5(裏)
さて、何から促したら良いものか。
シリルは、じっと紙を見た。内容はとっくに見て知っているし、それがどういう意味なのかも知っている。
だが、それを不自然ではないように、これらに気取らせねばならないのだ。
時間も押しているし、少々強引でも進めて行かなければならないな。
シリルは思っていた。
湊が、シリルのフランクな姿勢に気を許して来たのか、言った。
「…君の種族って、その姿なのか?」
シリルは、顔を上げた。
「オレ、モトハ オマエタチト オナジ。フツウニ セイカツシテタ。アルヒ、キュウニ ヘンカシテキテ、コウナッタ。ソシタラ、ナカマガ、ムカエニ キテクレタ。ソレカラ、ナカマト クラシテタ。ココニ、キュウニ イエガ タッタカラ、ミニキタラ デラレナクナッタ。キット、ナカマガ シンパイシテル。カエラナイト。」
これも、渡しても良い情報だった。これを話すことで、魚人に親近感を持たせて死んだ時の衝撃を大きくするのが目的なんだとクリスが言っていたのを思い出す。
美里は、恐々聞いた。
「それって…みんな、なるかもしれないの?ある日突然?」
シリルは、首を振った。
「ソウイウ チガ ハイッテルトキイタ。オレ、マダ ヒトニニテルケド、ミンナハ モット チガウ。」
理久が、言った。
「深きものども。インスマスだ!」理久は、身を乗り出した。「でも、海なんじゃないのか?住んでるのは。」
ほほう、オレも知らなくてクリスにそんな名前の怪物が神話の中に存在すると聞いたところだったのに。よく知ってるな。
シリルは、感心しながらも答えた。
「シラナイノカ?カワガ チカクニアル。ウミカラ ノボッテキタンダ。」
大河は、首を振った。
「知らないんだ。ここへは、連れて来られたから。山だと思っていたのに、海が近くにあるなんて。いや、河か。」
シリルは、そうだった、設定を演じなければと、下を向いた。
「…キット、ナカマガ シンパイシテル。カエラナイト。」
何やら同情したような空気が流れる。シリルは、親近感を持たせるのには成功しただろうか、と内心思っていた。
弥生が、言った。
「それで、あなたに分かる?あなたが食事をした後、私達何も知らずに食堂に入ったら、車の鍵と一緒にこの紙があったの。」
そうだった、こっちも促さねばならないんだったな。
シリルは、顔を上げて、深刻そうな様子で言った。
「…カミガ ミテイル。カミノ ミココロノママニ。ワレワレハ、シンエンノ カミニ トラワレテ イタノダ。カミノ ミココロノママ コウドウ シナイト ココカラ デラレナイ。」
言わねばならないセリフだったのだが、五人はきょとんとしている。
「どういうこと?その紙を見ただけで分かるの?」
シリルは、察しが悪いなとその紙を持つ手を振った。
「コンナコトガ デキルノハ、カノカミシカ イナイノダ。カノカミガ オユルシ クダサルマデ ココヲ デルコトハ デキナイ。」
皆の顔が、何かを察したように固まった。
どうやら、やっとあの邪神の事が頭に浮かんだようだ。
こんなに鈍くて本当に最後まで行くのだろうか。
シリルは、内心本当に案じていた。
理久は、息をついた。
「分かった。その神が言っているのが、夜明けまでにその紙に書いてある条件をクリアしろって事なんだな。」
ちょっと考えさせてみるか。
シリルは、紙を皆に返して、反応を待った。
・誰もここから出ることは出来ないが、生きてる人と二人なら一緒なら出ることが出来る
・でも扉を抜けられるのは一人ずつ
・最後の一人は出られない
・最初の一人は肉片になる
・夜が明けたら仲良くみんなでおいしいご飯になるだろう
・だが気を付けて。一緒になれない人が一人混じっている。一緒になったらその場ですぐにご飯になるよ
「生きてる人と二人なら出られるのに、扉を抜けられるのは一人ずつってどういう事だと思う?」
美里が言うのに、大河は唸った。
「うーん、二人なのに一人しか扉を抜けられないってのが、最初から分からないんだよなあ。」
理久が、言った。
「最初の一人は肉片になるって事は、最初の一人は死ぬんじゃないのか?結局、みんな無事に出る方法なんかないんだ。」
弥生が、眉を寄せながら言う。
「でもね、一緒になれない人が一人混じってるのよ。一緒になったらすぐにご飯になるって事は、爆発するんでしょ?一緒になれないって何?この一緒ってどういう事なのかしら。」
湊が、険しい顔で言った。
「お手て繋いでって感じじゃないよな。そうしたら二人だもんな。一緒になった上で、一人でないと出られないってなると…どういう事だろう。」
シリルが、拉致があかないと割り込んだ。
「クウンダ。シナナイ テイドニ クウ。ソシタラ、イキテル ヒトト イッショニナル。オレ、ヒトジャナイシ、オマエラノウチノ ダレカヲ ミナデ クッタラ ゼンイン デラレル。」
理久が、言った。
「あのな、オレ達は食人族じゃないんだよ。そんな簡単に食うってさあ…。」
誰が噛みつき合えと言ったんだよ。
シリルは内心苛立ったが、美里が言った。
「待って。別に一緒になったらいいんだから、肉を食べなくてもいいと思うの。血とか。ちょっとでいいから、飲んだら良いんじゃないの?そしてその相手が生きてる状態で、玄関扉を出たらいいんだわ。」
シリルは、シナリオ通りと頷いた。
「チデモ イイト オモウ。」
だが、弥生が言った。
「でも、一緒になったらすぐご飯になる人が含まれてるのよ!それを、どうやって知るの?もしかして…ロシアンルーレット?」
それでも良いが、そうなるとどのタイミングでロボットと入れ替わろうか…。
シリルは、そこは管理室で考えてくれるだろうと思いながら、実際にやるのは自分なので面倒だなと思っていた。
「…つまり、大河がもしその一人だったとしたら、大河の血を飲んだら速攻爆発するって事だよね。」理久が言った。「爆発しなかったら、大丈夫ってことで、その一人をみんなで分け合えばいいんじゃ。」
湊が、首を振った。
「これ、一緒になれない人って事は、もし大河がその人だったとしたら、他の人の血…例えば、美里さんの血を大河が飲んだ瞬間、美里さんが爆発するんじゃないか?逆もありって事なんじゃ。」
そうそう、教えなくても気取ってくれて有難い。
シリルは思った。上手く入れ替われるタイミングで爆発になってもらわないと、こっちは大変なのだ。
「…待て。という事は、その一緒になれない人ってのは、ここから出られないって事なんじゃ。」
理久が言う。
その通り。
シリルも思った。
「…もしかしたら、オレじゃないのか。」皆がびっくりして湊を見るのに、湊は続けた。「だって、邪神に怯えてて、唯一あいつが正体を明かしたのはオレ。他のみんなは信じてもいないじゃないか。なんか、オレな気がするな。」
へえ、察しが良いな。そうなんだよ、君は最初から一番怖い思いをする予定なんだよ。
シリルは心の中で相槌を打っていた。
美里が、言った。
「私だって、言ってなかったけど、何となくニクラス教授が邪神だって思ってたわ。でも、考えないようにしてた。だから、分からないわ。知る方法が、分かれば良いんだけど…。」
全員が、考え込む顔をした。
だが、シリルは皆の考えが分かった。恐らく、ここでは全く異質な存在である、自分を身代わりにしようと考えるのが、追い詰められた人の取る行動だ。
この五人の人間性がどんなものか知らないが、そうなってもシリルは別にこれらを責めるつもりはなかった。魚人としては、抵抗の演技をしなければならないが。
だが、大河が、ふと何かに目をくぎ付けにして言った。
「なあ…試すのって、人でなければいけないと思うか…?」
理久が、顔を上げた。
「どういう事だ?」
そうして、大河が見ている先を見る。
そこには、大きな人と見まごうほどのビスクドールが座っていた。
おお、唯一の犠牲無しで行けるルートを自分で思いついたのか。
シリルは、心底感心した。
「そうか!みんなの血を、一人ずつビスクドールに飲ませて行ったら…、」
理久が言うのに、美里が興奮したように立ち上がって叫んだ。
「一緒になれない人の血を飲ませたところで、爆発するのよ!そうだわ、やってみましょう!いけるかもしれないわ!駄目だったら…誰の血でも、何も起こらないと思うけど。」
「試してみるしかない。」大河が、その大きなビスクドールを持って来て、椅子に座らせた。「よし。ええっと、そっちの斧の先でちょっと切るか?」
理久が、書棚の向こうにあるウィスキーやブランデー、グラスが入っている棚から、小さなショット用のグラスを五つ持って来た。
「シリル。」要の声が言う。「ハリーが採血の画像あるって。君がやると言えば、皆に傷を付けずに済むから後が楽なんだが。」
シリルは、それを皆が受けるだろうか、と思いながらも小さく頷く。何も知らない理久が、言った。
「インスマスは駄目だろ?オレ達だけだよな。」
シリルは頷いた。
「オレハ、ヒトデハナイカラ。ココニハ、イキテルヒトト カイテアル。」
「だよなー。」と、大河は、斧を手にして、顔をしかめた。「お前だったらすぐに傷が治るんだろうけど、オレは無理だからなあ。」
シリルは、今だ、と何気ない風を装って言った。
「オレガ ヤロウカ?」皆がぎょっとした顔をするが、シリルは続けた。「オレガ ヤッタホウガ、タブン ナオルノハヤイゾ。」
弥生が、顔をしかめた。
「術か何か?痕になったら困るんだけどなあ。」
シリルは、人差し指を立てた。爪がにゅっと伸びる画像がそれに重なる。
「コレデ。イッシュンダゾ。」
皆が目を丸くしていたが、迷っているようだった。
だが、美里は思い切ったように、言った。
「…やってもらうわ。」と、メイド服の袖をグッと上げた。「お願い。ひと思いに。」
シリルは、頷いて躊躇いもなく、爪でその腕をスーッと引っ掻いた…ふりをした。
実際は、撫でる程度だ。
すると、見る間に腕から血がツーッと滲み出て、垂れて来た。
そういう画像が重なっているだけだったが、皆それを現実のものだと思っているようだった。
「早く!受けて受けて!」
美里が言うのに、理久が慌ててグラスでそれを受けた。そこそこ取れたところで、シリルがまた、その傷痕を撫でると、その傷は跡形もなくなった。
「すごいわ!」美里は、歓声を上げた。「全然痛くなかったし、一瞬よ?化け物なんて思っててごめんなさいだわ。」
それは、傷なんかついてないしな。
シリルは、居心地悪そうにもじもじとした。
「ベツニ、オレ、ヒトジャナイシ。フツウハ、ヒトヲ ナオシタリ シナイ。」
理久が、それを聞いて勢いよく手を出した。
「じゃあ!次、オレ!」
そうして、結局順番にシリルに手を切っては治してもらい、そうして五人分の血液は採取出来たという事になった。
実際には、血など一滴も流れてはいなかった。




