大人になるために3
「あなただけよ〜?
こんな美人姉妹に挟まれてそんな顔するの」
「むう、私も顔は自信あるのだがな」
やはり高級宿というのは用意している寝具も良い。
そして良い寝具というものは良い。
精神的な疲れもあったからグッスリと眠ってしまった。
わずかながらに目が覚めて心地よい微睡を楽しもうと思って寝返りを打った。
するとそこにはレストの顔があった。
キュッと眉をよせて、きっと気のせいだと思うことにして逆側に寝返りを打つと今度はサキュルラストの顔があった。
リュードは今自称美人姉妹に挟まれて寝ているのであった。
高級な宿が故に大きめのベッドであったことが仇となった。
自ら美人姉妹だと顔に自信があるだの言っているが言えるだけの顔は2人ともしている。
男しては夢のある状況と言っていい。
ただ今はもうちょっとウトウトとした気分を味わっていたかった。
もしくは何の変哲もない爽やかな目覚めが良かった。
起きていきなりなぜこのような状況になったのかなんて考えたくなかった。
すっかり目が冴えてしまった。
こんなの相手が男だったら問答無用で殴り倒しているところである。
「何でここにいるんだ」
天井を見つめたまま言葉を投げる。
人をやると言っていたのにまさか昨日の今日でご本人登場とは夢にも思わない。
別れた時点では宿も決まっていなかったのでどこに泊まるのかすら伝えていなかったはずなのに。
「……尾行したのか?」
でなければどこに泊まったのか分かるはずもない。
「私じゃないわ。
お姉ちゃんかな?」
「人をやるって言ったじゃない?
早めに人をやっただけよ〜」
おっとりとした声で悪びれもなく言ってみせるレスト。
その見た目で意外と強かさを持ち合わせた女性である。
それにしても警戒してなかったとはいえ、尾行されていたことに気づかなかった。
「まあ人につけさせたのはよくないけど、とりあえずいいとして、なぜ2人が部屋の、それもベッドにいる?」
高級宿なので部屋にはちゃんと鍵までついている。
夜はちゃんと鍵をかけて寝たしどうやって侵入してきたのか知りたいものだ。
「私はこの領地の大領主だからな。
私が少し用事があると言えばマスターキーの1つぐらい出てくるってものよ」
誇らしげにサキュルラストがのたまうが誇ることじゃないぞ。
立場を利用して不正行為を行ったと堂々と報告されても不正行為は不正行為だからな。
後々リュードは宿の人に深く頭を下げられるのだが権力者に逆らえないのはどこでも同じ。
暴君みたいにいきなり来て鍵を出せと脅されたら仕方のないことである。
「ぷえっ!
……なんで?」
リュードのデコピンがサキュルラストのオデコにパチンと当たる。
昨日の2人ほど全力デコピンは流石にしないのでちょっと痛い程度だろう。
それでも予想外の痛みにちょっと涙になってオデコをさするサキュルラストはデコピンされた理由をわかっていない。
鍵欲しさでもそんなことのために権力を振りかざしてはいけないのだ。
「侵入できた理由はわかった。
なぜ俺のベッドで寝ている?」
百歩譲って不当な行為を行って部屋に入ったとしてもそれは許そう。
目的は盗みに入ったのではないし悪いことをしようとしに来たつもりじゃないから。
不当に入ってきた時点で悪いことをしているのだけど、ひとまずそれは置いておく。
「それはお姉ちゃんが今がチャンスよ〜って言ったから……」
「ラ、ラストちゃん!
それじゃあお姉ちゃんが悪いみたいに……いたいっ!」
サキュルラストの時より強めのデコピン。
ビシッと音がしたので結構痛いはずである。
「ちょっとした出来心だったんです。
入ってきたのもちょっと前だし、なかなか起きないからいいかなーって?」
そうは言っているが実は2人して長い時間リュードのことを眺めていた。
寝相でも悪ければ気がついたかもしれないがリュードは寝ている時にあまり動かなかった。
「そういえばルフォンは……」
これだけ騒がしく会話しているのにルフォンの反応がない。
それどころか部屋に侵入してきている人がいたらルフォンの方が気づいていてもおかしくないのに。
リュードが上半身を起こして隣のベッドを見るとルフォンは気持ちよさそうにスヤスヤと寝ていた。
「寝てる……」
当然といえば当然なのだけどおかしい。
ルフォンは敏感な方だし、こんな普通に会話していて起きないわけがない。
それなのに布団に抱きつくようにして幸せそうな顔をして熟睡している。
違和感は感じるのだけれどサキュルラストとレストに挟まれて寝ていたことを見られなくてよかったとは思う。
「ルフォン……ルフォン?」
幸せそうだしこのまま寝かせておいてあげたい気もするけれど状況が状況だけに放っておけない。
レストを乗り越えてベッドを降りるとルフォンに声をかける。
ルフォンはリュードの呼びかけにも起きない。
「ルフォン、おいって」
ルフォンの体を揺すってみるけれどみじろぎしただけで、これまたルフォンは起きなかった。
「まさか……」
「お姉ちゃんです」
「う、裏切り者ー!
ぎゃー!」
1回目よりも強く、しかも場所をずらしてレストのオデコにデコピンを決める。
どうりで見慣れない魔力の気配があると思った。
ルフォンが不自然に熟睡していたのはレストの魔法のせいだった。
人を深い眠りに誘う精神系の魔法。
あまり使える魔法じゃないし現代ではわざわざ使う人も少ない。
精神に作用させる魔法は高等で大きな魔力を必要とするのでこんなことに使うような簡単な魔法ではないのだ。
痛みでベッドにうずくまるレストに魔法を解かせるとルフォンはゆっくりと目を開ける。
「ルフォン……起きたか?」
「リューちゃん? ……ジュル、み、見ないで!」
魔法によって完全に深い眠りに落ちていたルフォン。
口元は緩んでよだれを垂らしながら寝ていてしまっていた。
よりによってリュードが寝顔を見ている時に何でだらしない姿を晒してしまったのか。
普段はリュードよりも早く起きるし、遅くてもこんな姿を見せたことがない。
ルフォンは恥ずかしさで枕に押し付けて赤くなった顔を隠す。
チラリと見える首筋まで赤くなっていて耳がペタリとしてしまっている。
珍しいものが見れたとリュードはちょっとだけ嬉しかったけどそれを口に出さないのが紳士というものだ。
「失礼いたします。
お顔を洗うお水をお持ちいたしました」
そのタイミングで昨日リュードの後ろに気配を消して立っていた執事が入ってきた。
手には水の入ったタライと新品のタオルを持っている。
部屋にあったテーブルにそれを置くと執事はリュードにペコリと頭を上げた。
「すぐに朝食をお持ちいたしますのでもう少々お待ちください」
すぐさま執事は部屋を出て行ってしまう。
自然な振る舞いにリュードも何も突っ込めずにいた。
「ほら……ルフォン、顔でも洗って」
「うん……」
せっかく持ってきてくれたしサッパリもしたい。
気分転換にもなるし恥ずかしさで尻尾もしょんぼりしてしまっているルフォンに顔でも洗うように促す。
まだ少しだけ口元によだれの跡もついているので早く綺麗にしたいだろう。
ルフォンがそっと水に手をつけるとただの冷水ではなくてほんのりと温かい。
冷たすぎず、熱すぎず。
けれど気持ちが良いぐらいの温度に水は温められていた。
パシャパシャと恥ずかしさを洗い流すように顔を洗うルフォン。
「はい、タオル」
「ありがとう……んっ?」
差し出されたタオルを受け取り、顔を拭きながらルフォンは気づいた。
今の声、リュードではなく女性のものだった気がする。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます!
もし、少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、
ブックマークや高評価、いいねを頂ければ幸いです。
評価ポイントをいただけるととても喜びます。
頂けた分だけ作品で返せるように努力して頑張りたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。