こっそり忍び込んだとき、壁三面が本だらけだった。

 入口側の壁以外、全部本棚。しかも天井まで。

 

 前世ではわりと……というかかなり本が好きだった。

 どのジャンルでも読みふけった。

 参考書や技術書もわりと楽しめる。

 つまり、ただ読みたいだけだけど。


 読んで知識をつけたら、父親の執務を手伝えばいい。

 書類を書く手伝いでも、領地を盛り上げるための企画でも。

 私が領地運営に有用で、王太子殿下の婚約者として家から出すのは惜しいと思って貰う計画でいこう。


 アデルフィアが王太子殿下を毒殺する十八歳の春が過ぎるまで、何が何でも引き籠もって婚約破棄を狙う!


「いよっし!」


 ――――この計画の数年後、まさか全てが無に帰すとは、このときの私は予想だにしていなかった。




 この世界に転生して、早十年。

 近世ヨーロッパに近い世界にも慣れてきた。

 貴族の館には上下水道が普及しているものの、電気はなく蝋燭の明かりで生活をしている。

 エジソンとか爆誕してくれないかなぁ。


「エジソンって誰だい?」

「……」


 父親から奪った執務室のソファに寝転び本を読んでいたら、後ろから声をかけられた。

 慌てて起き上がり入口を見ると、サラサラブロンドの少年がニコニコとわざとらしい笑顔を貼り付けて立っていた。


「……ノックくらいしたらどうです?」

「したんだけどね? 返事がなかったから」


 これまたわざとらしく申し訳無さそうな笑顔。

 ソファに座り直し、本の続きを読むことにした。


「で、エジソンって誰だい?」

「……ペットの名前ですわ」

「爆誕って?」

「…………まだ生まれてないので」


 苦しい言い訳なのに、訝しむこともなく「ふぅん」と言いながら胡散臭い笑顔を貼り付けて、私の正面に座ってきた。


 このサラサラブロンドでオレンジ色の瞳をもつ王太子殿下、ちょくちょくこうやって人の家に現れる。

 王太子のくせにだ。

 アンタが移動するのに、どれだけの人とお金と時間を使うことになってるのか、考えたことあんの? と言いたい。言わないけど。


「今日は何を読んでいるんだい?」

「『実録! 円満に婚約破棄をする方法』ですわ」


 私が適当な返事をすると、殿下がガタリと立ち上がって本を覗き込んできた。


「っ、なんだ。普通の小説か……」


 なんとなく気付いていたけど、王太子殿下は私のことが好きらしい。

 あの本には私たちの幼少期の事は書かれてなかった。

 なんてったってスパイス役の悪役令嬢だから、書く必要もなかったんだろうけど。


 もしかしたら幼い頃は仲が良かったのかもしれない。

 ただ、それとこれとは別で。

 王太子殿下と恋に落ちれば、進む道は破滅のみなので、塩対応をすることにしている。




 気づけば、この世界に生を受けて十八年。

 もうすぐ例の事件が起こる春が来る。

 相変わらず王太子殿下は私の執務室にくる。

 父親の執務室を完全に乗っ取り、今は私の執務室として使っている。


 本と前世で得た知識で、なんやかんやとここから手や口を出して、領地や事業をサポートしている。

 我が領地はこの五年ほどで収益が四倍になっているけれど、それは父親がわりと私に甘く、なんでもホイホイと実行してくれるので、かなり最短コースで発展しているのだと思う。

 一切外出せず引き籠もりっぱなしの私の言うことを、よく聞いてくれるものだなぁと感心してしまう。


 領地は発展の一途を遂げているのに、未だにエジソンは爆誕してくれていない。


「またエジソンか」

「ですから――――」

「いつも言っているが、ノックはした」

「……貴方がこういった無駄な移動をすることによって、国民のお金が使われているのですよ」

「その分、移動中に買い物をして還元している」

「…………」


 花束や宝石が執務室にある応接机にドサドサと置かれた。

 いらないと言いたいが、領民たちが作ったり育てた品々を捨てたり、無下にしたりできるわけもなく、黙って受け取るしかない。

 買うなとも言えない。

 なぜなら、王太子殿下のおかげで領民たちの生活が豊かになっているから。

 

「それから、今日は珍しい書籍を持ってきた」

「……」


 トンと応接机に置かれたので、執務机から応接スペースに移動すると、またいつもの質問。


「さっき、何を読んでいたんだい?」

「……『未来を残して婚約破棄する方法10選』です」

「ふうん?」


 ちらりと執務机を確認しに行った殿下を無視して、応接机に置いてある本を見ると、まさかの近隣国であるナイラヒアの自国向けの歴史書でした。


「……これは?」

「ん? あぁ、友好国だからね。貰えたんだよ」

「…………どのような形の友好国であれ、自国向けの歴史書は基本的に国外に出さないようにしているはずです」

「あー。もうバレた。うん、貿易がうまく行ってね。今までよりも強い結束をということで、ナイラヒアの王太子に頼んだら貰えたんだよ」

「…………その場合、閲覧は王族と要職のみなどの制限がありませんか?」

「はぁ。すぐバレるね。ほんと、アデルフィアは有能だねぇ」


 引き籠もりとはいえ、本を読み漁り、淑女教育も受けている。王太子の婚約者だからと、王城から帝王学の教師をむりやり送り込まれて勉強させられて、わからないはずがない。


「残念ですが、その手には乗りません」


 きっと、コレを私に読ませて、秘匿義務のある重要な書籍を読んだからには王族にならないといけない、などと言って結婚話を進めようとする予定だったんだろう。


「ん? 読み違えるのは珍しいね。私がここにこの本を持ち込む。それだけで目的は達成しているんだよ?」

「え――――、あ!」

「ふふふふ」


 ――――やられた!


 本をここに持ち込んだことにより、いくら私が読んでいないと言おうとも、殿下が『読んだ』と言えば、読んだことになる。


「……本当は、無理矢理は嫌なんだけどね」

「ではなぜ?」


 どうやら、今度の夜会に私と出席できなければ、婚約者を変えるようにと議会から言われたそうだ。

 ということは、私にとっては婚約破棄のチャンス!?

 あの事件がもうそろそろ起きる頃だ。

 もしかしたら、今度の夜会というのが、例の事件の日かもしれない。

 であれば尚更その夜会には出るわけにはいかない。

 

 ――――私は、死にたくない。


 どこで物語の強制力が発生するかもわからない中に、飛び込む勇気など持ち合わせてはいないから。


「アデルフィア、私が嫌い?」


 王太子殿下からいつもの嘘臭い笑顔が消えて、今にも泣き出しそうな表情になっていました。


「え――――」

「私と目は合わせてくれないが、この部屋からは追い出されない……可能性はまだあると思いたかった。が、今の笑顔を見ると…………」


 執務机に置いていた本をパラパラと捲っていた王太子殿下が、応接スペースに移動してくると、ソファにドサリと座って頭を抱えた。


「はぁ。格好悪いな?」

「……」

「アデルフィア」


 ゆっくりと顔を上げた王太子殿下。

 なんだか覚悟を決めたような真面目な顔。


「私はアデルフィアしか考えられない。だから、私はアデルフィアがその本を読んだと言う」

「……なぜそこまで」


 王太子ならどの家のご令嬢でも選り取り見取りなはず。

 既にあのヒロインとも出会っているはずだし。


「なぜ? 君を愛してるからだとわからない? 信じてくれない?」

「っ――――」


 ずっと読んでいた恋愛小説のヒーローからそんなことを言われて、心が揺らがないわけがない。

 アデルフィアに生まれて絶望していた。

 せっかく大好きな物語の世界なのに、彼が私を見ることはないのかと。

 蔑まれ、死を言い渡される女でしかないのかと。


「ひとつ――――ひとつだけ、約束して下さいませんか?」

「わかった。約束する」

「聞く前から?」

「初めて君が私にするお願いだ。全力で叶えてみせる」


 ――――あぁ、マズい。


 だめだと思うのに。

 希望を持ってしまう。


「もし、他に好意を寄せる方がいるのなら、夜会では被らないようにお願いしたいです」

「…………は? 他に?」


 同じ場にいたら、物語の強制力が発生するかもしれない。


「他に、そういう相手がいると?」

「……ファーガソン伯爵令嬢」

「ミランダか」


 ミランダ・ファーガソン。

 ヒロインの名前。


 物語の中では、幼い頃に王城庭園で殿下と仲睦まじく過ごしていた主人公。

 殿下はいつでも彼女の味方だったから。


「ミランダが、私と? ありえない。アレは私の護衛騎士と結婚の予定だぞ?」

「へ?」


 護衛騎士――――マクニール?

 王太子殿下が幼い頃からそばにいる、小説にも出てきた?


「マクニールの名前を知っているのは、そうだろうが。私以外の男のファーストネームを、私の前で呼ばれたくはないな……」

「え、あ……」


 スッと隣に移動して来た王太子殿下が、私の手をギュッと握りしめてきた。


「私の名前は知ってる?」

「…………カイウス、殿下」

「っ、ん」


 カイウス殿下がとろけるような笑顔で手の甲にキスを落としてきた。


「ちょ!?」

「名前、初めて呼んでくれたね」

「……そうでしょうか?」

「ん」


 ああ、駄目だと思うのに。

 前世からの憧れは消えずじまい。


「婚約破棄は諦めます。が、引き籠もりは続けますからね?」

「ん。君の思うままに。ずっと私の執務室に引き籠ってくれてていいよ?」


 なるほど。

 王太子殿下の執務を手伝うのも楽しそうね。

 

 幼い頃からの計画は頓挫したものの、新しい目標も見つかったし、諦めていた淡い恋は叶ってしまったし。

 新たな人生設計を計画し直して、この世界をカイウス殿下と楽しむのも悪くはないのかもしれない。




閲覧ありがとうございます!

ブクマや評価などしていただけますと、作者のモチベに繋がります。

ぜひぜひぜひ(土下座)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

↓ ↓ 笛路の別作品 ↓ ↓

新着投稿順

 人気順 

― 新着の感想 ―
[良い点] 嫌な流れがないので、ストレスなく楽しく読めました! [気になる点] 親と婚約者目線、婚約を決めた陛下目線なども読みたいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ