旅にも潤いを1
「元気でやんだよ!」
そう言ってくれたおばちゃんの笑顔と料理とベッドが恋しい。
おばちゃんに出発することを伝えるとおばちゃんは一人一人と痛くなるほど強い抱擁を交わして、お別れの挨拶をした。
メーリエッヒとはまた違う肝っ玉母ちゃん感があっておばちゃんのことが好きだった3人ともツミノブに来ることがあればまたここに泊まろうと思った。
出発の人は朝、おばちゃんはサービスでお弁当まで用意してくれた。
おばちゃんに見送られてまずはエミナの故郷のトキュネスを目指すことになった。
「ベッドで寝たいですね……」
出発した時の元気はどこに行った。
エミナはゲンナリとした顔でベッドへの思いを口にしている。
大きめの町はともかく村に泊まれる場所があるかどうかは行ってみないと分からないところが多い。
無いことも度々あったし、あってもすでに宿を畳んでいたこともあったり近い距離に村があったので2日連続で泊まれると思ったらどちらの村にも泊まれるところがなかったなんてこともあった。
結果村の横で野宿することになった。村の近くだから魔物の心配は少ないが泊まれると思っていて泊まれなかった時のダメージは意外と大きかった。
どう行くかのルートを設定したのはリュードなので何だか申し訳ない気持ちになった。
ちなみにエミナにどうやってツミノブまで来たのか聞いてみたところ知り合いの商人に同行させてもらって近くまで来たらしい。
それなりに規模の大きい商団だったので苦労が少なくツミノブまで来ることができてしまった。
ルフォンもそうだけど顔見知りの中で若い女の子となればみんなやさしくしてくれるものだからこうなってみて初めて旅の大変さに気がついたのだろう。
「うーん、まだちょっと日は高いけど、着く頃にはちょうどいいかな?」
今いるところを確認するために片手サイズに折り畳んだ地図を眺めてリュードがつぶやく。
「まあ、どうせ今日中に次の町には着かないし、いいか」
「どうしたの、リューちゃん?」
1人何かをつぶやくリュードの顔をルフォンが覗き込む。
「ルフォン、風呂に入らないか?」
ーーーーー
「地図で見るより立派だな」
もう少し道沿いに進んでそこから道を逸れて入っていくと小さな滝があり、滝下は大きな湖になっていた。
地図にあった通りの場所に地図にあった通りのものがあった。
滝の周りはグッと気温が下がっていて涼しい。
これだけの水量があったのなら風呂ぐらいの水もなんてことはないはずだ。
「おっふろ、おっふろ!」
ルフォンのテンションは高い。
旅に出てからというものお風呂とは疎遠になっていた。
久々にお風呂に入れると聞いてルフォンは喜びを抑えられなくなっている。
「あのー、お風呂って、あのお風呂ですか?」
「あの、がどの、かは知らないけど多分エミナが想像しているのとはちょっと違うよ」
エミナの考えるお風呂とはぼんやりしたイメージのもの。
お金持ちの大きな家にある普通の部屋レベルの大きさの部屋に設置された大浴場のようなお風呂。
見たこともないから伝え聞いた話でのイメージしかないのである。
しかしリュードたちにとってお風呂はもっと手軽で個人用サイズのものでエミナがイメージするものよりもはるかに小さい。
「よい、しょっと」
リュードはカバンの中に手を突っ込み、中から袋を1つ取り出した。
その袋の中に手を突っ込み中のものを引っ張り出すと袋よりも明らかに大きな木の浴槽が出てきた。
驚きのあまり言葉を失うエミナ。
どこをどう見ても袋に入る大きさのものではない。
袋の口だって浴槽が通るわけがない。
浴槽専用のマジックボックス袋。
容量の関係で浴槽しか入らなかったので専用になってしまった。
村の外の世界で風呂に入れることはあまりないだろうとリュードは浴槽を1つまるっと持ってくるという荒技に出た。
案の定お風呂なんてものほとんどのところになく、お湯に浸かることが恋しくなってきていた。
しかし宿の部屋に浴槽を置いて風呂に入るわけにもいかない。
お風呂となればそれなりの水量にもなるので部屋が水浸しになることは確実。
それで宿から文句を言われてはたまらないのでこれまで秘密にして出してこなかった。
その上お風呂のお湯やシャワーはヴェルデガーが研究に研究を重ねて作り出したものだ。
魔石に魔法を刻み込み、魔力を込めることで魔法が発動する。
全体的に人に見せられるものではないのだ。
水そのものは魔法で作り出された水なので時間が経つと消えてしまうのであるが逆を言えばどうしても消えるまでには時間が必要になる。
水辺を選んだのは水が乾くのを待っていては時間がかかってしまうので流してしまおうというのと、魔石に魔法を刻む技術で水を生み出していることがバレては面倒なのでいざという時は誤魔化すことができるようにした。
「ストーンウォール浴室バージョン」
この時のために練習した魔法。
浴槽を中に入れるように4方向を壁で囲む。
全方向完全な壁で囲むのではなく1方向はちゃんと出入り口を作る。
出入り口の反対側の壁の下側には半円状の穴が開いており、水が逃がせるようになっていて、壁の一方の上側にはちょっとした出っぱりを作ってある。
出っぱりは器状になっていて下側にはポツポツと細かい穴が開いている。
つまりこれがシャワーになる。
「グランドハーデン」
最後に地面が濡れても大丈夫なように地面を固めて簡易浴室の完成である。
天井はつけるか迷ったけれど湿気がこもりすぎてしまうし真っ暗になるので開けてある。
翼でもなければお風呂を覗くことはできないだろう。
一発で完璧にこの形を作れるように何回も練習した。
「おお〜!」
ルフォンが興奮して拍手する。
一方エミナは魔法的にはすごいけど、これの何がすごいのかが分かっていなかった。
浴槽の底には魔石が2つ転がっている。
1つをシャワーにセットして、もう1つを浴槽にセットする。
浴槽にセットした魔石に魔力を込めると魔石から水が溢れ出して浴槽に溜まっていく。
お風呂にお湯が溜まるまでの間焚き火やテントなど野営の準備をする。
お風呂にご機嫌のルフォンはちょっとばかり豪華な晩御飯を作り、お湯が溢れたりなんかしてたりして日が落ちた。
「俺が見てるから2人は入ってくるといいよ」
「み、見てるって何をですか!?」
「魔物とかが来ないように見張ってるって意味だ!」
何を勘違いしているのか顔を真っ赤にして体を隠すエミナ。
覗きならともかく堂々と見るぞなんて言うはずがない。
いや、覗きならするというわけではなく。
「リュ、リューちゃんが見たいっていうなら……」
エミナの勘違いに触発されたルフォンがまたとんでもないことを言う。
「えっ……あの、いや、リュードさんがどうしてもというなら…………私も……」
これではリュードが裸を見せろと2人に迫っているようではないか。
健全な男子としての胸の内は見たいって言うのが正直なところなのだけれどそんな欲望丸出しな竜人ではない。
というかエミナまでどうしてしまったのか。
「いいから、入ってこい……」
一度意識してしまうとダメだった。
この体、無駄に耳も良い。ルフォンほどではないにしても結構良く聞こえるのだ。
滝の音に紛れるように聞こえる服を脱ぐ衣擦れの音。
周りを警戒しなきゃいけないから離れるわけにもいかない。
音による警戒も当然しなければいけないのにお耳が勝手に一方向に集中する。
「クッ……しっかりしろ、しっかりするんだリュード!」
胸がちょっとだけドキドキしてしまう自分が恨めしい。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
ブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。
評価ポイントをいただけるととても喜びます。
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張りたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。