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6(裏)

「なんだ、女性に先にやらせて大丈夫だからと後から己もと。」彰は、それを見ていて呆れたように言った。「あの美里という子の方が余程根性があるな。見直したよ。」

要は、彰を振り返った。

「五人には本物の化け物に見えてますからね。なかなか自分からやるとは言えないんでしょう。でも、確かにあの子は根性があるな。」

ハリーが、頷いた。

「お蔭で後から治さねばならない傷が出来なくて良かったじゃないか。で、移動して行くようだが…?」

ずっと真剣にモニターを見て、会話を聞いていたデニスが、頷く。

「もう一体人形を確保しようとしているのですが、もう他の部屋は施錠されているので開かないんですよ。それで、シリルにグラスを預けて出た二人の分が、どっちがどっちか分からなくなったという事で、階下へ移動しようと考えているようです。グラスを洗うために。」

実際はグラスには何も入っていないのだから、洗う必要もないのだが、皆には質感を持って入っているように見えているのだから仕方がない。

とりあえず、ゆっくりとだが前へは進んでいるようだった。

「工作班へ。バスルームのロボットを引き揚げて裏からキッチン下へ運んでおいてくれ。」

屋敷の裏側で待機している工作班から返事があった。

「分かりました。」

それを聞いてから、彰が言う。

「…引き続き、シリルには頑張ってもらわねばな。恐らく、血を飲むという事になるのだろうが、その時にシリルに全員の血を飲ませるように、さりげなく持って行ってはどうだろう。」

画面上では、大河が大きなビスクドールを背負い、シリルも共に階段を降りてキッチンへと向かっていた。

要は、彰を振り返った。

「でも、いきなり全部を飲みたいなんて言ったら、不審がられませんか。」

彰は、要を怪訝な顔で見た。

「だから、腹が減ったとか言わせておくのだ。なんなり考えろ、私の出番が無くなるかもしれないのだぞ?こんな格好までさせておいて、最後はハッピーエンドなど見たくもないわ。この半年、スキンケアだの髪を伸ばせだの散々面倒な事をさせておいて。」

彰も、焦れて来ているのだ。

機嫌が悪くなって来ているのが、手に取るように分かった。

クリスが、慌てて言った。

「シリル、一人分しか飲めない血を、全員分自然の飲める方法をこっちで考えた。腹が減ったと言っておけ。そうしたら、他の血を飲んでも問題ないだろう。向こうからくれると言うように持って行くんだ。気取られて止められたら仕方ないが、どうしてもジョンが爆発エンドに行きたいらしくて。」

画面の中のシリルは、五人と共にキッチンへと入ったところだった。

分かったのかどうか返事はなかったが、グラスを洗っている者達の後ろで、シリルは唐突に言った。

「ハラガヘッタ。」

理久が顔をしかめた。

「ええっ?だって人一人分食べたじゃないか。1ヶ月断食してても大丈夫だったんだから、ちょっと我慢しろよ。」

あまりに唐突だったので、怪しまれるかと思ったが、案外に誰も不審がったりしなかった。

弥生が、心配そうに言った。

「でも、逆に一か月断食したんだからあんなぐらいじゃ足りないのかもしれないわ。宮脇さん、まだ残ってないの?」

もう、宮脇が食材のような扱いになってしまっている。

シリルは答えた。

「アレハ タベラレル トコロハ ミナタベタ。」

美里が、冷蔵庫を開いて中を見たが、目ぼしい物は何もない。

「少しだけ我慢して。ここを出たら野生の動物とか、この辺りなら居るんじゃない?私達を食べたいとか言わないよね。」

それこそぎょっとして皆、シリルを見た。シリルはすぐに首を振った。

「オマエタチ ヤクニタツ。ダカラ タベナイ。デモ ナカマハ シラナイカラ ココカラデタラ キヲツケロ。コトバ ホトンド ツウジナイ。」

上手い。

要は、思った。伏線を張るために、魚人に関しての渡せる情報は渡しておかねばならないが、シリルは会話の中で自然に入れて来ているのだ。

そしてまた、大河と湊の血液を採取する動きがあって、五人はビスクドールへと向き合った。

「じゃあ、やるよ?」

理久が、自分の血を人形の腹へと近付ける。

あー、そいつからやったら二人目になった時点で三人になるしめんどくさいなー。

クリスも要もそう思って見ていた。

湊は、その手を押さえた。

「オレが可能性高いから、オレからやる。混じったらどうなるか分からないし。」

美里が、脇から言った。

「そんなの、私かもしれないのに?」

湊は、言った。

「オレ、なんだか確信があるんだよ。だって、ニクラス教授が正体をあからさまに明かしたのは、オレだけだったし。ここでオレを殺してしまおうと思ってるんじゃないかなって。」

勘が良くて助かるなあ。

要は、思っていた。だが、その勘がこちらにとって悪い方へと働くのは、彰の機嫌もあるので出来たらこれ以上やめて欲しかった。

「じゃあ、湊から。腹に血を垂らしてみて。」

理久が後ろへと退いて、湊は自分の血を手にその前に立った。そして、緊張しながらその腹に、そっと僅かな血液を落とした。

「起爆。」

クリスが、静かに言う。

その瞬間、普通にそこに座っていたビスクドールが、パアンという音と共に、四肢を弾き飛ばして四散した。

「やったぞ!いい感じで爆発した。」

クリスが、歓喜の声を上げる。だが、モニターの中では美里と弥生が叫び声を上げていた。

「きゃあ!!」

湊は、自分で申し出ておきながら、その事実を目の前で突きつけられて、ショックを受けて茫然としていた。

湊が、『一緒になれない人』なのだ。

「オマエノ チガ アブナインダナ。」シリルが言った。「クワナクテ ヨカッタ。」

全員が、複雑な顔をする。今は仲間として扱っているが、この魚人は人を食べる設定なのだから、複雑な気持ちになるのも分かった。

「…じゃあ、湊が最初から当たったから…オレ達で、他の誰かの血を飲むか。」

大河が、頷いて理久に自分のグラスを突き出した。

「じゃ、飲め。オレはお前のを飲む。」

理久は、目の前の血液に顔をしかめたが、仕方がないのだ。美里と弥生も、顔を見合わせてお互いのグラスを交換した。

ちなみに、グラスには何も入ってはいなかった。

だが、確実に入っていると思っている五人にとっては、中身は本物で、実際に鉄の味までするだろう。

もちろんの事、何も起こらなかった。

「おえ」理久が言う。「マジで血って感じ。」

だろうな。君が血だと認識する味を脳が作ってるからな。

シリルも管理室の皆もそう思って見ていた。ハリーだけが、得意げに胸を張った。

「大した物だ。幻覚に味や匂い、触感までしっかり感じさせることが出来るんだ。」

ハリーは満足なのだろう。

モニターの中では大河が、気を悪くしたように理久を見た。

「お前のだってそんないいもんじゃなかったぞ。」と、手にある理久の血が入ったグラスをシリルに渡した。「お前も。これを飲め。」

シリルには、元より映像の他何も見えてはいなかったし、実際に入っていないのは知っていた。なので、あっさりと頷いて、まだ結構残っていた理久の血を一気に飲み干したふりをした。

皆がドン引きしているのを横目に、シリルは言った。

「シンセン。オマエ ケッコウウマイ。」

理久は、複雑な気持ちになりながら言った。

「まずいと言われるよりいいけどなあ。オレを食うなよ。」

シリルは、真顔で頷いた。

「ガマンスル。」

食いたいんじゃないか。

管理室の皆もそう思った。シリルは、案外に役者だった。

「ソッチノモ ホシイ。」

と、大河のグラスを指さす。

「お、上手く誘導してくれそうだ。」

しかし、要は眉を寄せた。

「まだだ。湊が結構勘が良いんだ。気付いて止めるかもしれないだろうが。」

モニターの中の大河は、グラスを差し出した。

「まあ…捨てるだけだし。」

理久は落ち着かなかったが、美里が言った。

「お腹空いたって言ってたもんね。良かったら、私と弥生のも飲む?少しはお腹の足しになるんじゃないかしら。」

シリルは、大河からグラスを受け取って、頷いた。

「モラウ。」

そして、両手にグラスを持ちながら、大河のグラスに口を付けた。

シリルは、これでジョンの機嫌も良くなるだろうとホッとしてそれはおいしそうに全員の血を飲むふりを終えて、美里と弥生は、空いたグラスを流し台で洗った。

「これで、大丈夫ってことよね?」美里は言う。「湊くんの事は、私達が出て宮脇さんの車で助けを呼んで来たら、夜明けまでには何とかなりそう。今、夜中の一時半よ。」

大河が、頷いた。

「来た道を引き返したらいいからな。人里までなら、一時間ほどだったじゃないか。電波が届く所まで戻ったらいいんだから。そこで連絡して、また戻って来て助けを待とう。」

弥生が、腕を組んで言う。

「でも、最初の一人をどうするの?爆発するのよ?」

理久がハアと息をついた。

「人形でも大丈夫なのは湊の血で人形が爆発したから分かるけど、もう一個の人形を取れないからなあ。一度斧で扉を壊してみるか?」

大河が、頷いた。

「この際なんでもやってみよう。時間がないんだ、オレ達はここを出て助けを呼んで来ないといけないんだからな。」

それを聞いた要が、言った。

「シリル、君は下に残れ。今の間に肉人形を玄関前に設置するから。」

五人は、シリルがついて来ないのに気付かず、上階へ向けてキッチンを出て行く。

シリルは、それを見送ってから、小声で言った。

「…あれらは、二階へ行ったぞ。ロボットは主の部屋のバスルームだが、大丈夫なのか。」

要は頷いた。

「もう、バスルーム裏から入ってロボットを引き揚げて来て、キッチン下の通路の前に持ち込んである。君が戻ったら、工作班が玄関前に設置するよ。」

シリルは、やっと自分は退場かとホッとして、頷いた。

「分かった。」

言うが早いか、サッと音もなく床下収納の蓋が開いて、そこから肉付けされたロボットが三人の工作班に持ち出されて、運ばれて行った。

シリルは、やっとこのメイクを落とすことが出来る、と、ホッとしながら地下通路へと降りて行ったのだった。

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