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第十節  Dunkelheit (闇)

 

見よ、愚か者の人間どもが獣の宴に供されるのを。

忌むべき闇の宴に我らは踊り狂い、血をすする。


妖精を捕らえようなどという邪な輩の、結末をその目に、体に、焼き付けるのだ。




「ブルティネ・トランネン物語」

      十五章「供宴」より

 

「あれ、シュネイ? ……どうしたの」


 朱の染料で染められた布の入り口をくぐってきたのは、見覚えのある青年だった。目を軽く伏せ、ため息などつきながらステルンの目の前に現れる。


「……いや、なんでもない」

「何でもないならなんでそんな顔してんのよ」

「まあ、ちょっと、な」


 何が“ちょっと”なのかと思いながらも、深く詮索はせずにステルンは黙り込む。


「で、あたしに何か用? なんだかよく分からないうちに、こんなところに閉じ込められちゃったんだけど」


 やや不満交じりに両手を広げて、人が住むには狭いテントを示して見せると、シュネイは何がおかしかったのかくすくすと笑いながら答える。


「いや、特に用という用はない。元気かなと思って」

「元気かなって何よ」


 つい先ほど別れたばかりなのに変なことを言う、とステルンは少し頬を膨らませて見せる。

 するとシュネイは少し首をかしげるようにして、ふ、と何かもの悲しげな笑みを浮かべ、ステルンの頭を軽く撫でた。驚いて固まってしまったステルンに気付き、青年は手を離す。


「ああ、ごめん、つい」

「…………?」


 シュネイに撫でられた頭に無意識に手をやって、しばし呆然としていた彼女は、やがて少しくすぐったそうな笑みを浮かべた。


「なんか、兄さんが帰ってきたみたい」

「……兄さん、か」


 ステルンの言葉を呟くように繰り返すと、シュネイは力が抜けたようにその場に腰を下ろす。座り込んだシュネイを見下ろすと、自分だけ立っているのも馬鹿らしく思えて、ステルンもそのそばに座り込んだ。


「……軟禁されてる身じゃ、出せるお茶もないけど」

「いや……別に茶なら、帰ればいくらでもあるし」

「あははっ、そりゃそうよねえ」


 軟禁されていると口ではいいながらも、なにか場違いな会話だと感じながら、茶髪の少女は伏せられた金色の瞳を気にして、あえてその理由には触れないように話題を避ける。

 小さなストーブにかけられたヤカンが、ことことと音を立てて揺れながら一心不乱に蒸気を吐き出していた。

 なんとなく熱くなってきた頬にひんやりとした手をあてながら、こんな沈黙の中で何をしていいのかも分からず、かといってエルフェの使うストーブの温度調節の仕方もしらない少女は、ただじっとエルフェの青年の挙動を見守っている。


「……そういえばさ」

「うん?」


 ようやっと発せられたシュネイの言葉に、やや身を乗り出すようにしてステルンは耳を傾ける。


「ステルンの兄さんって、どんな人だったんだ?」

「あたしの兄さん?」


 思いがけない質問に、わずかに戸惑う。だが少女は、懐かしさにすこしの間瞼をおろすと、幼いころを思い出しながらその質問に答える。


「そうね。あの時ミステル様に言ったとおり、エルフェの嫌う“妖精狩り”よ。でも、あたしにとってはすごく優しくて……村の子供たちにいじめられた時は、いつも慰めてくれた」

「……いじめられてた? ステルンが?」

「何よう、その意外そうな顔」


 妖精狩り、の言葉に一瞬眉をひそめた後、続いた言葉にきょとんとしてステルンを見つめてくるシュネイ。彼の表情に、少女はむう、と少し頬をふくらませた。


「あたし、小さい頃はいじめられっ子だったのよ。別に性格が暗かったとか、そういうわけじゃないんだけど……母さんと似て、生まれつき体が弱かったの。村の子と一緒に雪の中で走り回るなんて出来なかったし、それで仲間はずれにされるのも怖くて、いつも家の中で本ばかり読んでた」

「へえ……数日前に会ったおれから見ると、とてもそんな風には見えないけどな」


 正直な感想を悪びれもせず述べてくる青年に、ステルンは眉尻を下げながら笑う。


「でも兄さんとあたし、ちょっと年が離れてて。だから兄さんも、いつもは父さんの仕事に付いて行ってて、あたしがいじめられてるところにはほとんど居なかったのよね。一ヶ月家を空ける、なんて事もしょっちゅうだった」


 シュネイは黙ったまま、ステルンの話に耳を傾けている。なんとなく何かを思い出しているようにも、ステルンには見えた。


「兄さんが帰ってくるとね、お帰りなさい、ってドアのところで出迎えたあたしの頭を、さっきシュネイがしたみたいに……ただいまって言いながらいつも撫でてくれてたの」


 また無意識に頭に手をやって、ステルンはわずかに目を細める。


「なるほどな。だからさっき、『兄さんが帰ってきたみたい』だって言ったのか」

「そうそう。それに多分、兄さんが生きてたら、シュネイと同じくらいだったと思うし」

「へぇ?」


 テントに入ってきたときよりは幾分か明るい顔をして、シュネイはくすくすと笑った。


「奇遇だな。おれの妹も、生きていたらちょうどステルンくらいの年だったよ。……もちろん見た目は、だけどな」


 見た目は、のところに反応し、ステルンはやや憤慨して言い返す。


「そりゃそうよ。ほんとに同じくらいの歳だったら、兄さんじゃなくておじいちゃんだわ」

「あのさ……わりと傷つくから、その、おじいちゃんってのやめてくれ」

「そう?」


 そんなの気にするようには見えないけど、と何か腑に落ちない顔でステルンは呟いたが、シュネイには聞こえたのかどうなのか。シュネイは困ったように笑いながら、そうだよ、とうなずいた。

 と、不意にシュネイの顔が強ばる。何か遠くを見るように目を細めて、彼はゆっくりと首を振った。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 ステルンには聞こえないものでも聞いていたのだろうか。

 何しろ相手は「妖精」だ。どんな力を持っていたとしてもおかしくはない。だからステルンも、首をかしげながらもそれ以上は聞かなかった。


「いきなり訪ねてきて悪かったな」


 立ち上がろうとするシュネイに、ステルンは首を横に振る。


「いいのよ、どうせ何もする事はないし。……人探しに来たっていうのに、これじゃ何のためにこの村にいるのか分からないわ」

「……そうだな」


 苦笑したステルンを見下ろす視線が、かすかにそれたような気がした。何を言うでもなく、ややぼんやりとした表情で静かにステルンに背をむけるが、彼が歩き出そうとする気配はない。


「? 今日はなんだか変ね、シュネイ」


 ぴくり、と肩を動かし。シュネイはくるりと振り向いた。

 あまりにも唐突に振り向いたのでステルンは一瞬身構えるが、彼女に目をあわせることもなく、青年は無表情に口を開く。


「……たった数日で、変かどうかなんてわからないだろ。エルフェが人間に悪意なく接する方が、変だとは思わないのか?」


 先ほどまで笑いながら喋っていた人物と、同一人物だとは思えない表情だった。かけらほどの感情も読み取れないそれに、ステルンはわずかに戸惑いながらも答える。


「……初めは変だと思ってたわよ。でも少なくとも一緒にいる間、シュネイのあたしに対しての悪意は感じなかったし。それにエルフェは、所属している集落の長の命令には逆らえない」

「…………」

「違うの?」


 聞き返す少女に、沈黙する男。

 ちいさなテントの中で、かたことと音を立てている小さなヤカン。なんとも異様で居心地のわるい空気がただよう。

 だがそんな奇妙な静けさを壊したのは、意外にも男の方だった。口の端をゆがめ、眉尻を下げて、ぷ、とこらえきれなくなったように吹きだす。


「あははっ、よく観察されてるなあ。そのとおり、おれはミステル様には逆らえないし、ステルンに対する悪意も……今のところ、ない」


 今のところ、だけ音量をわずかに下げていい、シュネイは軽く肩を竦める。


「だてにエルフェの集落をいくつも旅してないわよ」

「なるほど?」


 馬鹿にするなとふんぞりかえった少女に対して、シュネイはさもおかしそうにくすくすと笑った。


「……『気をつけろ』、ね……」

「え?」

「なんでもないよ。……ああ、そうそう。軟禁中は暇だろうが、おれはしばらく来られなくなるからな」

「え……どうして?」

 

 シュネイは、ふいに思い出したようにそれを伝えてきた。

 ステルンは急にそんなことを言い出した彼に首をかしげて、なぜなのか理由をたずねてみる。すると青年は、数度首を横に振ってそれに答えた。


「そうか、ステルンは気絶してたんだったな。……あの時お前を捕まえた子供がいただろう。あれに、ビルケ隊長がさらわれた。おれは責任を取るために、隊長を探しにいかなきゃならない」

「ビルケ、隊長……?」

「……銀の槍を持った、髪の長いエルフェの女性がいたのを見てなかったか?」

「あ……」


 さきほど自分を魔物の手から救った女性だ。見忘れようはずもない。その人が、自分の代わりに魔物にさらわれたというのだろうか。


「だけど……! あの人がさらわれたなら、責任はあたしにあるはずでしょ?!」

「責任がステルンにあるなら、それはステルンを集落に運び込んだおれの責任ということ、だな。それにこれはエルフェの問題だ。人間には正直、関わって欲しくない」


 言外に自分を連れて行けと訴えるステルンに、シュネイは冷ややかな態度でかえしてきた。ふう、と軽いため息をついて瞼をおろし、彼女が関わってくることを気配からも拒む。


「でも――」

「それに」


 なおも食い下がろうとする少女の言葉を遮って、シュネイは淡々と言葉を紡いだ。


「ステルンはこの深い雪のなかで、おれ達のように森を歩き回れるか?」

「……っ」

「そう。はっきり言ってしまえば、足手まといなんだよ」


 ステルンはそれ以上、何も言い返せなくなる。シュネイはまた背を向け、テントの入り口へと歩み寄った。


「長居してすまなかったな。……大丈夫。おれがいなくてもミステル様が、お前の命を無駄に失うことを望んじゃいないから」


 一度入り口で振り向いてにこりと笑いかけると、彼女の言葉を待たずに外へ出る。表情は見えないが、何かをかたく決意していたような、そんなふうにステルンには見えた。






「あら、お帰り」

「……おう」


 一方、イライラとした表情のまま自分の住居に帰ってきたのは、ブランドだ。

 あたたかいテントの中で彼を出迎えた長髪の女性が、ぼろぼろの彼の帽子と上着を受け取りながら、不思議そうに首をかしげる。


「何、その顔。長老様たちのところで、何かあったの?」

「…………」


 ぶすりとしたまま黙り込むブランド。そんな彼の頭を、背伸びしながら平手でぺしりと軽く叩き、アイスはぷくりと頬を膨らませた。


「ブランド。いい加減にして」

「何を」

「『何を』じゃないでしょ。あんたいつから脳みそまで筋肉になったの?」

「……なんだそれ。脳みそまで防御固めた覚えはねーぞ」


 呆れ顔で言い放ったアイスに、苦笑しながら言い返す。すると今度は、雪に濡れたままの帽子がべしょりと顔に飛んできた。


「んブッ……! うおぁ冷てッ!」

「脳みそがまだ柔らかいなら、話をそらさない。私が聞いてるのは何があったか、よ?」


 にっこりと笑いながら外套を持っていないほうの手で、しゅんしゅんと音を立てるヤカンを持ち上げた彼女。しかし目が、笑っていない。


「ちょ、おまえっ……!」

「二十年も連れ添えばあんたの行動パターンなんか分かるわよ。さあ、話して」

「わかったわかった! 話すから! だからヤカンは置け!」


 じりじりとヤカンを構えて近づいてきた妻に、ブランドは慌てて態度を変える。

 そんなブランドの様子をみて、ふん、とため息混じりに軽く鼻を鳴らすと、アイスはごとりとヤカンをストーブの上に戻した。ヤカンはふたたび音を立てて、湯気を吐き始める。


「でもその前によ。とりあえずこれ、片付けねぇ?」

「……そうね」


 眉をハの字にさげて、濡れてしまった髪と帽子を示すと、そんな情けない顔をしている夫に苦笑しながら、アイスも同意した。とりあえずアイスが帽子と外套をテントの中に張られたロープにかけて干し、ブランドは濡れっぱなしの頭と顔を手ぬぐいで拭う。

 それから、互いに向かい合ってテーブルについた。


「はい」

「……おう」


 いつの間にいれたのか、カップに入った熱い茶が差し出される。そして何も言わずに、向かい側で茶をすすりだすアイス。なんとなく手をつけられずに、ブランドは妻の顔色を伺うようにして話し出した。


「……今、ここに人間のガキが一人いんの、知ってっか」

「もちろん。というか、みんなその話題でもちきりよ。この真冬に人間なんて、まず見ないしね」


 いまさら何をいいだすのかとおもえば、とでも言いそうな顔で、アイスはことりとカップを置く。


「まあ、それが理由で、シュネイもそいつを連れてきたんだけどよ」

「そうよねぇ。妖精狩りの男どもさえ来ないこの時期に、女の子が一人で、なんて変だもの」


 当たり障りのないアイスの相槌に、ブランドは頭の中から何かを払いのけるようにしてかすかに首を動かした。うん、とため息のような唸り声のような音を漏らし、しばし沈黙する。

 それからずるずると手を伸ばし、目の前のカップの中身を一口、ゆっくりとすすった。置いたカップを掌の中でいつまでも弄ぶようにいじり、次の言葉を待って自分を見つめてくるアイスからも目をそらす。

 やがて至極いいづらいその事実に、唇が貼りついたかのように重い口を開く。


「……人間が森に来た理由とか、ミステル様がなんで滞在を許してるのかはよくわからねぇ。けど……あの人間のせいで、義姉さんが影に捕らわれちまった」

「え……?」


 姉とよく似たペリドットの目を見開き、夫の言葉に耳をうたがっているのが傍目からでもよく分かる。ブランドは心底から申し訳ない思いで、彼女にさきほどの影との戦闘の一部始終を説明した。


「まさか……姉さんが……」

「目の前で起こったっつっても、俺もいまいち信じられねぇけど」


 こめかみに片手を当てたまま、いやいやをする子供のように何度も首を振りながら、彼の言葉を聴いているアイス。聞き終えると悲しげに眉をひそめ、見るからに肩をおとして、出せる言葉もないといった様子だ。


「大丈夫か?」

「大丈夫に見える?」

「……すまねぇ」

「謝らないでもいいわよ。それで? 人間がさらわれかけたって事は、さっきの召集はその責任の詮議だったんでしょ?」


 こくり、とうなずくブランド。だが何かいたたまれない思いで、妻の顔を眺める。


「詮議では、シュネイが責任を負って義姉さんを連れ戻すことになった」

「どういうこと? 影を呼んだのは人間じゃないの?」

「俺もおんなじこと思った。てかホントはあの場の誰もが、人間を追い出すか処刑するので解決すると思ってたハズだ。だけどそれを、シュネイが庇った」


 ブランドはその青い目を細めながら、シュネイの言葉を思い出して、どこか悔しげにそうつぶやいた。

 アイスはそんなブランドの様子で、彼がなぜテントに帰ってきた時にイラついていたのかを察したようにひとつ、うなずく。


「つまりあんたは、人間が気に食わないんじゃなくて、人間が影を呼んだ事実をシュネイがわざわざ捻じ曲げるような真似をしたのが気に食わなかった、ってわけかしら?」


 その鋭い指摘に、おもわず目を見開いて妻の顔を凝視するブランド。

 しかし彼女は、むしろ心底あきれたような表情で、自分を見つめてくる夫のその顔にため息をついた。


「ほんっとにあんたって人は……惚れ惚れするくらい馬鹿ね」

「どーいう意味だ」


 むくれた顔で聞き返す声に、アイスは吃と、夫の目を睨み返すように見つめて答えた。


「どうしてあんたは、人の気持ちを考えてあげられないのよ。シュネイがどうしてその人間を庇ったか、知ってるの?」

「……それは……」


 言いよどむ彼に、更にアイスの言葉が降りかかる。


「確かに姉さんをさらった影は、シュネイの言うとおり妹さんの堕ちた魂なのかもしれない。連れてきた人間も、その妹さんに似てるのかもしれないわ。けれど外面しか見てないあんたに、何がわかるっていうのよ? 私情かもしれないけれど、シュネイが長老様たちの意向に逆らってまで、どういう気持ちで人間を庇っているのか、あんたなんかにわかるの?」


 どうしてそんなに怒るのか。

 鬼のよう、とまではいかないが激しくまくしたてられる言葉の雨に、ブランドは面食らって動けなくなってしまった。俺は何も悪い事を言った覚えはない、ときょとんとしている夫に、アイスの目がきらりと光る。


「ちゃんと聞いてる?」

「聞いてる。聞いてはいる。けど……」

「けど、何よ」

「なんでお前が怒る。俺は何も間違ったことなんかしてねぇだろが」


 はぁぁ……、と長い長いため息をついて、アイスはブランドの理解のなさに再びこめかみに手をあてる。


「間違ってるとか正しいとかの問題じゃないでしょ。なんでよりによってあんたが、シュネイを信じてあげられないのよ」

「え?」

「あんた、シュネイが流れてきたとき、なんて言って皆から庇ったっけ?」


 急に言われても、すぐには思い出せない。何しろシュネイがヤーレスツァイトに流れてきたのは、三十年ちかくも前のことなのだ。

 基本的に勢いで行動しているブランドに、そもそもそんな知能を求める方が間違いというものだが。


「まさか覚えてないの?」

「そんな前のことなんざ覚えちゃいねーよ……」


 がしがしとばつの悪い顔で頭をかく。弱々しい声で肯定すると、アイスが仕方なさそうに教えた。


「あんたね、よそ者の歌うたいなんか信じられないって騒いでた集落の皆の目の前で、『俺は信じる。人間じゃあるまいし、なにかたくらむような心根じゃあんだけ歌えねーだろが』って言ったのよ」

「…………」

「歌うたいのことなんてなんにも分からないはずの、あんたがね」


 シュネイやガイゲのような戦いの歌こそ歌うことは出来ないが、アイスは祭りなどで精霊へ呼びかけることに関しては、それなりの力をもつ歌い手だ。

 だからこそ、その小さな一言は、ブランドにとって重い。


「そういや、そんなことも言ったっけ、な」


 言われてその時のことをようやく思い出し、顔をかすかに赤らめてずるずると茶をすする夫に、彼女はふ、と笑みを浮かべた。


「やっと思い出した。……だからね。他の誰がシュネイを疑っても、あんただけは支えてやらなきゃ。そりゃあ友達ってのは他人だもの、意見の違いで喧嘩になる事もあるわよ。兄弟でさえ大喧嘩するんだから」


 ゆっくりと、幼子に言い聞かせるように言葉が紡がれる。


「だけどそれでも、相手の様子がおかしかったら気遣ってやれたり、離れてもまた自然に繋がったりするのも、友達ってもんじゃないの?」


 ブランドは急に恥ずかしくなって、彼女から目をそらした。するとアイスは、笑いながら立ち上がる。


「今のあんたに出来ること、考えなさいよ。まあ、あんたみたいな脳みそ筋肉に出来ることなんて、そんなにないでしょうけど」

「……るせぇな、脳みそ筋肉だのバカだの、あんまり亭主に連発するもんじゃねぇよ」

「あら。亭主以外、誰に言えるってのよ? こんなこと」


 お互いに笑いながら、いつも通りの悪態をつき合う。

 アイスはポットにまた新しい湯を注ぐと、ブランドのカップに熱い茶を継ぎ足した。ふわりと広がる心地のよい香りに、ブランドはサファイアの目をゆっくりと閉じる。

 それから後ろを向いた青み混じりの黒髪に、その目を開いて小さな声で呟いた。


「ありがとな」


 その声が聞こえたのか聞こえなかったのか。彼の妻は忙しそうに、家事の続きを始めていた。


 

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