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誰かが居るようには見えないほど、静かだ。

どの部屋も、何の物音もせず、本当に侵入者が居るのかさえ疑問になって来るほどだった。

しかし、現に足跡と、こんな紙切れがある。

こんなものを書いた張本人が、ふざけて自分達を脅そうとしているだけだとしても、なんとしてもそれをやめさせなければならない。

そして、それを確かにニクラスから依頼されたのか聞き出さなければならない…。

湊は、ニクラスがただの悪趣味な人間なのだと思いたかった。

あの岩屋で見たことは、全部作り物だったのだという言葉があれば、どれだけ救われるか。

だがそれには、ニクラスを負かして白状させる必要があった。

これが呪術でもなんでもなく、全てがトリックのある悪趣味な遊びなのだと…。

それには、頭のおかしい誰か、潜んでいる誰かに、ニクラスからの指示なのだと白状させる必要があった。

大河の背を見ながらそんな事を考えて歩いていると、いつの間にか奥の扉の前へと到着した。

理久が、息を飲んで構えた。

(鍵を壊すぞ。)

小さな声だ。

湊は、首を振った。

「いや、待て。話してみる。それからでも大丈夫だ。」

理久は、目を丸くした。

「え、話が通じるとでも思っているのか?」

湊は、答えた。

「わからない。でも、話が通じなかったらどっちにしろここから出る方法が分からないじゃないか。壊すのは、向こうが全く話にならなかった時でいいだろう。」

理久は困ったように大河を見たが、大河は、迷った末に頷いた。

「…そうだな。最初からこっちがケンカ腰だったら、あっちも何をして来るか分からないもんな。任せるよ。」

湊は頷いて、前に出て扉越しに、声を上げた。

「そこに居るのは分かってるんだぞ?お前は誰だ?オレ達をここに閉じ込めてるのはお前なのか?」

しばらく、シーンと静まり返っていた。

湊は、もう一度声を上げた。

「オレ達はここから出たいんだ!餌が欲しいなら、帰ればいくらでも肉を買って渡してもいい。だから、ここから出してくれないか。」

また、沈黙。

理久が、言った。

「…なあ、やっぱり破ろう?もしかしたら、もう居ないのかもしれないし。あいつは地下から入ったんだから、地下から出られるかもしれないだろう?オレ達と入れ替わりに、今頃地下室なんじゃ…、」

そこまで言った時、ガチャリ、と主の部屋の鍵が回る音がした。

ハッと息を飲んだ五人は、思わず扉から跳びすさって後ろへ下がる。皆、武器を持つ手に力が入る。

五人が固唾を飲んで見守る中、扉はギギと音を立てて開いた。


開いた扉の向こうでは、魚のような目をした男が、じっとこちらを身をすくめるようにして見ていた。

その豪華なペイズリー柄の絨毯の上には、無残にもペンキのようなもので赤くあの魔法陣が描かれており、その両脇には、火がついたロウソクが立っている。

間違いなく、それが結界の術だと見て取った五人は、それぞれの武器を構えてその男を睨み付けた。

「やっぱりお前か!その、結界を解いてもらおうか!」

相手は、身をすくませるばかりで、しかしその場を動かない。こちらへ襲い掛かって来るような様子も無かった。

「お前…!」

「待て!」湊が、言った。「扉を開けたということは、オレ達の言うことが分かるんだな?」

相手は、頷いた。

「オレモ、ココカラデタイ。トジコメラレテ、デラレナイ。モウ、ズット。」

発声するのが難しそうだったが、必死の様子でそう言った。

理久が、それを聞いて眉を寄せた。

「え?でも、お前、それ、結界だろ?それでオレ達をここに閉じ込めてるんじゃないのか?」

相手は、首を振った。

「コレハ、オマエタチカラ、マモルタメ。ココダケ。」

美里が言った。

「でも、あなた宮脇さんを食べたでしょう?一階の食堂で。」と、湊が持つ紙を指した。「こんな紙を置いたんじゃないの?」

その魚の目の男は、その不自然に大きな目を、さらに見開いてその紙を見た。

そして、ブルブルと震えて言った。

「モウ、イッカゲツ、タベテナカッタ。タベモノ、アッタカラクッタダケ。ソレ…シラナイ。オレ、ジガカケナイ。」

言われて、皆思わずその手を見た。

その手は、不自然に大きくて、そして指の間に水かきのようなものがついている。その上、僅かに鱗のようなものが点々とついていて、色が薄っすらと苔が生えたように深緑だった。

とても、ペンなど持てそうになかった。

途端に、目の前で話しているのが、人ではないのだと皆の頭に押し寄せて来て、体が震えて来た。

皆の目に恐怖の色が浮かぶのを見た相手は、慌てて後ろの主の部屋の中に書いてある、結界の中へと戻って、同じようにブルブルと震えて五人を見つめた。

理久が、ハッと我に返って、言った。

「…いや、こいつもここに閉じ込められてるんだ。」理久は、言った。「こんな見た目だけど、それに宮脇さんを食べたみたいだけど、一か月も何も食べてなかったんだし、肉だから食べただけなんだよ。オレ達がこいつを怖いように、こいつもオレ達が怖いんだ。」

湊も、必死に心の中を整理して、理久に頷いた。

「そうだ。こいつ、服を着てるだろう。ええっと、普通に生活してたのか…?」

確かに、化け物は服を着ている。

だが、その服はボロボロに擦り切れていて、何度も水に晒されたように色もすすけて朽ちていたが、それでも一応、人が着ているようなデザインの服を着ていた。

湊は、歩み寄ろうと、部屋の方へと歩いた。

「君の話を聞かせてくれないか。」と、何か透明の膜のような物に阻まれた。「あれ?なんだ、膜?」

理久が、寄って来て部屋の中へと手を入れた。

すると、その手はポリオチレンラップのようなものに押し返された。

「…なんだこれ?」

すると、化け物が言った。

「ケッカイ。ジブン、マモルタメ。」

これが結界か。

そうなって来ると、小さな結界なのだ。屋敷全体を覆っているのではないという事だ。

「…地下室でも、これを張ってたのか?」

大河が後ろから言うと、化け物は答えた。

「ココ、ハイレタ。ミズヲツカッテ、チカカラ、ハイッタ。トジコメラレタ。コワイ。チカデ、オレマモッタ。オマエタチ、キタ。チカカラ、デラレタ。ショクジモ、アッタ。デモ、デラレナイ。ダカラ、ココデ、マタマモッタ。」

つまり、浸水していた溝から入って来て、地下に閉じ込められていたという事なのか。そのまま、出られなくて、湊達が来た時にやっと出ることが出来て、食堂で宮脇を見つけて食事だと思って食べて、またここへ籠っていたと。

「…とにかく、鍵はあったか?ここの、玄関から出るための。その、食事の肉の中に、鍵は?」

相手は、首を振った。

「ナイ。ココノ、カギダケ。ダカラ、ココニニゲタ。」

主の部屋の鍵は、宮脇が持っていた。

だが、玄関の鍵は持っていなかったのだ。

美里が、小声で言った。

「ねえ。」湊と大河、理久が振り返る。美里は続けた。「術だって言うのなら、この人…かどうか分からないけどこの魚みたいな人の方が、多分知ってるんじゃない?一緒に考えた方が、ここから出られるのかもしれないわ。その、紙に変な事が書いてあるし。」

理久は、頷いた。

「そうだな。呪術を知ってるんだしな。結界張ってるんだし。」

湊は、魚人を振り返った。怯えた色を宿したその目を見て、この化け物だって一緒なのだと言った。

「…なあ。オレ達は、術なんか何も知らないんだ。ここに閉じ込められてる理由も分からない。人が爆発したり…その、お前が食べたのが人だったんだけどな。一緒に出る方法を考えないか。」

その、怯えていた魚人は、目に希望の光を宿したように見えた。

「オレ、シッテル。ジュツヲ、ツカエル。ココカラ、デタイ。イッショ。」

湊は、頷いた。

「そうだ、一緒だ。協力しよう。で、そっちへ行ってもいいか。」

魚人は、頷いた。

「ケッカイ、トク。ナカ、ハイレル。」

魚人は、ついていた蝋燭と吹き消した。

すると、今の今まで目の前にあったラップのようなものが、スッと消えて中へと入って行けるようになった。

湊は、信じていないわけではなかったが、目の前で呪術というものを見せられて、もう信じないわけには行かなくなった。

そろそろと湊と理久が入って行くと、大河がその後を恐る恐る入って来て、美里と弥生が、まだ警戒気味にその後ろについて入って来た。

主の部屋は、主の部屋というだけあって、大きな天蓋付きの寝台が脇にあり、大きな暖炉が正面にあって、その脇の書棚の上には、大きな人と同じぐらいの大きさの、ビスクドールが置いてあった。

ソファもテーブルも脚にまで飾り彫がある高価そうな物で、床に敷き詰められてある絨毯も他と比べて毛足が長く、複雑な模様が編み込まれてあるものだった。

その上に、容赦なく落書きのような魔法陣が描かれてあり、これは弁償となるとどうなるのだろうと心配させるほどだった。

「これ、ペンキか?」

大河が聞くと、魚人は首を振った。

「チガウ。オレノチ。」

血?!

「血で書かないといけないの?!」

美里が思わず言うと、魚人はそれにも答えた。

「チ、シカナイカラ。スグ、ナオルシ。」

治るんだ。

皆が感心していると、魚人は少し緊張がほぐれて来たのか、言った。

「ソレ、ミタイ。カミ、アッタ?」

相変わらず、発声が難しそうだ。

湊は、紙を差し出した。

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