始まる悪魔の大会1
手首をさする。
フワフワのタオルで結んでくれとは言わないが荒めの縄で結ばれた手首の跡が痛む。
見ると赤くなっていて、中々縄の跡が消えない。
魔道具による魔力の拘束を受けて手の縄は外してもらえた。
リュードとトーイはウバと名乗る女性貴族の私兵によって馬車に乗せられた。
椅子もない箱のような馬車に乗せられて物のように運ばれる。
ウバの周りにいる私兵は女性がほとんどでリュードたちを世話してくれる私兵は女性半分、男性半分。
やはり女性の方が立場が上のようで男性兵士はヘコヘコとしていた。
小さな窓から空を眺めるしかないような手持ち無沙汰な時間が流れて、トーイはふと自分の身の上話を始めた。
トーイには婚約者がいて、婚約者の故郷に行って新しく生活を始める予定だった。
身の回りを整理してさっさと国を移ろうとしていたところで急激な眠気に襲われて、気づいたら牢屋にいた。
「この国に住む女性はみんな強いですからね。
きっと彼女も私のことなんか忘れて次に進んでますよ」
膝を抱えて小さくなったトーイの雰囲気は暗い。
婚約までしておいてそんな軽く忘れられるものじゃないとリュードは思うのだけど、女性を考えるベースがルフォンなのでなんとも言えない。
ルフォンが世の一般の女性の枠に収まりきらない人であることは分かっている。
リュードのことをルフォンは絶対に諦めないだろう。
それが分かっているがゆえに一般的な女性がどうするのか分からないのだ。
こんな状況で気軽に元気出せとも言い難い。
ひとまず最悪ではない。
なぜなら買われたという状況は悪いけれどわざわざ馬車にも乗せてくれているところを見ると意外と悪くはない人だとは思う。
馬車に走ってついてこいなんて非道な奴がいないわけじゃないから。
奴隷を非合法的にオークションで買う人は悪い人だけど最悪最低な人では今のところない。
だからといってリュードの中の心象がプラスになることもないのだけど。
ただ心の中でぐらいプラスなことを考えていないとトーイに引きずられて自分までネガティブな思考になってしまいそうだ。
「降りるんだ」
馬車の戸が叩かれてトーイが飛び上がりそうなほど驚く。
ネガティブな思考に耽っていたのか人が近づいていることに気づいていなかったようだ。
これぐらいでビビっていたらこの先に待ち受けるだろう扱いに持ち堪えられないぞとリュードはため息をついた。
馬車で走ること数日、降りてみると目の前にはそこそこ大きなお屋敷があった。
兵士にバレないようにこっそりと周りの様子を伺う。
塀が高くて外の様子はほとんど見えなかったが門から少しだけ見えた。
町中ではなく、街から離れたところか、少なくとも郊外のようである。
馬車の中でも喧騒は聞こえてこなかったのでもしかしたらここも本邸ではなく、別荘か何かかもしれない。
リュードとトーイは兵士に促されて屋敷の中に入る。
通された部屋にはリュードたちと同じように上半身が裸で首輪をつけられている数人の男たちがいた。
首輪を付けることはいいのだがなぜみんな上半身裸なのだ。
奴隷は上の服を着ちゃいけない法律でもあるのだろうか。
「なんだ、またほっそいのが来たな!」
早速歓迎のご挨拶。
部屋の奥で偉そうに腕を組んで座っていた男がリュードたちの前に来る。
身長がそれなりに高いリュードよりも頭1つ大きく、体つきも全身が筋肉で覆われていてがっしりとしてデカい。
筋肉魔法使いのバーナードよりも体格的にはデカかった。
この男を基準としてしまえば世のほとんどの男性は細いと表現せざるを得ない。
見下すような目をしている男に不快感を感じる。
殴り倒してしまいたい気持ちを抑えてリュードは男のことを無視した。
問題を起こしてもいいことなどないからだ。
むしろこの男の方から手を出してくれたら助かるのにと思った。
「チッ……」
見逃してやったのはリュードの方なのに、視線を合わせないリュードとオドオドとしているトーイを怖気付いたらと思い込んだ男は盛大に舌打ちして席に戻る。
奴隷の大将になったところで面白くもない。
新入りを軽く威嚇しただけ。
上下関係を教えてやったぐらいに考えていた。
「みなさん、お揃いで……」
「おい!
早くこの変な首輪を……」
ウバが若い女性兵士を連れて部屋に入ってきた。
仮面を取ったウバは妙齢の女性で声の感じよりは少し老けて見えた。
どうやら脳みそまで筋肉だったようで、リュードたちに食ってかかった筋肉奴隷がすぐさまウバに食ってかかる。
首輪を外せとウバに迫ろうとした筋肉奴隷はウバの連れてきた女性兵士に一瞬で組み伏せられる。
「お望みなら首ごと切り落として取って差し上げましょうか?」
「はなしやがれ!
このクソ女が……」
「口が減らない男だな!」
「うぎゃああああ!」
魔力の使えない筋肉奴隷と魔力の使える女性兵士だと女性兵士の方が強かった。
ボキリと鈍い音がして女性兵士は組み伏せた筋肉奴隷の腕を折った。
ためらいのない制裁にトーイが顔を青くする。
「連れて行きなさい」
「はっ!」
外に待機していた兵士たちが男を引きずって連れて行く。
己の立場を忘れるとどうなるのか、説明する前に見せつけられてしまう形になった。
見事なかませ犬にされた筋肉奴隷だった。
「さて、愚か者はいなくなりました。
単刀直入に用件を申しましょう」
パンと手を叩いて場の空気を一度仕切り直してウバが話し始める。
もう口を出せる者はいない。
「私が誰なのかあなたたちにとってはどうでもよく、私もお伝えするつもりがありません。
興味があるのは……自由!
それだけでしょう?」
御大層なご高説の滑り出しとしては上々。
「私は奴隷を抱えるような趣味がありません。
ならばなぜあなたたちを高い金も出して買ったのかと言いますと私には欲しいものがあるからです」
ならばそれを金でも出して買うといいとリュードは表情を変えずに思った。
「自由と私の欲しいもののトレード。
実にわかりやすいお話でしょう。
私の望むものを持ってきたら奴隷全員を自由にして差し上げます。
ついでに今後のために持ってきた人にはいくらかお金でも差し上げましょう」
「……あんたの欲しいものってのはなんなんだ。
ここにいる全員パンツしか持ってないぜ」
奴隷の1人が当然の疑問を口にする。
自由と引き換えにできるようなものを持っている人はここにはいない。
「何も今引き渡せと言うのではありません。
近く、奴隷たちを競わせる秘密の大会が開かれます。
その優勝賞品、それが私の欲しいものです」
「……つまりその大会とやらで優勝すればいいのか?」
「その通りです。
分かりやすくて宜しいでしょう?」
「その大会は何をする大会なんだ」
「それは始まってみないことには、なんとも言えません」
なんだ、秘密の大会って。
根掘り葉掘り聞きたいところだけど目立ちたくないので疑問は思うだけに留めておく。
「どうですか?
優勝するだけでよいのですよ?」
どうですかと聞かれてもこの質問に選択肢なんて有って無いようなもの。
奴隷の身分で拒否権なんてあるはずもない。
奴隷に興味がないのに奴隷を買った理由はその大会のため。
それなのにやりませんと言って、はいそうですかとなるなんて思えるお気楽者はこの場にいなかった。
「反対の人もいないようなのでみなさんご参加ということで。
早速大会の方に向かいましょうか」
沈黙を肯定と捉えてすぐさま移動を開始する。
まだここについて座ってすらいないと文句も言えず、リュードたちはまた馬車に逆戻りになった。
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