お祭りの終わり1
次の日、リュードとルフォンはギダンダ商会に呼ばれた。
優勝賞品の引渡しのためである。
香辛料1年分ともなるとその場で渡せる量ではない。
ついでに魔道具もくれることになっているので何にしても商会まで取りに行く必要があった。
ギダンダ商会はこの国でも割と大きい商会で良い場所に大きな商館を構えている。
「ようこそいらっしゃいました。
改めまして、優勝、おめでとうございます」
商館に入って名前を告げると奥から商会長でもあるバイオプラが出てきて出迎えてくれた。
バイオプラに案内されて応接室に通されるとそこにはすでに香辛料が用意してあった。
部屋に入るとすぐに感じられたニオイに2人は顔をしかめた。
広めの応接室が狭く感じられるほどたくさんの袋が置かれていて、いろいろな香辛料のニオイが混ざってなんとも言えない。
1年分とはどの程度なのかずっと疑問に思っていたのだが旅の荷物を入れるような大袋いっぱいに香辛料が入っている。
それがそれぞれの香辛料分だけある。
「こちらがリストになっておりますのでよければご確認ください」
びっちりと書き込まれたリスト。
見ただけで何十種類もありそうだ。
リストはルフォンが受け取って袋を一つ一つ確認していく。
後ろからリュードも覗き込むがリストを見ても知らない単語の羅列にしか見えない。
香辛料の名前なんか前世のものだってほとんど知らないのに香辛料が貴重なこの世界ではより触れることの少ないものであった。
だからリストを見てもそれが何なのかリュードには分からず、また袋の中の香辛料を見てもリストの名前と合っているかも判別できなかった。
ルフォンは分かっているのかいないのか、中身をちゃんと確認しているように見える。
ジッとリストを眺めていると中には塩や胡椒、砂糖といったものまで入っていた。
実を言うとルフォンにも分かっていないものは多数あった。
けれど自分の知らない香辛料や本でしか見たことのない香辛料があってルフォンの興奮は抑えきれず、ずっと尻尾がちぎれんばかりに振られていた。
「どうですか、せっかくの賞品ですのでたくさんご用意させてはいただいたのですがなんせこの量。
すべてお持ちになるのはいささか難しいと思います。
ご希望でしたらこの場で私たちが買い取らせていただきますが、いかかでしょうか?」
ルフォンが確認し終わるのを待ってバイオプラが両手を揉みながら提案を口にする。
「全てを換金なさることも出来ますし、気に入ったものがございましたら小袋に分けてお持ち帰りもできます。
全ての香辛料を持ち帰るのは馬車があっても厳しいかもしれませんからね」
バイオプラの言葉を受けてなるほどとリュードは思った。
なぜ高いはずの香辛料を、しかもこんな大量に賞品に出来たのか。
それはこんな小狡いやり方をしていたからであった。
一見して高価な香辛料を賞品にして商会の宣伝とイベントの人集めをする。
しかしその実バイオプラは香辛料をそのまま全て優勝者にくれてやるつもりなど毛頭なかった。
バイオプラが取った策とはとんでもない方法で、量を減らすとか誤魔化すとかそんなものではなかった。
逆に大量の香辛料を用意してしまったのだ。
一般の人どころか商人ですら簡単に動かせないほどの量の香辛料。
それなりにニオイもするし一般の人ではとうてい持っては帰れない。
そこで提案するのだ。
持ち運べない、使いきれないなら私たちが買い取りますよ、と。
無理にでも持って帰る事ができない量なのでその提案を飲むしかない。
持っていくべきところに持っていけば高値がつく香辛料でも普通の人にその相場はわからない。
そもそもリュードのようにどの香辛料がどれなのかも分からない人が多数だろう。
なので商会は安く香辛料を買い叩く。
そして手元に香辛料を戻して普通に交易に戻すのだ。
多少の損失は出るだろうか優勝賞品を出すよりも安く、太っ腹に見せて、宣伝効果もあり、優勝者は現金が手に入り皆ハッピーという構図。
出費を小さくしながら最大の効果を生むように考えられた作戦だった。
賞品はちゃんと用意している以上文句は言わせない。
1年分と銘打っているし多くて持ち帰れないのは商会側の責任ではないと言い張ることもできる。
見知った調味料のようなものも混ぜてある。
大抵の場合よく使う塩や分かりやすく手に入りにくい砂糖なんかを持ち帰ってみんな満足する。
冒険者らしいペアならそれほど多くのものは持っていけないはずとバイオプラは内心ほくそ笑んでいた。
「いや、全部持って帰る」
「へっ?」
聞き間違いだろうか。
バイオプラは予想外の返事に固まってしまった。
持って帰って欲しくない。
そんな意図の透けてみえる提案に乗っかってやることはない。
元々全部持ち帰るつもりだったし。
「ば、馬車でもお持ちで?」
高ランクの冒険者ならそんなこともありうる。
馬車を持っているからといって全部乗せ切れるわけがないけれど。
前に荷馬車を持って来られて全部持って行かれた経験があるのでバイオプラはさらに量を増やして絶対に持っていけないだろうという量とよく知りもしない香辛料まで取り揃えた。
訳の分からない方向性で努力してしまったバイオプラだが作戦は上手くいってこの量を持って行った人は今のところいなかった。
「いや、馬車なんて持ってない」
ヤノチたちに同行させてもらった時に乗ったぐらいしか経験がない。
楽っちゃ楽だったので何かしらの機会があれば馬車を走らせる旅もいいかもしれない。
「ではどうやって?
このままここに置いておくことも出来かねますが……」
まさかそんな卑怯なマネが待ち受けているとはつゆほども思わなかったけれどリュードたちには通じない。
「1つお聞きしますがこれは一応取引ということでいいですかね?
優勝して賞品を受け取る、お金を払うのではなく優勝する事がその代わりだと」
「うう? うーむ……まあ取引といえば取引なのでしょうか……」
不思議なことを言う。
優勝賞品の受け取りを取引だなんて考えたこともなかった。
優勝という代価と引き換えに優勝賞品を受け取る。
取引と言えないこともない。
「じゃああなたは商人ですから取引相手の秘密は守ってくださいますよね?」
「ええ、もちろんです」
信用が大事なのが商人だ。
相手の秘密をベラベラと話すような奴は相手から信用を得ることはできない。
「じゃあ秘密でお願いしますね」
リュードは袋を取り出した。
香辛料のパンパンに詰まった大袋1つどころか両手に掬って入れればそれで満杯になってしまいそうな小さな袋。
あんなものでどうするつもりだ。
バイオプラは鼻で笑いたくなる気分を抑えてリュードの動きを待つ。
手間をかけさせてくれた分安く引き取ってやると心で計算を始めていたら、袋が1つ消えた。
「えっ?」
次々と香辛料が入った大袋が消えていく。
何事かとよくみるとリュードの持った小さい袋の中に大袋が入っていくではないか。
「そ、それは!」
バイオプラの顔が青くなる。
商人なら誰もが憧れる魔道具。手ぶらに見えて多くの商品を持ち運ぶことを可能にする夢のアイテム。
「これは古い友人から貰ったものです」
袋の出自を聞かれると面倒なのでそう言っておく。
これはゼムトから貰った国宝袋ではなくてリュード自作の方なのだけど。
香辛料の袋が減っていくごとに、青かったバイオプラの顔が血の気が引いて白くなっていく。
「は……はは…………すごいですね」
それほど時間もかからず応接室は元の広さを取り戻した。
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