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ジョンが馬車に乗ると、女性二人の視線が突き刺さった。
どうやら、セイとの会話は丸聞こえだったようだ。
警戒心を顕にされる。
しかし、ジョンは何処吹く風で腰をおろす。
同時に、馬車が動き始めた。
リーンはジョンを警戒しつつも、女性のことも気にしていた。
顔色がなんだか悪い気がするのだ。
「どうした?」
それに気づいたジョンが、リーンへ声をかける。
ビクッとリーンが体を震わせた。
「いえ、その」
どう言ったものか、リーンは困ったようにチラチラと隣に座る女性を見た。
そこで、ジョンも女性の体調が悪そうなことに気づいた。
「喉が乾いたな。
御者さん!水筒はあるか?」
ジョンは御者台へ向かって、そう声を張り上げた。
すると、セイがフィーホから水筒を受け取り、馬車の窓からそれを渡す。
馬車には窓ガラスなどというものは付いていない。
貴族が所有する馬車なら話は違うが、これは駅馬車であり、またガラスは高価だからだ。
ジョンは水筒を受け取ると、女性とリーンを見て、
「レディ・ファーストだ。
もしも喉が乾いているようなら、お先にどうぞ」
そう言って、水筒を差し出して来た。
リーンが受け取る。
「あ、ありがとうございます」
礼を言って、リーンは女性を見た。
「よろしければ、どうですか?」
女性へ訊ねる。
女性は青白くさせていた顔をリーンへ向けて、水筒を受け取った。
その時だった、女性はリーンの右手首に嵌められた腕輪に気づいた。
「その腕輪、その紋章はフィリンシバル家のものでは?」
リーンがハッとして、しかしニコニコと笑顔を貼り付けると返した。
「蚤の市で安く売っていたんですよ。
自分用のお土産にちょうどいいかなって、思って買ったんです」
フィリンシバル家と言うのは、この大陸の中で最も古く由緒ある王家だ。
その王家の家紋が入った腕輪となれば、盗品だと疑われても仕方がない。
しかし、仮に盗品だったとしてもリーンがなにも知らずに、それも格安で購入したのであれば責めることは出来ないだろう。
「そうなの」
女性は、それだけ言うと水筒に口をつけたのだった。
次に、リーンが喉を潤す。
「そういえばお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
リーンは女性へ訊ねる。
「マリアです」
女性は短く答えた。
それを見ながら、ジョンはリーンから水筒を受け取り、自分も口をつけた。
それから水筒を、御者へと返す。
受け取ったのは、先程と同じくセイだった。
その間にも、女性達は意気投合したのか会話に花を咲かせはじめた。
今のところ、盗賊の陰はない。
魔物の襲撃も無かった。
馬車は荒野をひた走る。
程なくして、最初の村が見えてきた。