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7(裏)

工作班がせっせとロボットを設置しているのを見ながら、彰が嬉しげに立ち上がった。

「やったな!魚人はもう絶対に助からない。あいつらのうち四人が死なない限りはな。気付かないなど何と浅はかな…まあ、勘の良い湊が自分が一緒になれない一人だと知って、茫然としていたのが悪いのだ。さて、じゃあ私は森へ移動するか。あの広い敷地を音もなく滑るように進むのだったな。エア・パッドの練習成果を見せる時が来たぞ。」

エア・パットとは介護用品を開発している班が作った、地上から僅かに浮いて進む板のようなものだ。見た感じ、短いスキー板に似ていたが、昔から研究所にあるエア・バイクの要領で作られた、れっきとした移動道具だった。

しかし、扱いが非常に難しくて、立つことすら練習しないと無理な代物だった。

何しろ、見た感じ完全に板なので、支えも無い状態で、バランスを取ってそれに乗り続けるのはかなりの能力を要した。

そんなわけで倉庫でお蔵入りしていたのだが、今回の事で使ってみようという事になり、彰は毎日、どこへ行くのもエア・パッドを足に装着して歩き回っていた。

歩くというより、浮いているので体重移動で滑るように進むのだが、その速さは並ではなくて、慣れると確かに便利そうだった。

だが、乗りこなすまで行くのに時間が掛かるので、しばらく研究所の中で流行ったものの、すぐに誰も使わなくなってしまった。

転んでけがをして、自分の研究に支障をきたすと元の子も無いからだ。

デニスに呼ばれた美容班がわらわらと入って来て、結ったままの彰の髪を下ろし、髪飾りに扮した骨伝導イヤホンを付け、今着ている白い着物の上に黒い光沢のある袿を着せ掛けて、準備をした。

彰は、それを面倒そうに見ていたが、長さたったの30センチほどの板を二枚床に置くと、その上に足を乗せ、言った。

「さ、では私は森で待機しているからな。あちらにも工作班が居るんだろ?」

要は、頷いた。

「はい。車の事もありますし、自動操縦とはいえおかしな操作をされても厄介なので。待機させてます。彰さん、くれぐれも油断しないでくださいね。」

彰は、少しむっとしたような顔をした。

「誰に言っている。問題ない。」

そう言うと、スーッとエア・パッドを使ってそこから扉を抜けて出て行った。

言うまでもなく、彰はすっかりあれのエキスパートになっていたのだ。


彰は、最後の瞬間まで森で待機することになり、要達はクライマックスに向けて準備を進めていた。

車にも、しっかりと細工は施されてあり、画像も細かく照射できるようになっている。

そんな状態でしっかり運転できるとも思えないので、車は遠隔と自動操縦、両方出来るようになっていた。

忙しなく裏方が準備をしている中、ゲストである五人は苦労して二階の書斎の扉を壊し、中からお目当てのビスクドールを手にして喜んでいた。

準備が間に合ったのでホッとして、皆固唾を飲んで見守っていた。

五人が階段を駆け下りて行く。玄関扉の前に、魚人が立って皆を待っているように見えるはずだ。

実際はこれはロボットで、こちらで操縦していた。映像が完璧に重なっていて、誰もシリルが入れ替わっているなど思っていないだろう。

理久が、人形をロボットに見せて、言った。

「取れたよ。これに血をしみこませて、先に外へ出す。それで、大丈夫なはずだ。」

ロボットは、頷く。

そして、何も言わずに人差し指の爪を伸ばして、一本立てて見せた。理久は頷いて、自分の腕を差し出し、魚人はその腕に傷を付けて行く。

戻って来たシリルが、モニターを覗き込んで来た。

「あ、お疲れ。マイクがこれ。声をやってくれる?」

要が言うと、シリルはマウスピースを外そうとしていたのを、やめて頷いた。

モニターの中では、魚人ロボットが理久から血液を採取する様子が見えていて、そしてそれを、持って来た人形へと垂らしている動作をしていた。

ただの映像だったが、皆には本物に見えているはずだった。

シリルは、言った。

「トビラ、ヒラク。」皆が驚いている。シリルは続けた。「サッキ、オマエタチガ ウエニイッタカラ アケテミタ。ヒライタ。」

あれだけ頑強だったのに。

大河と理久が思って顔を見合わせていると、魚人ロボットは皆の目の前で、ドアのノブを回して、そうして、それを向こうへと押しやった。

玄関扉は、難なく開いて真っ暗な外の、広い芝の敷地と、遠くに真っ黒なこんもりとした森が見えているはずだ。

「…やったな。」理久が、ホッと肩の力を抜いて、人形を見た。「ごめんな、代わりに散ってくれ。」

そうして、その人形を外へと放り投げた。

「起爆。」

デニスが間髪入れずに言う。

人形は、外に出た途端、空中で派手な音と共に爆散して外へと降り注いだ。

「…これで、もう大丈夫だ。」と、湊を振り返った。「オレ達が、助けを呼んで来るから。ここでそれまで待っててくれ。」

湊は、ズボンのポケットから、宮脇の車の鍵を引っ張り出して、大河へと渡した。

「分かった。これ。気を付けて行けよ。」

大河は、頷く。

そうして、途端に緊張した顔になると、先に玄関へと歩いた。

「オレが、試しに出てみる。」大河は、ガクガクと震えて来る膝をしっかりとさせると、言った。「オレが大丈夫だったら、車をこっちへ回して来るから。お前達も後に続いたらいい。」

「ロボットを先に行かせろ。」要が言う。「早く!」

ロボットを操作している班が、急いで動かした。

魚人は皆を置いて、玄関から外へと、先に飛び出した。

シリルは、言った。

「ヤッタゾ!ソトダ!」

「起爆。」

デニスの声。

「え?」

湊が、そう言う暇もなく、突然にパアンと音かしたかと思うと、ビチャッと生暖かいものが降り掛かって来た。

びちょ、びちょと辺りに砕け散った魚人の肉が落下して四散して行くのをまるで、スローモーションのように眺める。

「きゃああああ!!そんな!」

全員が、魚人の体液を被って緑のような、赤黒いような液体にまみれてしまった。

これまでそこに確かに立っていた魚人は、四肢が転がり、内臓が撒き散らされ、もはや原型をとどめてはいなかった。

しかしそれも皆、幻覚でしかなく、実際はロボットが爆発しただけだった。

「なんでだよ!」大河が、人間の物ではない体液にまみれながら、叫んだ。「きちんとやったのに!」

湊は、ハッとした顔をした。今さらに分かったのだろう。

「慎重にならなきゃダメなんだよ!あの紙を思い出せ!『生きてる人と二人なら』だ!二人なんだよ、全部の血を飲んでしまったら、もう二人じゃない!魚人はもう、みんなの血を飲んでしまった時点で、こうなる運命だったんだ!」

言われて、皆愕然とした顔をした。

理久が、まだ血を流している自分の腕を見ながら、言った。

「…どっちにしろ、気が付いてなくて良かったと思おう。」美里と弥生が、涙目で振り返る。理久は、険しい顔で続けた。「オレ達のうち一人を除いて皆殺さなきゃならないってあいつがもし気付いていたら、オレ達なんかあいつの爪であっさり殺されてた。知らなかったから、最後まで協力的だった。だから、これで良かったんだ。」

美里が、涙を流しながら言った。

「そんな!あんまりだわ、助けてくれたのに!私達が、それに気付かずあの人がみんなの血を飲むのを止めなかったから、こんなことになったのに…!死んでしまったなんて!」

大河が、ショックを受けて茫然と立ち尽くしていたが、キッと顔を上げると、言った。

「…もう、起こってしまったことは仕方がない。とにかく、オレは行く。車を持って来る。お前達は、ここから出て待っててくれ。もう、三時近いぞ。夜が明けちまう。」

要は、言った。

「彰さん。そろそろですよ。構えていてください。」

「了解。」

彰の声が返って来る。

大河は、鍵を握り締めると、サッと玄関扉を抜けて飛び出して行った。

理久は湊を気にして振り返った。

「必ず戻って来るからな!電波が入る所まで出たら、すぐに連絡して引き返すから!」

そうして、理久は外へと出た。

「行くわ。」弥生も言った。「すぐに戻るわね。」

大河が、凄い勢いでここへ来る時に乗って来たワゴン車を玄関前へと持って来た。

「早く!乗れ!」

理久も、弥生も走る。

美里も、湊を振り返って叫びながら、玄関を出て車へと駆け出した。

「待っててね!」

そして、ワゴン車のスライドドアは閉じた。

大河は、それが完全に閉じ切るのを待つのも惜しいほどの勢いで、敷地の中を通っている森へと向かう、真っ直ぐな一本道を疾走し始めた。

「屋敷側から見た画像照射。」デニスが言う。「続いて車の中の画像照射。自動運転開始。」

クライマックスは、始まった。

五人は、もう無事には終われないルートだった。

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