異議のある者3
相手も時間がないことがうかがえる。
森深くは人が立ち入らないので草が生い茂っていて荷車の轍の跡が草にハッキリと残っている。
回ればもっと広いところもあるのに無理矢理狭い木々の間を通って行っている。
ぶつかりながら行くのは勝手だがエミナたちを乗せているのだから丁寧に行ってほしいものだ。
分かりやすく跡が残っているのでリュードたちも細かく痕跡を追わなくても追いかけられる。
走りながら軽食を取り、昼も夜もなく追いかける。
いくら追いかけても追いつかない。
焚き火の跡がないから相手も長く休むようなことはしていない。
けれども所詮は真人族と馬。
真人族は荷車に乗って馬に引かせるので疲労少なく行けるだろうが馬は休憩が必要になる。
走りっぱなしとはいかないのでリュードたちが速さを緩めなきゃ距離は縮まっているはず。
常に持ち歩いている荷物の食料ももうすぐ尽き、疲労を誤魔化すためのポーションも無くなった頃荷車に追いついた。
しかし追いついたのはもう国境を越えてトキュネスに入り、人里の手前に来てからだった。
人通りもあって襲い掛かるわけにいかなくなった。
相手も速さを落としたので追跡は楽になった。
とりあえずどこへ向かうのかまだ追いかけ続ける。
このまま町の外に出るなら襲撃するつもりだ。
けれども荷車は町中を行く。真っ直ぐ町を抜けていくように見えない。
時折道ゆく人が荷車の男性に頭を下げている。
この辺りでは顔を知られている人物。拠点が近くにあるという予感。
町の中心部近くまで行った荷車はある邸宅の門をくぐっていった。
「すいません、こちらはどなたの邸宅ですか?」
道にでも迷いふらっと立ち寄った何も知らない風を装う。
若干の怪しさはあっても警戒心高く接されることは少ない。
「ん? なんだお前。
こちらはキンミッコ様のご邸宅だ」
持っている槍の先をほんのわずかにリュードの方に傾けて門番が警戒する。
接近したわけではないから槍を向けるまでもない。
「これが、そうなんですか。
すごい立派な邸宅ですね。
このような立派なお家を守る騎士様もすごい方なんですね」
「む、いや、ごほん、その通りだ」
「ちょっと道に迷ったら気になったので、ありがとうございます、騎士様」
ペコリと頭を下げてその場を離れるリュード。
少し振り返ると門番は先ほどまでと異なって背筋を伸ばし、堂々とした騎士風を演じている。
槍だけ持たされているようなただの門番が騎士なわけもない。
単なる門番でも騎士様なんて言われたら気分も良くなる。
きっとあの門番の記憶に残るのは褒められて気分が良くなったことだけ。
いきなり誰の家ですかなんて聞いてきたやつの顔を覚えていることはない。
角を曲がりルフォンと合流する。
予想通りあの巨大な家はキンミッコの邸宅だった。
ある種当たっていてほしくはなかった。
状況は変わった。
追いかける必要がなくなった代わりに連れ戻すのは困難になった。
このまま連れ戻しに行きたいがリュードもルフォンも疲労が溜まっている。
簡単な食事しかしていないのでお腹も空いている。
ヤノチの件は明らかに国同士の関わりに首を突っ込むことになる。
貴族や国の争いなんて関わるもんでない。
関わりたくないのだがエミナが誘拐されてしまった以上今回は関わらざるを得ない。
「とりあえず腹ごしらえだな」
考え事をするにはエネルギーがいる。
空っぽの腹では良い考えも浮かばない。
お金は持ってきているので適当なお店に入る。
久々のまともな食事なので大量に頼んでテーブルいっぱいに並べる。
2人で食べるにしては多い量に店の人も驚いていたがリュードもルフォンも食べる方なので問題はない。
「リューちゃん……どうするの?」
耳がシオッとヘタれたルフォンが重々しく口を開いた。
ルフォンも邸宅に突入して助け出すのは厳しいと分かっている。
大きな邸宅のどこに2人がいるのか分からない。
貴族の家を襲えば死刑ものの犯罪。逃げても指名手配になる。
トキュネスには一生近づけなくなる。
別に犯罪者になることもトキュネスに来られなくなることも構わないけれど、下手するとエミナもそうなってしまう。
「おい、聞いたか?
結婚するらしいぞ」
「結婚? 誰がだよ?」
「キンミッコとパノンの娘が結婚するらしいってよ」
リュードとルフォンの食事の手が止まる。
「キンミッコって、息子はまだガキだったろ?」
「いやいや、息子じゃなくて本人が結婚するんだとよ」
「はあっ!? だってもう結構な年だろ?」
「そうだけど何でも内々に結婚する準備を進めてて明日教会を貸し切って結婚式をやるんだって話だぞ」
「明日って……また急な話だな」
「そうだよな、トキュネスとの交渉だってもう3日後だろ」
「カシタコウに領地を返さなくていいように民のご機嫌取りの結婚じゃないのか?」
「確かに、その可能性あるな。
だとしたらパノンの娘も可愛そうにな」
「ジジイと結婚するんだもん、何か事情があるんだろな」
手に力が入ってフォークがひん曲がる。
この結婚話、よく聞かなくても誰のことか分かる。
エミナの話だ。
ルフォンも怒りで据わった目でテーブルを眺めている。
「ちょっといいか?」
「あ? なんだよ?」
どうしても気になることがあったので話をしていたテーブルにリュードが座る。
「ちょっと頼みすぎちゃって、良かったら食べてくれないか?」
まだ手をつけてない皿を1つテーブルに置く。
「へぇ……まあそういうなら」
「さっきの会話聞こえててさ、1つ聞きたいんだがいいかな?」
「ああ、別にいいぞ。
でも俺たちも噂以上のことは知らないぞ」
男たちが料理に手をつけるのを待ってリュードも質問する。
「どうしてパノンの娘と結婚すると民のご機嫌取りになるんですか?」
ここにエミナが誘拐された理由がある。
そうリュードは見た。
「あんたよそ者か?
ならしょうがねえか」
トキュネスでは汚れた貴族、カシタコウでは卑怯者なんて言われているパノン。
どちらの国からも良くない言われ方をしているパノンではあるのだが、この地域に住んでいてパノンと交流があった人はパノンのことを悪く言わない。
どこから流れた噂なのかひどい人間だったような印象になっているけれど実際のパノンはそんな人物でなかった。
カシタコウとトキュネスの紛争地帯となっていたここの住人にパノンは丁寧に親切に接していた。
だからここの住人に限ってはパノンの根強い支持がある。
むしろ今ここを治めているキンミッコの方が評判がよろしくない。
支持がないとなるとこの領地を返す方に交渉が傾きやすくなる。
簡易的に支持を集める方法として支持のあるパノンの娘を取り込む、つまりは結婚するなんて方法を取ろうとしている。
「ありがとうございます」
エミナが誘拐された理由が分かった。
キンミッコは支持の薄い自分の広告塔にエミナを利用し交渉相手であるヤノチの兄をヤノチで脅迫して交渉を有利に進めようとしている。
エミナもヤノチも同じ目的のために誘拐されていた。
男たちの話し振りを聞くに結婚に違和感を感じているみたいだけど流石に誘拐してきたなんて思いもしていない。
支持を高めて交渉を優位に進めたいという思惑は理解できる。
その方法に納得がいかない。
おそらく結婚などという方法にエミナの意思は介在していない。
この男たちに不快な顔をしても仕方ない。
リュードは貼り付けたような笑顔を浮かべて席を立った。
「急いで準備しよう」
結婚式は明日。
想像以上の時間の無さだから穏便に済ませるわけにはいかなくなった。
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