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「え、それマジ??」
中年の小太りの男が役人に聞き返した。
小太りの男と友人でもある役人は、頷いた。
「嘘言っても仕方ないだろ。
今しがた連絡が入ったんだ。
だから、いの一番にお前に知らせに来たんじゃないか」
役人がわざわざ1番に知らせに来てくれた情報。
それは、大物賞金首の盗賊団【ヴァルマ一味】が暴れ回っているというものだった。
同業者の馬車がいくつも襲われているらしい。
馬車だけでなく、村も襲われて焼き払われているとか。
「辻馬車、それも駅馬車の御者のお前にはまさに命に関わる情報だろ」
役人が言ったように、小太りの男は御者である。
それも、町と町を行き来する長距離移動の馬車の御者だ。
運ぶのは物から人まで様々である。
そんな職種であるから、盗賊と魔物の出現情報はとても大切なのだ。
「あぁ、わかってる。
ありがとな」
「いいってことさ。
それより、運休しないならさっさと護衛を雇った方がいい。
軍も動いちゃいるが、まだ捕まえられていないらしい」
「……そうするよ」
小太りの男は、友人でもある役人と別れるとすぐに冒険者ギルドへと駆け込んだ。
そして、絶望的な情報を突きつけられる。
「いない??
護衛を引き受けてくれる冒険者が一人もいない??」
冒険者ギルドの受付で、受付嬢を問い詰める。
「えぇ、そうなんです。
マリオン探しと件の盗賊団関連で、皆出払ってしまって」
「マリオン?
誰だい、それは?」
「脱獄犯です。
こちらも懸賞金が掛けられているんです」
言いつつ、受付嬢が手配書を見せてくる。
歳の頃、十九歳ほどの青年の人相描きが載っていた。
受付嬢は、軽くマリオンについて説明してくれた。
それによると、どうやらマリオンは【ヴァルマ一味】に対してなにやら因縁があるらしい。
彼は、そのために脱獄したらしいということだった。
「じ、じゃあ、ほんとに一人もいない??」
「フィーホさん、本当に残念ながら」
心の底から申し訳なさそうに受付嬢に言われてしまう。
小太りの男――フィーホは途方に暮れてしまった。
これでは、運休するしかない。
その時、冒険者ギルドの扉が開いて少女が入ってきた。
「あ、あの、ここに馬車の御者の方が居ると聞いてきたのですが」
キョロキョロと少女が、その場にいた者達全員に聞こえるように言った。
金髪碧眼の、歳の頃十五、六ほどの少女だ。
冒険者ギルドにいま居るのは、受付嬢とフィーホを除けば、新人か、併設されてる酒場に入り浸っている飲んだくれのいずれかだ。
その全員の視線が、少女からフィーホへ集中する。
「あぁ、お客さんかい。
すまないね、実は――」
フィーホが少女の前へ出て、事情を説明する。
それを聞いて、少女は目を丸くした。
「そ、そんな、どうしてもダメですか?」
「こっちとしても、仕事だから。
出来ることなら運休は避けたいが」
命あっての物種だ。
護衛もなしに馬車を出して、客や荷物になにかあったら取り返しがつかない。
フィーホにしても運休は苦渋の決断である。
少女が今にも泣きそうな顔になった。
それを見兼ねたのか、飲んだくれの1人が声を上げた。
「俺でもいいなら、護衛してやろうか?」
それは、五十代ほどの男だった。
これには、受付嬢だけでなく、フィーホも驚いた。
「セイさん、いいのか??」
フィーホが確認する。
「あぁ」
セイは頷く。
「娘の誕生日プレゼント代を稼ぎたかったからな」
「マリオン探しはしないのか?」
「はは、年寄りは引っ込んでろ、だとさ」
その返答に、冒険者ギルドの受付嬢と酒場のアルバイト店員の女の子が複雑そうな顔をした。
それもそのはずで、最近この冒険者ギルドのギルドマスターが別の人物になってからというもの、セイの様なベテラン冒険者は干されつつあった。
そのため、冒険者を引退する者まで出てきている。
世代交代といえばそうなのだが、しかし思うところがある者は少なくなかった。
「酔っ払いだが、これでもそれなりに剣も魔法も使える」
セイの言葉を受けて、少女が不安そうにフィーホを見た。
フィーホは肩を竦めて、
「アンタなら安心だ。
護衛、よろしく頼む」
「あぁ、任せろ」
セイは力強く頷いた。
かと思うと、グラスに注いであった酒を一気にあおった。
少女と、諸々の準備を終えたセイ、二人を伴って馬車に戻る。
盗賊団の情報が一気に知れ渡ったのだろう。
馬車の客は少女一人だけだった。
「そういや、お嬢さんはどこまで行くんですか?」
フィーホが訊ねた。
「イーストウッドまで」
少女が答える。
「こりゃ長旅になるな!」
セイが快活に笑った。
なにしろ、目的のイーストウッドまでは三日ほどかかるのだ。
その途中でいくつもの村や町にも寄る。
いつもなら、その途中にある村や町で人や物をさらに乗せていくことになる。
続いてセイは、少女へ訊ねた。
「ところで、嬢ちゃんの名前はなんて言うんだ?」
「あ、リーンです」
少女、リーンが短く答えた。
その時、彼女の腕輪が見えた。
老眼で衰えつつある視力でも、その腕輪に施された紋章はよく見えた。
軽くセイは目を見張りつつ、
「……そうか、改めてよろしくな。
俺はセイだ」
名乗ったのだった。