2(裏)
湊達の動きは、想定内だった。
まず、外へ出ようとするだろうと思ったが、その通りで理久と湊はびくともしない扉の前で、ああでもないと話し合った後、どうあっても動かないと思い、それを操作する方法が無いかと管理室へと戻った。
あの扉は、一見木製だが本当は分厚い鉄板で、上下から何本もの鉄骨が扉にある穴に向かって伸びて、施錠されるようになっていて、車のキーのようなコントローラーで開け閉め出来る、結構ハイテクで頑丈なものだった。
ちょっとやそっとでは破れるものではなかった。
だが、今は鍵は屋敷内には置いていなくて、屋敷の出入り口はリモートで施錠出来るようにはなっていたが、それは外にある小屋で行っていることで、中にあるコンピュータではどうにも出来なかった。
それでも、二人はサーバーの中を探してみたりと足掻いていた。
何も見つからないと思った後は、二人は大河と合流して、風呂に入っている女子二人を残して、屋敷の中を宮脇を探して歩き回るという選択をした。
ハリーが、顔をしかめた。
「あー、薬が弱かったかね。」と、目の前のパソコンに何やら打ち込みながら言う。「走り抜けてたからねー。玄関に噴霧してるから、出来たら10秒はそこで吸って欲しかったんだけどなあ。食堂にも噴霧しておくべきだったか。」
するとそこへ、膝ぐらいまである長い髪を後ろで束ねた彰が入って来て、言った。
「…上手く行っていないか。」
ハリーは、振り返った。
何度も見ているのだが、少し時間を開けてから見ると、また圧倒させる。
この半年もの間、嫌々ながらもまた邪神の役を引き受けるしかなく、更に気合の入った美容班に磨かれた彰が、今回の衣装である着物の、中身の白い着物のままでそこに立っていた。
「いえ、その、まだ調節の余地はあります。」ハリーは、慌てて答えた。「魚人がまだありますので。そっちが爆発するルートへ行った時には、うまく出来るかと思います。」
彰は、息をついた。
「まあ、あいつらの動きがどうなるかはあいつら次第だしな。上手く脱出したら、私の出番も無いのではないか?」
彰が言うのに、要が答えた。
「確かに魚人生存ルートになるとややこしいかもしれませんが、その時は上手くやります。でも、まだ他にも試練がありますから…多分、ジョンの出番が無くなることはないと思いますよ。」
彰は、その恰好で動きにくそうにしながらも、椅子へと座って脚を組んだ。
「私の出番を奪う動きをしてくれたら、特に絶望も感じず戻してやれるのにな。だが、あれらは邪神に会いたいのだろう?あれらは絶望や恐怖を楽しむ、変わった趣向の奴らだからな。それに付き合ってやるのだから、有難いと思って欲しいものだ。」
モニターを睨んでいた、要が険しい顔をした。
「…こいつら、キッチンから食堂へ入ろうとしているのか。」
あそこに、肉塊があるからまだ入らないと思っていたのに。
デニスが言う。
「まだ、細工をしに行った者が退避出来ておりません。別の部屋に移動させますか?」
要は、眉を寄せたままじっと考える。ハリーが言った。
「入って来たら細工をしに行った者に魚人の映像を照射するから大丈夫だ。武器も持っていないし恐らく驚いて逃げて行くから、その間にキッチンからこちらへ戻そう。」
要は、迷っている暇はないと頷いてハリーを見た。
「頼む。デニス、待機しろと伝えてくれ。」
デニスは、頷いた。
「待機。侵入して来たら魚人の映像を照射予定。」
モニターの中の、食堂に居る者は耳のイヤホンを押さえて、頷く。
…しっかりと人が爆発したのだと思わせておかなければ、こんなリスクを伴うのだな。
要は、今回総指揮を任されていたので、責任を感じて険しい顔をしていた。彰は、興味深そうにその様子を見ている。
人の動きを予測するのは難しいが、誘導するのは簡単なはずだったのに。
要が思っていると、モニターの中の大河が言った。
「…待てよ、血まみれなんだぞ?食材なら鍵なんか持ってない。先に二階も調べて来よう。そこで、宮脇さんがいなかったら考えようや。」
理久は、まだ行きたそうな顔をしていたが、湊も言う。
「…とにかく、宮脇さんが居なかったら外部に助けを求めなきゃならないかも知れない。二階も調べてみて、それから通信手段を考えるんだ。どっちにしろ、ここから出られなかったら鍵があっても無理なんだし。宮脇さんを探すんだ。」
そうして、三人はキッチンを廊下の方へと出て行く。
デニスが、ホッと息をついた。
「…二階へ向かいます。」
「すぐに細工しているヤツをこっちへ戻せ。」と、彰を見た。「彰さん、まだ時間はありますよ?多分彰さんの出番は夜明けぐらいになるんじゃないですか。」
彰は、要を見てフフンと笑った。
「私に経過を見られるのは嫌か。だがな、私だって見たいんだ。いったい、こいつらがどうやってクリスの謎かけを解いて行くのか興味がある。こんな格好をさせるんだから、私にも楽しませろ。別に失敗しても責めていないだろうが。」
要は、首を振った。
「失敗じゃないですって!ハリーは次は上手くやりますから。」
ハリーは慌てて頷いた。
「そうですよ、次はちゃんとやります!今度の薬は優秀なんです。きちんと利けば、それなりの結果を出すはずなんですからね。量を調節します。次は完璧に。」
彰は、庇い合う二人を見て、フッと笑った。
「ま、私は出番を待って気楽に見ているよ。」
それを高みの見物というんだよね。
要は少し腹が立ったが、自分に任せると言った彰の期待には応えたい。
なので、黙って粛々と準備と監視を進めたのだった。
三人は、二階の部屋をひとあたり見て回っていた。
だが、今回見て回った時に持ち出しておかないと、手に入れるのが難しくなる物もある。
だが、三人はそんなことは思いもしないようで、主の部屋という大きな主寝室の、鍵が開いていないとそればかりを気にしているようだった。
…まだ開くのは早いが、今無理にこじ開けたら魚人爆発ルートだろうな。
要は、それを期待していた。何しろ、クライマックスの派手な映像は、映画顔負けの技術を使い、作られたものだった。
それを、実感としてどうしてもこの五人に体感してもらいたい。
ハリーの技術の凄さを、それで証明して欲しい。
要は、そう思っていたのだ。
そうこうしている間に、五人はもう一度管理室へと集まり、地下室へと探索に降りて行った。
それを監視カメラで確認した要は、指示を出した。
「脱衣所にある美里って子の服を回収して来てくれ。」
工作班のうちの一人が、サッとそれに従って移動して行く。
「洗っとかないと最終日困るからなあ。」
宮脇役の真司がすっかり寛いでモニターを眺めながら言った。要は、頷く。
「何事も無かったように演出するには着て来た服は重要だよな。面倒だけど、洗って乾燥機かけたらすぐだし。」
モニターの中では、地下室を恐々探索している者達と、キッチンの床下から出て風呂場の脱衣所に向かう工作員の姿が並んで映っていた。
工作員はサッサと持って行ったビニール袋に、ゴミ箱に捨てられてある美里の服を詰め込んで、すぐに戻って来る。
こんな風に、裏で動いている者が居るなんて、あの五人は思いもしていないだろう。
そんな五人は、今は地下室で、ありもしない水と戦っているようだった。
実は、ここを水浸しにすることも出来たのだが、それをすると後片付けが大変なので、ハリーに相談すると、幻覚もしっかり触感まで再現できると胸を張って言うので、それを信じて全て映像にした。
なので、あの五人は管理室から降りて行く時にはもう、薬品の影響を受け始めていて、降り切った時には、重なっているだけの映像を、本物として見て触れていた。
なので、地下ケーブルも、水に浸かってなどいなかった。
全ては脳が、幻覚を本物として思うあまり、それを現実のものとして触れて感じてしまっているのだった。
もちろん、木箱などの小物は本物だった。
木箱の中には、クリスがまた気合を入れて再現した魔導書のレプリカ、ラテン語では読めない可能性があるとわざわざ英語でルビまでふって、そこに収められていた。
クリスは、それを見つけてくれるかとワクワクした目でモニターを見ていた。
男子たちがケーブルがどうのと調べている間に、女子達が木箱の中を覗いていて、期待通りに魔導書を見つけて手に取っていた。
「お。」クリスが、身を乗り出す。「どうだろう、気が付くだろうか。」
要は、苦笑した。
「あの子達は英語が分からないから、多分無理かな。湊が多分、読めるから、分かった時が楽しみだね。」
クリスは、頷いて画面を見つめていた。湊が、こちらを向いて魔導書を見ている。
「あ、やばいな。血圧が…、」
ハリーが言った瞬間、湊は気を失って倒れた。
びっくりしてケーブルを点検していた大河や理久が寄って来て、湊を見下ろしている。
ハリーが、息をついた。
「気を失ったら反応が見られないじゃないか。ま、他の四人に頑張ってもらうか。気付け薬は投与しない。ほっといても大丈夫だろう。」
彰が、それを眠そうに見ていたが、言った。
「おもしろくない。何をグズグズしているのがこれらは。私達から見て、あんなものタダの映像でしかないのに。」
画面の中の湊を、大河が背負って階段を上がって行く。
要が、言った。
「それをリアルにしているのがハリーの新薬ですよ。なんなら、彰さんも試してみます?最後が全滅ルートだったら、きっと見れますよ。本当は、彰さんは画像で出現してもらうので薬は要らないところでしたけど。」
彰は、伸びをしながら頷いた。
「ああ、用意してくれ。見てみたい。まだ掛かるなら、私はちょっと休むから、魚人と対面しそうになったら呼んでくれないか。」
「分かりました。」
要が答えると、彰は心底おもしろくないような顔をして、隣りの部屋へと出て行った。
困ったなあと要が顔をしかめると、クリスが言った。
「ジョンはいつもあんな感じじゃないか。気にしていたらきりがないぞ?それより、結果だ。最終的に面白ければジョンだって認めてくれるさ。今は出番がないし、あいつらはサクサク進まないしで面白くないのは確かだからな。」と、画面に視線を戻した。「全く…あれだけヒントを散りばめてやってるのに、なんだあいつらは。早いところ先に進んで欲しい。」
デニスが、モニターから振り返った。
「男一人と女一人が管理室を出るようです。」
見ると、モニターの中の二人は、美里と大河と何かを話して、管理室から出て行こうとしているところだった。
…まだ時間が掛かるか。
要は、それを見て息をついていた。




