4(裏)
彰は、伸びをしながら管理室へと入って来た。
寝ていたようだったが、相変わらず目が覚めるほどに美しい。
本人はそんなことには気付かずに、要に言った。
「で?やっと魚人と対面か?」
要は、頷いた。
「はい。無理やり破って入るのか、それとも開けさせようとするのかは分かりませんが、とりあえず主の部屋へ向かいました。」
彰は、モニターに視線をやった。
五人は、手に手に武器らしきものを持って、部屋の前に到着して何やら話しているところだ。
「…攻撃的じゃないか、ええ?」彰は、期待したような顔をした。「これで魚人を殺しでもしたら、私の出番は確約だな。」
要は、顔をしかめた。
「あいつらが攻撃的なら、シリルが怪我をしないように上手くロボットと入れ替わらないといけません。気を遣いますよ。」
彰は、手を振った。
「そんなもの。バスルームに逃げ込めば万事オッケーだろう。そこから裏へ入ればシリルではなく肉ロボットの方が奴らに対応する。それにしても、何も考えていないのだな、奴らは。」
「シッ!」デニスが、鋭く言った。「湊が話しています。」
二人は、黙った。
そして、モニターの中の成り行きを見守った。
「そこに居るのは分かってるんだぞ?お前は誰だ?オレ達をここに閉じ込めてるのはお前なのか?」
「すぐに答えない方がいい。」デニスが、マイクに言った。「焦らしてから扉を開くんだ。」
モニターの中のシリルが頷く。骨伝導イヤホンは、問題なく作動していた。
湊は、もう一度声を上げた。
「オレ達はここから出たいんだ!餌が欲しいなら、帰ればいくらでも肉を買って渡してもいい。だから、ここから出してくれないか。」
沈黙。
理久が、言った。
「…なあ、やっぱり破ろう?もしかしたら、もう居ないのかもしれないし。あいつは地下から入ったんだから、地下から出られるかもしれないだろう?オレ達と入れ替わりに、今頃地下室なんじゃ…、」
「開きます。」
シリルが、小さな声で言った。だが、マウスピースのせいでくぐもって聴こえる。
シリルが進み出て鍵を開くと、その音に反応して
ハッと息を飲んで、五人は、思わず扉から跳びすさって後ろへ下がる。皆、武器を構えた。
「気を付けろ。襲って来たらバスルームへ。」
シリルは、頷く。そして、扉をソッと開いた。
五人が、こちらを見ていたが、その目は何やら別の物を見ているようにうつろに見えた。
恐らくは、薬の影響を目一杯に受けていて、照射されている映像をそれとして見ているのだろう。
絨毯の上に描かれた、結界も五人の目には見えているはずだった。
ちなみに、それは実は映像で、実際には何もここにはなかった。
シリルは薬が中和されるように先に薬品を投与されてあったので、それが見えていなかった。
ただの映像が、床に映っているだけなのだ。
だが、五人にとっては実物に見えているらしく、間違いなく、それが結界の術だと見て取ったようで、それぞれの武器を構えてシリルを睨み付けた。
「やっぱりお前か!その、結界を解いてもらおうか!」
シリルは、いつでもバスルームへ逃げ込めるようにと構えながら、後ずさった。
「お前…!」
一人が、襲いかかって来ようと足を踏み出す。
やはりダメかとシリルがジリジリとバスルームの方向へ行こうとすると、湊が言った。
「待て!扉を開けたということは、オレ達の言うことが分かるんだな?」
…案外に、頭が回るな。
シリルは、思いながら頷いた。
「オレモ、ココカラデタイ。トジコメラレテ、デラレナイ。モウ、ズット。」
本当に話しづらいのだが、人の言葉を話すのに慣れていないように聴こえた。
「いいぞ。」要が、呟くように言った。「いい感じに魚人っぽさが出ている。」
必死に発声するので、一生懸命さは伝わるようだ。
理久が、それを聞いて眉を寄せた。
「え?でも、お前、それ、結界だろ?それでオレ達をここに閉じ込めてるんじゃないのか?」
シリルは、首を振った。
「コレハ、オマエタチカラ、マモルタメ。ココダケ。」
美里が言った。
「でも、あなた宮脇さんを食べたでしょう?一階の食堂で。」と、湊が持つ紙を指した。「こんな紙を置いたんじゃないの?」
シリルは、特殊メイクでやたら大きい目をさらに見開いてその紙を見た。
そして、ブルブルと震えて言った。
「モウ、イッカゲツ、タベテナカッタ。タベモノ、アッタカラクッタダケ。ソレ…シラナイ。オレ、ジガカケナイ。」
シリルは、演技が上手い。
その手は、不自然に大きくて、そして指の間に水かきのようなものがついているグローブだ。どう見ても人の手ではないので、納得させられるはずだった。
人ではない、と思った瞬間に、五人が、ブルブルと震え出した。
皆の目に恐怖の色が浮かぶのを見たシリルは、後ろの主の部屋の中に書いてある、結界の中へと戻って、同じようにブルブルと震えて怯えているふりをしながら五人を見つめた。
理久が、ハッと我に返って、言った。
「…いや、こいつもここに閉じ込められてるんだ。」理久は、言った。「こんな見た目だけど、それに宮脇さんを食べたみたいだけど、一か月も何も食べてなかったんだし、肉だから食べただけなんだよ。オレ達がこいつを怖いように、こいつもオレ達が怖いんだ。」
湊も、理久に頷いた。
「そうだ。こいつ、服を着てるだろう。ええっと、普通に生活してたのか…?」
シリルの衣装は、市販の服を何度も洗いざらして引きちぎり、それらしく見せたクリス渾身の作品だった。
湊は、歩み寄ろうと、部屋の方へと歩いた。
「君の話を聞かせてくれないか。」と、何か透明の膜のような物に阻まれた。「あれ?なんだ、膜?」
実際には、何もない。
だが、何かを感じるようにラップのような障壁を照射していた。一応、空気の流れもそこで作り、入れない、と思わせる細工をしてあった。
理久が、寄って来て部屋の中へと手を入れた。
だが、何かに押し返されると感じているようだった。
「…なんだこれ?」
すると、シリルが言った。
「ケッカイ。ジブン、マモルタメ。」
段々話すのも億劫になって来たようで、文章が短い。この先も、長いセリフがあるのでそれに備えているのだろう。
「…地下室でも、これを張ってたのか?」
大河が後ろから言うと、シリルは予め準備された、言わねばならない情報を答えた。
「ココ、ハイレタ。ミズヲツカッテ、チカカラ、ハイッタ。トジコメラレタ。コワイ。チカデ、オレマモッタ。オマエタチ、キタ。チカカラ、デラレタ。ショクジモ、アッタ。デモ、デラレナイ。ダカラ、ココデ、マタマモッタ。」
つまり、浸水していた溝から入って来て、地下に閉じ込められていたという事だ。そのまま、出られなくて、湊達が来た時にやっと出ることが出来て、食堂で宮脇を見つけて食事だと思って食べて、またここへ籠っていたと思って欲しかった。
「…とにかく、鍵はあったか?ここの、玄関から出るための。その、食事の肉の中に、鍵は?」
シリルは、首を振った。
「ナイ。ココノ、カギダケ。ダカラ、ココニニゲタ。」
主の部屋の鍵は、宮脇が持っていた。
だが、玄関の鍵は持っていなかったという、情報の開示だった。
美里が、小声で言った。
「ねえ。」湊と大河、理久が振り返る。美里は続けた。「術だって言うのなら、この人…かどうか分からないけどこの魚みたいな人の方が、多分知ってるんじゃない?一緒に考えた方が、ここから出られるのかもしれないわ。その、紙に変な事が書いてあるし。」
理久は、頷いた。
「そうだな。呪術を知ってるんだしな。結界張ってるんだし。」
湊は、魚人を振り返った。怯えた色を宿したその目を見て、この化け物だって一緒なのだと言った。
「…なあ。オレ達は、術なんか何も知らないんだ。ここに閉じ込められてる理由も分からない。人が爆発したり…その、お前が食べたのが人だったんだけどな。一緒に出る方法を考えないか。」
お、出番は終わらないか。
シリルは、これだけ手間を掛けて特殊メイクをして、長い間待たされたのだし、もう少しシナリオに関わりたかったので、自然目を輝かせた。
「オレ、シッテル。ジュツヲ、ツカエル。ココカラ、デタイ。イッショ。」
湊は、頷いた。
「そうだ、一緒だ。協力しよう。で、そっちへ行ってもいいか。」
シリルは、頷いた。
「ケッカイ、トク。ナカ、ハイレル。」
シリルは、ついていた蝋燭と吹き消すふりをした。
「蝋燭の映像は消火で。扉のトラップ解除。」
デニスが言う。
五人には、恐らく目の前で結界が本当に解除されたと思っただろう。
「シリル、鈍いと思うからいろいろ促してくれ。」
シリルは、微かに頷いた。
そろそろと湊と理久が入って行くと、大河がその後を恐る恐る入って来て、美里と弥生が、まだ警戒気味にその後ろについて入って来た。
「これ、ペンキか?」
大河が聞くと、シリルは首を振って設定を頭に思い浮かべて答えた。
「チガウ。オレノチ。」
「血で書かないといけないの?!」
美里が思わず言うと、シリルはそれにも答えた。
「チ、シカナイカラ。スグ、ナオルシ。」
皆が感心していると、シリルはフレンドリーに振る舞ってさっさと言うことを聞いてもらおうと、フランクに言った。
「ソレ、ミタイ。カミ、アッタ?」
相変わらず、発声が難しそうだ。
湊は、紙を差し出した。




