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美里が、廊下へと出て来ると、玄関ホールに生けてある百合から強い芳香が漂っていたのは知っていたものの、その臭いで少し、酔うような気がした。
だが、頭を振ってそれを振り払うと、食堂の方へと宮脇を探して入って行った。
宮脇は、食堂のテーブルの横に立っていて、美里が入って来ると、振り返った。
「ああ、宮脇さん。良かった、聞きたいことがあって。あの、Wi-Fiの…」
そこまで言った時、何の前置きもなく、いきなり目の前が真っ赤になった。
美里は、何が起こったのか分からず茫然と立ち尽くしていたが、顔にべったりと降りかかって来た何かを手で拭って、自分の手が真っ赤なのを知った。
「え…?!」
美里は、回りを見た。
宮脇が立っていた場所にはもはや誰も立っては居らず、そこから放射状に真っ赤な液体が辺り一面に飛び散っていて、小花が散らされた上品な壁紙も、その液体に汚染されて今や真っ赤になっている。
美里が、状況を理解出来ず一歩二歩と後ろへとふらふらと足を踏み出すと、何かぐにゃりとしたものを踏みつけてしまい、滑って尻餅をついた。
「痛…、」
絨毯についた手には、またべっちょりとした感覚がある。
美里がそれを見下ろすと、それは、ぎょろりとした人間の目玉だった。
「き…」美里は、やっと状況が頭に入って来て、叫び声を上げた。「きゃああああああ!!」
爆発したの?!
美里は、叫びながら思った。
人が、爆発した。目の前で…!!
「ねえ、これ、見取り図みたいよ。」
弥生が、ファイルの一つを椅子に座って見ていたのだが、言った。
他の三人がそれを覗き込むと、そこには確かに、この洋館らしい図があった。
役に立つかなあ。
そう思いながら見ていると、ヒラヒラと一枚の、新聞の切り抜きのような物が床に落ちた。
「あら…?」弥生が、それを拾い上げる。「挟まってたみたい。なんだろ?」
大河が、脇から見て言う。
「人間爆発?なんだよ、衝撃的な見出しでなんとか読ませようって魂胆か。」
理久が、弥生からそれを受け取って読んだ。
「なになに、ええっと、『謎の人間爆発事件。火もない場所で突然に飛散。』げ!マジで爆発した事件みたいだ。原因不明で、いきなり街中で人が爆発して回りの人に降り掛かったらしいぞ。怖…ほら、写真もある。」
大河が、言った。
「フェイクなんじゃねぇの?そんなことあるはずないじゃないか。」
だが、弥生は言った。
「でも、この新聞社ってメジャーな所よ。嘘はか書かないでしょ?…アメリカ、ウィスコンシン州ですって。」
…そんなニュース聞いたっけか。
思いながら四人でそれを覗き込んでいると、美里の悲鳴が断続的に聴こえて来た。
大河、理久、湊、弥生が一斉に顔を上げた。
「なんだ?!」
美里の悲鳴は、まだ続いている。
大河が、慌てて立ち上がった。
「なんかあったんだ!行こう!」
大河は、相変わらず身体能力が高いので真っ先に管理室を飛び出して行く。
理久も、湊も弥生も慌ててその後を追って走って行った。
湊が、大河を追って食堂へと駆け込むと、大河が茫然と入ってすぐの所に立ち尽くし、足に根が生えたように動かなくなった。
「大河?!美里さんは…?!」
「美里!」
弥生が、慌てて駆け寄る。
美里は、真っ赤に染まった絨毯の上に、尻餅をついた状態で座っていた。
「美里、大丈夫…」弥生は、言って美里の顔を見て、口を手で押えた。「う…!」
振り返った美里は、真っ赤な顔をして、両手を真っ赤に染めたまま、放心状態だった。
「これ…!!なんだ、肉…?!」
理久が、口と鼻を押えながら言う。
そういえば、血の匂いがする。そうだ、ここへ来る時百合の香りで相殺されて気付かなかったが、確かに玄関ホールでも、この匂いがしていた。
「美里…!」弥生は、何とか持ち直して、言った。「どうしたの?!何があったの…?!」
美里は、言った。
「…宮脇さん。そこに、立っていたの。声を掛けたら、振り返って…急に、真っ赤になって。」と、ガクガク震え出した。「爆発したのよ…!ああそうだわ、そんな感じだった!普通に立っていただけなのに、急に…!!目が、目がそこに…!」
言われた所に視線を落とすと、そこには目玉のようなものが、確かに落ちていた。
「うわ…!!」
理久が、叫び声を上げる。
やっと見ている光景の理解が進んで来たのだ。
宮脇が立っていたらしい場所には、確かに靴が残されていて、足の残骸のようなものが中に入ったまま落ちていた。
そして、辺りに飛び散っている赤いブツブツとした物体や、液体は宮脇であった肉塊と血で、見覚えのある服の切れ端があちこちにバラバラになって飛び散っていた。
「ここから出るんだ!」大河が、叫んだ。「早く!」
大河と理久が、真っ先に飛び出して行く。
湊は、弥生の腕を引っ張った。
「早く!美里さんも!」
弥生は、頷いて腰が抜けている美里を引きずるようにして、言った。
「こっちへ!それを洗わないと!早く!」
湊と弥生は、美里を引っ張って廊下へと転がり出て、急いで食堂の扉を閉めた。
ハアハアと息を上げていると、大河が言った。
「何が起こってるのか分からない。とにかく、警察に連絡しないと。ここじゃ電波が来てないから、どうしても電話線かWi-Fiを復活させないと無理だ。」
弥生は、言った。
「美里がこれじゃあ、可哀そうだわ。お風呂があったわよね?見取り図に。行って来たいの。お風呂の前で待っててくれない?二人じゃ心細いわ。」
理久と大河は、顔を見合わせた。
「…分かった。じゃあ、まずは美里さんを洗おう。それから考えよう。どっちにしても、ここから帰るにも宮脇さんの車が要るし。まだ理解が追い付いてないんだ…爆発って、人が爆発するなんてことがあるか?考えられない。」
理久が、何とか息を整えて来て、落ち着いて来て言う。
大河も、頷いた。
「確かに。宮脇さんと言ってたけど、もしかしたら別の何かかもとか。」
美里が、首をブンブンと振った。
「宮脇さんよ!服、服があったでしょう?!」
真っ赤に染まった顔で言われると、信憑性も迫力もあった。
「とにかく、早くそれを洗い流して来た方がいい。」湊が、急かせるように言った。「早くここから出たい。いつまでも居る場所じゃないだろう。こんな場所だし、鍵がついてないかワゴン車の確認をして来よう。君達は、風呂へ。早く。」
美里と弥生は、頷いて廊下を歩いて行く。
大河が、言った。
「じゃあ、オレが風呂の前で立ってるよ。お前達は、外へ出て車を確認して来てくれ。動きそうなら屋敷の前に車を回して来て欲しい。」
湊と理久は、頷いた。
「分かった。」
そうして、五人は二手に分かれた。
大河が美里と弥生について廊下を奥へと歩いて行くのを見てから、湊と理久は玄関扉を押して、外へ出ようとした。
だが、玄関扉はびくともせず、開く様子はなかった。
「おかしいな。」理久は、鍵が無いか扉を見ながら言った。「普通、内側に鍵がついてるはずなのに。この扉には、何もついてない。」
湊は、隙間なくぴっちりしている扉を見ながら言った。
「もしかしたら、見た目以上にハイテクなのかもしれないぞ。ここのサーバーもそうだった。どこかから遠隔で閉じてるとか。ほら、普通隙間から光ぐらい漏れて来るもんだが、全く見えない。めっちゃぴっちり枠にはまってるんだ。」
理久は、顔をしかめて湊を見た。
「それらしい物は無かったぞ。鍵ならそれなりに目立つところにありそうなもんだが、見当たらなかった。それに、普通扉は鍵が掛かっててもちょっとは動くものなのに、まるで全部が貼りついているみたいにびくともしない。どういう事だ?」
湊は、ふうと息を吐くと、管理室へと足を向けた。
「見当たらなくてもここに鍵がないなら管理室へ探しに行くしかないだろうが。その不自然な扉の閉じ方も、もしかしたら磁気を使ったハイテクの鍵とかかもしれないしな。行こう。」
湊は、理久の返事を待たずに管理室へと急ぐ。
理久は、仕方なく湊の後ろをついて、管理室へと戻って行った。