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美里と弥生が、大きくて美しい洋館を見上げて、言った。
「すごいわねー!こんな所を別荘にしている人って、いったいどんな人なのかしらね?本宅はもっとすごいってことでしょ?気になるー!」
弥生が、キャッキャと言った。
「ねー!どんな人なんだろ。修三からは聞けなかったんだよね。」
湊は、それを聞いて眉を寄せた。
「え、修三が取って来てくれた仕事なんだろ?」
弥生は、頷いた。
「ええ。そう言ってたわ。前に発表した論文を書く時にとてもお世話になったんですって。頭の良い人だって言ってた。でも、あんまり詳しい事は話してくれなかったの。私達は部外者だからって。」
修三はとても親切で、何でも忌憚なく話してくれる先生だった。こちらが聞かなくても、その背景まで事細かに話してくれる修三が、なぜ今回のクライアントの事は詳しく教えてくれないのだろう。
大河が、脇から遮るように言った。
「良いじゃないか、とにかく仕事がもらえるんだ。今回の仕事は、思ったよりデカいじゃないか。こんな大きなお屋敷のセキュリティを構築するなんてさ。それに、ここから遠隔で自宅で監視させるって言うなら、自宅の方へもお邪魔出来るってことだ。そっちの方も導入しなきゃならないからな。その時も一緒に来るか?もっとすごい屋敷が見られるぞ。」
美里が、嬉しそうに手を叩いて言った。
「いいの?!行きたい!ついでに、クライアントの人にも会えるかもしれないじゃない。いいなあ、雲の上のお金持ちに、一度会ってみたかったの。若い人だったらいいなあ。」
だが理久はそれが気に入らないようで、フンと鼻を鳴らした。
「きっと爺さんだ。そんな軽い気持ちで来ないでくれよ?失礼があったらオレ達のこれからに影響するんだからな。」
理久は、浮足立っている美里が気に入らないらしい。
大河が慌てて言った。
「こら。ここまで来て喧嘩するなよ?仕事なんだからな。」
この二人は、気が合うのか合わないのか、よくこうやって衝突する。
神が居る、居ないと言い合って、あの旅行の時でも険悪になって困ったことがあった。あの時、見た事もないほど美しい、邪神の姿を月灯りの中で見て…。
折角普通に暮らせるようになったのに。
湊は、その時の事を思い出してしまって慌てて頭を振ってそれを振り払った。
あの時の事を思い出したら、それを頭に浮かべただけで、きっとあの邪神は自分達を追って来る…。
湊は、ぞわぞわと背筋を嫌な物が流れて行くのを感じて、落ち着かなかった。
すると、後ろから声がして、ビクと振り返った。
「え?」相手は、湊が必要以上に驚いたので、逆に驚いたようで目を丸くする。「どうしました?」
宮脇だ。
湊は、慌てて首を振った。
「いえ…なんでも。」
宮脇は頷いて、屋敷の扉の前に立つと、鍵を開いた。
「さあ、中へどうぞ。管理室へ案内致します。」
言われるままに、五人は宮脇の後について、屋敷の中へと入って行った。
ワインレッドの絨毯が敷かれている。
正面には、幅の広い如何にも洋館にありそうな形の階段があり、その階段を挟んで両脇に廊下があって、奥へと伸びていた。
天井には煌びやかなシャンデリアが吊るされてあり、玄関ホールは二階と吹き抜けになっていて、とても広く大きく見える。
脇に置いてある花瓶も、金色の縁がついている陶器の物で、一体いくらの値が付く物なのか見当も付かないが、恐らく高価な物なのには違いない貴賓と重厚感があった。
その階段に向かって右側の扉の方へと、宮脇は向かった。
「この扉が、管理室です。」宮脇は、その扉のノブを回して開いた。「階段を挟んで反対側にあるのが、食堂で、その奥にキッチンがあります。皆さん、お昼はどうされますか?何かご準備致しましょうか。」
確かに、10時に待ち合わせて今はもう、12時に近くなっている。
大河は、理久を顔を見合わせたが、答えた。
「あの…おにぎりとか、サンドイッチのようなものがありましたらお願いします。コンビニでもあったら買おうと思っていて、生憎何も持って来てなくて。申し訳ないです。」
ここまで山奥だとは、思っていなかったのだ。
宮脇は、微笑んで首を振った。
「よろしいですよ。主人からお世話するように言われておりますので。では、一時間ほどしたら食堂に取りにいらしてください。そちらに、ご準備しておきますので。」
美里が、頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、後程取りに参りますね。」
宮脇は、頷いて管理室の中へと五人を案内した。
こじんまりとした設えのそこには、確かにかなり古い形のサーバーが並べられて置いてあった。古い形のディスプレイも、何台も置いてある。
いったい、いつの時代のものだろう。
それでも、完璧に作動しているのは、一目見て分かった。
湊が、見た事もない形のそれを珍しく眺めていると、宮脇が言った。
「ひと月に一度、メンテナンスは欠かしたことがありません。見た目はこれでも、内部はほとんどが新しい部品へと交換されています。なので今のパソコンをつないでも、問題なく動作するかと思われます。ただ、私達にはそれをどうしたらいいのかが全く分かりませんので、皆さまのお力をお貸しいただこうかということで。」と、脇の四角い穴を示した。「USBポートはそこです。何をしてもいいとのことでしたので、後は全てお任せ致します。よろしくお願い致します。」
大河が、頷いた。
「一度、調べさせてもらいます。電源を落としてみるかもしれませんが、いいですか?」
宮脇は、頷いた。
「構いません。どうぞ、お好きになさってください。もし何かありましたら、お呼びくだされば。私はお食事の準備をして参りますので。」
宮脇は、五人をそこへ残して、管理室を出て行った。
残された五人は、それぞれ思い思いに荷物を置いて、見回した。
管理室には窓はなく、真ん中に机が置いてあって、入り口から向かって左側の壁に、古いモニターが所狭しと棚に積み上げて並べてあり、下には引き出し付きの机、そして古いサーバーが並べてあった。
机の上には、キーボードもマウスもあった。
洋館の中は綺麗に掃除されて整頓されていたのに、ここは雑然としていて木製の床もワックスは剥がれ落ち、荒い木目が剥き出しになっている。
モニター群の脇の床には、取手付きの四角い切れ込みがあり、どうやらここから地下室へ向かえるようだった。
入って来たドアの脇の壁には、キーボックスが開いたままで設置されてあって、その脇には乱雑に押し込まれたファイルが入った棚が置かれてあった。
理久と大河は各々のカバンからノートパソコンを引っ張り出して、繋いでみようとしている。
湊も急いで自分のノートパソコンをリュックから出していると、大河が言う。
「湊はこのサーバーがどんなものか調べてくれないか。オレ達は自分のパソコンと繋げられるか試してみる。」
湊は頷いて、マウスを手にした。
すると、数あるモニターの内、正面の一つが反応してついた。
湊は、早速中身を見てみようと開いて見た。
「…片っ端から新しい部品に代えて行ってたのは本当だな。見た目は古いけど大容量だ。それを、ほとんど使ってない状態だ。新しいプログラムも、これならあっさり書き込めるから問題ないな。」
大河は、脇からUSBを繋いで、言った。
「だったら大層なことをしなくてもいけそうだ。」と、自分のパソコンを忙しなく叩いた。「簡単に中身が見られるなー。ちょっとコマ送りで録画するやつも見ておくかな。」
理久が、脇から覗き込んだ。
「カメラの種類は?そっちも代えてるのかな。」
大河は、見ながらうーんと唸った。
「…カメラも最新式だ。それなのになんだって10分おきに撮影なんて古くさい事をしてたんだ?」
湊は、腕を組んでモニターを見ながら言う。
「やり方が分からなかったからとか?日誌とかないのかな。そこに経緯が書いてあると思うんだけど。」
弥生が、手持ちぶさただったのか、脇の棚の方で何かのファイルを手にして言った。
「え、これじゃない?なんか業務日誌って書いてあったから見てたんだけど。」
湊は、それを受け取って中身を見た。
手書きで書いてあるそれは、癖のある字で読みにくかったが、コンピュータのメンテナンス、という内容がないか探してみた。
すると、きちんと一ヶ月おきにメンテナンスされている事が分かった。
「…一ヶ月おきに業者が来て問題なく作動しているか見てるな。で、交換しなきゃならない所を交換していく感じだ。警備の内容は変えずに、ただ機械が動くようにだけメンテナンスするという契約だったみたいで、コマ送りの撮影もそのままにしていたみたいだな。」
理久が、顔をしかめて湊を見た。
「でも、侵入者が居るかもしれなかったら、その業者に頼んで動画を録画出来たんじゃないかな?」と、サーバーの中身を調べながら言う。「カメラも、設定さえ変えたらすぐに動画撮影に出来る状態だったのに。その業者に、なんで頼まなかったんだろう。」
湊は、業務日誌をめくりながら言った。写真なども添付してあり、宮脇のきちんとした性格が伺える。
「…なんか、やたらと料金が高いのでここの主人も他の業者は居ないのかって探しているって宮脇さんが書いてる。そりゃ、コマ送りの撮影だけで良いって言ってるのにこんな最新式のサーバーを無駄に部品交換して作っちまうような業者だからなあ。善良な業者ってわけではなかったんじゃないか。」
言われてみたらそうだった。
そんじょそこらで見ないくらい、見た目によらず、中身は最新式なのだ。
「じゃあ、こっちで設定しちまおう。で、それを主人の屋敷の警備室へ送るようにしたらいいわけだろう?Wi-Fiは…通ってるのか…?」
理久が、首を振った。
「いや、ここへ来てから気付いたんだけど、全く電波が通ってない。でも、繋がっていた痕跡はあるんだ。ほら、この屋敷にルーターがある表示だろう?」
湊は、急いで業務日誌をめくった。
「…そうだな、メールとかインターネットとか書いてあるから、絶対繋がっていたはずなんだけど。」と、最近の方へとサッサとめくって行った。「ひと月前に地下ケーブルが水没していて繋がらず、ケーブルの交換をしなきゃならなかったみたいだ。電話線もインターネットの光回線も全部地下ケーブルから屋敷に引き込んでる感じだな。でも、昨日の時点では繋がってたみたいに書いてあるけど、今は繋がってないのか?」
大河が、首を振った。
「繋がってないな。もしかしたら、また水没か?宮脇さんに聞いてみた方が良いな。」
自分のスマートフォンを見て確認していた美里が、言った。
「駄目ね、電波来てない。私が聞いて来るわ。食べ物も準備してくれているかもしれないし、行って来る。」
弥生が、言った。
「私も行こうか?」
美里は、笑って言った。
「すぐそこよ?大丈夫、行って来るわ。」
「頼む。」
大河が言って、そうして美里は管理室を出て行った。