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第十二節 Nebelhorn (霧笛)

 

ごらん、その岸辺に寄せる波の音は、行く手を導く静かなる笛のよう。


君の微笑にも似たその音は、しかし僕を惑わせるのに十分なだけの旋律でもって迫るのだ。



「霧の魔笛」

スプラッヒェ・ヴォルト詩集より


 

 

「……ふぁ……」


 太陽が昇る前に、鳥の声で目を覚ました。昨夜は遅くまで武器の手入れをしていたから、まだ少し眠気が残っている。

 だが、さすがに今日だけはそんな事も言っていられなかった。寝床の上で上半身を起こし、大きく伸びをする。


 昨夜も雪が降ったのであろう。テントの中とはいえ、晴れた日よりはやや湿った感じの冷たい空気が肌を刺し、彼は思わず身震いをした。寝床のぬくもりに未練を残しながらも這い出し、水差しから茶渋のこびり付いたカップに水を注いで、一気に飲み干す。眠っている間に貼りついた喉が潤され、シュネイはふう、とひとつ息を吐いた。


 食事も取らず早々に毛皮の外套を着込み、もういちど念入りに武器をチェックする。それから弓と矢筒を背負い、その上から旅に必要なものをつめこんだ茶色の背嚢を背負う。腰には革のベルトで剣を止めた。

 雪深い森を歩き回るのに慣れた、ややくたびれた風のブーツを履き、やはり毛皮で作られた帽子をかぶる。最後に柔らかい革の手袋をはめて、シュネイはあちらこちらに木屑の散乱したままのテントを出た。


 生きて帰ってこられるかもわからない。だが、不思議とそんな事実に対する不安などはなかった。


 今までにすこしばかり命を削りすぎていて、感覚が麻痺しているのかもしれない。ふとそんな考えが頭に浮かんできて、シュネイは思わず自嘲に口元を釣り上げる。冴え渡る薄闇の中で、青色に染まった新雪を踏む。ぎゅ、ぎゅ、というくぐもったまま耳に届く音を聞きながら、ミステルの住まうテントの裏手へと向かった。


 そこには巨大な樫の木が一本、奥へ進もうとするものの前に立ちふさがるように生えていた。


 ひびだらけの低い岩壁を、抉りながら生えてきたのであろうその根は複雑に絡み合って垂れ下がり、牙をむく獣のごとく、自分を見上げるシュネイを威嚇している。この樫の大樹が守るのは、モンデンヴァルトの最奥への入り口のひとつであり、ヤーレスツァイトの長は代々その門番の役割も兼ねているのだ、といつかガイゲから聞いたことを思い出した。


「おお、来たな」

「お待たせして申し訳ありません」

「なぁに、気にするな。年をとると自然と早起きになってしまうでな」


 小さな老婆のころころと笑う声が、どこかほっとする。無意識のうちに緊張していたのか、と自分でも驚きながら、シュネイは前へ進み出た。


「ゆっくり眠れたか?」

「いえ。正直なところ、あまり眠れませんでした」

「そうかそうか。まあ、お前はそういう所だけは几帳面だからの。わしのような年寄りでは、そんな無茶はできんわい」


 そういう所だけ、とかすかな皮肉を込められて、シュネイは思わず少しの苦味を含んだ顔で笑い返す。

 しかしミステルは彼の心を知っていて、緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。穏やかに微笑みながら、いつものように軽く言葉をかけてきた。


「さて」


 と、ミステルは表情を変え、樫の大樹へと視線を移す。


「ここより先は神々の庭じゃ。あの影どもの潜む所は我らには分からぬゆえ、ビルケの捕らわれている場所に目星を付けるには、神々の庭の住人に教えを請うしか方法はない。だが、神々の庭は我ら精霊の住まう場所とは何もかもが違う」


 よいな? と疑問系の形を取った静かな声に、シュネイは無言でうなずいた。ミステルもうなずき返し、岩壁のそばまでゆっくりと歩いていく。


 それからミステルは雪の上に、杖でなにやら文字のような模様のような、奇妙な形をしたものをいくつか書いた。

 後ろから見ているシュネイには、一体何を書いているのかは判別できない。

 書き終えると、彼女は懐から小さな木製の水筒をとりだし、中から何かの液体を振り掛ける。雪の上にばら撒かれた雫が濃い赤紫色をしているところから、その液体が山ぶどう酒だと分かった。


「森の賢者、大樫の霊よ。エルフェの婆の言葉に耳を傾けておくれ」


 ミステルは歌うように言う。シュネイたちのように実際に歌ったわけではなく、何かの呪文のような調子だ。

 やさしく穏やかなその文言が、かすかに吹いた風に乗せて樫の枝に届く。風に吹かれてか、老婆の言葉に反応してか、樫の大樹はざわざわと緑の葉のついた枝を鳴らした。


「おまえたちの庭の懐に、もう一度わしの眷属を受け入れておくれ」


 そう語りかけると、周囲の空気がざわりと震える。背筋が痺れるような感覚が走り、シュネイはおもわず息をのんだ。樫の木とミステルの言葉に依らない対話が、森の奥への道を開く。


 シュネイの耳には、りぃん、りぃん、と空気の震えている音が聞こえていた。


 よく晴れた日に、森の中をふいに強い風が駆け抜けると、木々や葉を鳴らした風からこんな音がする。ひどく懐かしいが、それでいてかすかに悲しく思えるような風の調べに似た音に、彼は目を細めた。


「うむ。ほれ、シュネイ。あまり待たせては悪いでな、早う行ってやりなさい」


 杖の先で樫の根元の岩壁に道が開かれたことを示し、ミステルはシュネイを振り返った。岩壁は一見、なんの変化もないように見える。が、よく耳を澄ませば彼女が示した位置から、風の鳴る音が聞こえていた。


「……行ってまいります」


 前へ進み出て、ミステルの足元に一度ひざまずき、礼を取る。

 老婆はその頭に、深く皺の刻まれた指を乗せて、もう片方の手で祝福のまじないの仕草をした。それから彼女は一歩さがり、シュネイが立ち上がるのを待つ。


「たのんだぞ」


 立ち上がったシュネイはその言葉に丁寧に頭をさげて、風の音の聞こえる岩壁へと手を触れた。




 途端、世界の天地がぐるりと逆転する。

 いや、逆転したように感じた、といったほうが正しいのか。




 頭ごと脳を激しく揺さぶられているような感覚に、シュネイは顔をしかめてうずくまり、目を閉じて頭を抱えた。だが目を閉じたところで景色は消えず、足は確かに地面についている感触があるのに、瞼の裏の視界だけがぐるぐると回って気持ちが悪い。


 さっきから相変わらず、りぃん、りぃんと鳴り続けている風の音が幾重にも重なりあって、だんだん頭が痛くなって。意識が引き伸ばされ、薄くなっていくのが何故かはっきりと分かる。

 いったい何が起こったのか、彼に理解できる余裕はなかった。






 気付けばいつも通り、厚く雪の積もる森にひとりでいた。

 ようやく耳鳴りと頭痛が治まってきて、シュネイはいまだ軽く眉をひそめたままで立ち上がる。辺りを見回すとミステルの姿は既にないが、見慣れた森と特に何ら変わりはないように思えた。うしろを振り返れば通り抜けてきたのであろう岩壁が、木々の根に埋もれて静かにたたずんでいる。

 上り始めた太陽の赤い光に照らされている、美しい白の森。だがどこか現実感がない、と思いかけてそこでようやく気付かされる。


 時が止まったかのように、ここにはまるで「ゆらぎ」がなかった。

 太陽の灯、それを反射して煌くはずの雪、呼吸をした空気の流れ。それにしんとしていて、自分のたてる音以外の音が殆ど聞こえない。


 木の葉ひとつ揺れないここが、神の庭と呼ばれるモンデンヴァルトの最奥部なのだろうか。精霊たちのさざめきや月ウサギの跳ねる音はどこへ行ってしまったのだろう?


 やや呆然としたまま、シュネイは一歩を踏み出した。目に映る色彩は白、青、そして紫。いつもの朝と何も変わりはしないのに、命の気配だけがすっぽりと抜け落ちているような……そんな奇妙な世界。

 想像していたものとはまるで異なる「神々の庭」の様子に戸惑いを覚えながら、シュネイはあてもなく歩を進める。


「やあやあ。またお客さんかい?」

「くすくす。珍しいわねぇ」


 と、不意に後ろから声がした。思わずぎょっとして、反射的に腰の剣を抜き放ちながら後ろを振り向く。

 するとそこにいたのは、緑の服と緑の帽子の奇妙な二人組。片方は男で、片方は女だ。


「やあやあ、ずいぶん戸惑っているみたいだねぃ」

「くすくす、それはそうですわ、ここはエルフェの森とは違うもの」


 後をつけられていたのだろうか?

 微塵の気配も感じなかったことに驚きながらも、シュネイは彼らを睨みつける。

 が、まるで心を読まれたかのように戸惑いを見透かされて、狼狽したのが顔に出てしまったのだろう。女のほうが、持っていた短い傘で剣にこつこつと触れる。


「くすくす。初めてじゃあ、驚くのも無理ないですわね。ちゃんと説明してあげますから、まずはその物騒なものを収めなさいな」


 女の傘に触れられると、不思議なことに、ふ、と剣を支えていた腕の力が抜けてしまった。そのままさして力も込もっていないであろう傘に押しやられ、なんだか動けないまま剣を下ろす。


「あの――」

「やあやあ、申し遅れたねぃ。僕らはステッヒェパルメ」

「くすくす。そうですわね、この森のとある樹木の霊の長、とでも言えばいいのかしらねぇ」

「…………」


 問いかけようとしたことを先に答えられて、ぐ、と言葉を飲み込んだ。どうも聞こうとしたことや、やろうとしたことを先回りされているらしい。ミステルが「心を読む」ので、行動を先回りされること自体には慣れているが、彼らの場合はそれがあからさま過ぎて気持ちが悪い。


「やあやあ。気持ちが悪いとは心外だねぃ。仮にも神霊に向かってサ」

「くすくす。仕方ありませんわよ、彼はこの庭が初めてなんですもの」


 やはり彼らも、相手の心を読むのか。言葉には出していないはずの思考を悟られて、確信する。

 そこでシュネイはようやく息をついて、剣を鞘に納めながら改めて彼らの姿をまじまじと見た。雪の上ではなんとも鮮やかに目立つ、緑の服に緑の帽子。端々を少しずつ破いたような、一定しないとげとげした縁のラインをもった、奇妙な服だ。


 全体としては二人とも、人間の「貴族」と呼ばれる一族の服装に似ている気がする。男のほうはループタイの飾りと短いステッキのもち手に、女のほうは帽子とネックレスに、それぞれ赤い色の石があしらわれていた。

 顔は互いに良く似ている。女のほうがやや睫が長いくらいか。顔に描かれた模様と服装の違いから、だいぶ異なる印象を受けはするが、よくよく眺めると双子のようにそっくりだ。


 神霊だと名乗ったが、ステルンよりやや年下のように見える容姿のために、どうも胡散臭く見える。

 ……いや、本来は妖精や精霊といわれる類のモノの外見が、年齢に左右されるような事はほとんどないのである。重ねた齢どおりに外見を変えていく、エルフェのほうが珍しいのは分かっていた。

 そう、分かってはいたが、どうもエルフェと似たような、妙に質感のある姿で目の前に出てこられると調子が狂う。


「神霊様とは知らずとんでもないご無礼を。どうかお許しください」


 しかし神霊だと言われたからには、彼らより低位の精霊であるエルフェが頭を下げぬわけにはいかない。ゆっくりとひざまづき、左の拳を右の掌で包み込んで祈るような、エルフェ式の礼をとる。


「くすくす。今更そんなに改まらなくてもいいのにねぇ?」

「やあやあ、こっちこそ調子が狂うねぃ。……ま、急に出てきて神霊だなんて、胡散臭いのはわかるけどサ。あっち側の門番がアイヘルなら、こっち側の門番が僕らステッヒェパルメってところかな」

「アイヘル……?」


 聞き覚えのない名に首をかしげる。すると男のほうが、苦笑しながらステッキを宙でくるくると振り回した。


「やあやあ、思い当たらないかな。君も見たはずだよ? ミステルが声をかけていたろう?」

「くすくす、大きな樫の木の霊ですわ。岩壁のむこう側に生えていた」


 ああ、なるほど、とシュネイはうなずく。ミステルが話しかけていたあの大樫のことか。

 すると自然に、彼らの語ったふたつの名前が、一つの法則に従っていることにも気付かされる。彼らのいっている樹霊の呼び名は、エルフェの個人名と同じく精霊時代の言葉なのだろう。ずいぶん昔に習った覚えのある、古い言葉で歌う曲を思い返して、シュネイは納得した。

 ということは、彼らは。


「ではあなた方ステッヒェパルメというのは、柊の神霊なのですね」


 シュネイが確信をもってそういうと、目の前の二人は一瞬きょとんとしてシュネイを見つめたあと、顔を見合わせてさざめくように笑った。


「やあやあ、まさか当てられるとは思わなかったねぃ」

「くすくす、さすがは古き神の血を引く一族ってところかしら」

「…………」


 いちいちこちらの言葉を茶化されるので、少し疲れてきた。軽くため息混じりの息を吐く。

 そうだった。本来、植物に宿る精霊というものは子供っぽく、自由奔放な性格をしているものがほとんどだった。冬になると大抵の精霊がなりを潜めてしまうので忘れていたが。


 思わず眉をしかめかけて、慌てて表情を保つ。心を読む彼らにそんなごまかしは効かないだろうが、と思いながらもこめかみを揉みほぐしたい衝動をこらえた。静かに、彼らの次の言葉を待ってみる。


「やあやあ、いつまでも本題に入らないのは悪かったよ」


 帽子をステッキで軽く叩いて、男の方がシュネイに謝罪する。どう返していいものか考えあぐねているうちに、女の方が鮮やかな口紅をつけた唇を相変わらず吊りあげたままで、口を開いた。


「では説明して差し上げますわ。私たち門番の役目は、この庭に侵入したものの見定めを行うこと」

「この神々の庭というのは、過ぎ去った時代の環境を残した……時の狭間に忘れ去られた場所でね」


 表情は笑みを貼り付けたままなのであまり変わりはしないが、先ほどまでの人を小馬鹿にしたような言葉遣いを一変し、二人は説明を始める。


「そうねぇ、あなたたちの言葉で言えば“精霊時代”の環境をそのまま残した場所、という事になるのかしらね?」

「そうだねぃ。けれどこの時から忘れ去られた場所に、現の時を刻むものたちがあまり無闇にやってくると、その秩序が壊されてしまう。だから僕らのような樹木の霊……つまり、時の流れにあまり影響されない性格をもった精霊が、その門番を務めているんだヨ」


 精霊時代。それは全てのものが完全なる無を知ることなく、いたるところに精霊たちの闊歩していた時代のことだ。その頃は誰もが精霊と言葉を交わすことができ、神々もいまだ地上に君臨していた黄金の時代だったという。人間の死者の魂からエルフェが形作られていた、という話もその時代の伝説、ひとつの昔話だ。


「ではこの場合はおれが、“現の時を刻むもの”なのですね。そしてここは、時の止まった場所であると?」

「んんー……その表現はちょっと正確さに欠けるねぃ」

「季節の流れは外側と同じ、繋がってはいるの。月の森に雪が降る時期には、庭にも雪が降るけれど……この雪は冬の間中、いっさい融けることはないのよ」


 なんだかややこしい話になってきた。シュネイは彼らの話を理解しようと懸命に頭を働かせていたが、どうにもその言葉だけでは理解しがたい。

 きっと自分の感覚がブランドたちに理解されないのと似たようなものなのだろう、と考えることにした。心の声を聞いたのか、ステッヒェパルメがやや眉尻を下げて、困ったように首をかしげる。


「……まあ、これも仕方ないですわね。ずいぶん頭の回転が速いみたいだから、もしかしたらと思いましたけれど……やはりこの庭のことを理解できる輩がそういるとも思えませんわ」

「だねぃ。ま、僕らの同胞でも、正確に理解してるのは少ないわけだし」


 ため息混じりに吐かれた言葉がすこし悔しくて、シュネイは彼らに対して自分なりの解釈を伝えてみる。


「ええと……この場所は、あの壁の向こう側とは季節だけが繋がっている。似てはいても違う時間の流れに属しているから、そこにおれのような異なる時間を無闇にもちこむと、その場所としての理が乱れるおそれがある。だからあなた方が審査する、と」

「ざっくり言えばそんな感じですわ」


 ぱっ、とフリルのついた日傘を開き、これ以上は教えても無駄だと思ったのか、女の方が感情を消した顔でにこりと笑う。雪を背景に背負いながらの日傘とは、これも奇妙な光景だ。


「というわけで審査は終了。キミはどうやら本物の神の血族らしいねぃ? いや、なかなか面白い」

「え?」


 シュネイは目を点にして二人を見つめた。いつの間に審査などしていたのだろう。精霊の審査だというから、一体どんな難題を出されるのかと身構えていたのだが。


「私たちがみるのは侵入者の“こころ”ですわ。エルフェのミステルと似ている、かしらね。改めて神々の庭へようこそ、シュネイ」

「……あの、ええと」

「その疑問に説明するのはいちいちきりがなくて面倒だからねぃ。ただの手続きだからあまり気にしないように。どうもキミは真面目すぎるきらいがあるようだ」


 こつこつ、とシュネイの頭の側面をステッキの先で軽く叩く緑の男。

 思いがけない指摘をされて硬直していると、彼は無邪気な笑みを浮かべて、ステッキを引いた。それからその腕をシュネイからみて右手へと向け、ステッキの先をくるくると回して何かを示す。


「今朝は先客がいてねぃ。キミが来る前に滞在許可を出した。彼らはあっちに向かっていったから、良かったら行ってみるといい」


 男が言い終えるか終えないかのうちに、女が困った顔でちょいと男の服の裾を引っ張る。


「くすくす、大事なことを伝え忘れていますわよ」

「やあやあ、これはうっかりしていたねぃ。この庭では、外の世界の常識は通じない。それと、キミたちが生きるのに最低限必要なもの以外を殺してはならないよ。あとは……そうそう。冬には決して水を川や泉からとって飲んではならない。かならず天に住まう神々からの賜り物だけを使うんだ」


 口調とは裏腹に厳粛な顔で語りかけられたので、シュネイも思わず神妙な面持ちになってうなずいた。すると二人はふ、と柔らかな表情になり、まるで夢であったかのように……空気の中へと溶けるように消えてしまった。


 残ったのはまぎれもない彼らの足跡と、しんとして時の気配のない、この場所の奇妙な感覚だけ。

 シュネイはしばし呆然と立ち尽くしていたが、よくよく耳をすませてみれば、はるか遠くに人の話し声をわずかに聞き取ることができた。


 なぜかどこかで聞き覚えのあるような音の群れに、シュネイは思わず口元を緩め、安堵する。それからその音を道しるべにして、ステッヒェパルメの示した方へと歩き始めた。


 時間を忘れたからなのか、まるで新しい柔らかな雪を踏む音が、濃い緑の木々の間にこだましていた。


 

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