1(裏)
「まじかー。オレかよ。」
真司が、顔をしかめる。
要が、頷いた。
「仕方がないよ、真司さん。面が割れてないのって真司さんだけだし。博正さんだって前回村人で対面してるしね。」
真司は、ハアとため息をついた。
「他の奴らも居るじゃないか。警備員とか。なんでオレなんだ。」
博正が言った。
「だから、上手くやれる奴でないと無理なんだっての。観念しろよ、オレに比べたらセリフも決まってるのが多いし楽じゃねぇか。オレなんか前は演技しなきゃならなくて大変だったんだぞ?お前は楽な方だ。」
言われて、真司は渋々ながらも頷いた。
「分かったよ。普段からそんなに役に立ってるわけじゃないし。爆発するのは人形だろ?」
要は、ホッとしたように頷く。
「そう。頑張って豚で作ったんだ。いろいろ万全だから、安心して良いよ。オレは、彰さんの世話しなきゃ。」
博正は、同情したように要を見た。
「お前、大変だなあ。すっかりあいつの世話係になっちまって。それで、まだ機嫌が悪いのか?」
要は、大きなため息をついた。
「そうなんだ。髪がそんなに早く伸びないからってエクステ付けたら、もう不機嫌マックスになっちゃって。こんなロン毛でなければならない理由はなんだとわめいて仕方がなかったんだよね。気持ちは分かるんだよ、トイレに座るのも邪魔になるから今、常に結い上げてる状態だからね。鬱陶しいんだろう。でも、最後には出てくれないといけないしなあ。クリスも、なんでまた彰さんが出るシナリオにしたんだろうね。最後だけとはいえ。」
博正が、息をついた。
「どうせ、また同じ人を使うってんで、顔を見て驚く様を見たいなんて思ったんじゃねぇのか。なんやかんや言って、クリスだって驚かせて楽しんでるんだからよー。」
要は、ため息をついた。
「ま、あと数日だから。屋敷の準備は整ったみたいだし、後は人だけだからね。じゃあ、頼んだよ、真司さん。」
要は、そう言ってそこを後にしたのだった。
そうして、段々と山奥へと入って行く車に不安そうにしているもの達をこちらへ連れて来て、今だった。
真司は、必死に台本を熟読して宮脇のセリフを覚え、満を持して五人を迎えに駅まで出掛けて行ったのだ。
五人は、何の問題もなく真司を信用してついて来たのだが、湊だけは、どうも雰囲気が違う。
それは、人狼としての真司が鋭い感覚を持っているので、気取った事だったのだが、いつなり不安と、何かに怯えているような臭いがした。
恐らくは、前の実験の時の邪神を本当に存在するものだと思い込んでしまっていて、まだその呪縛から逃れられていないのだろう。
それを考えると気の毒だったが、ジョンが決めたことだった。
本当は、別の人でも良かったのだが、あの男なら楽しんでいたのだから、錯乱することもなくすんなり幻影を受け入れて、神が実在する、神話生物は実在すると信じて必死にギミックに努めるのでは、と言うのだ。
なので、今回も前回と同じメンバーを、洋館へと連れて来たのだ。
洋館から異様な感じを受けるのか、湊はびくびくしているようだった。
確かに見た感じ普通の洋館であるここは、ありとあらゆる細工がされてあって、無数のカメラが設置され、スピーカーや映写機など、細かい機器が詰まっている夢の箱だ。
正面からは見えない裏手には、森の中に一見小屋にしか見えない建物が建っていて、そこでは多くの研究員たちが、リモートでその機器を操作して、存在しない物語を実体化させようと待ち受けている。
そして、その小屋には地下が数階あり、そこからは洋館の地下へと繋がる道があって、自由に出入りも出来ていた。
真司は、宮脇役として言わなければならないことを説明し、五人に必要な情報を渡した。
何も知らない五人は、作り上げられて必要な情報しかない管理室へと入って行き、所詮準備された物である機器を、念入りに調べているはずだった。
事前に準備されて、キッチンの冷蔵庫に入っていたサンドイッチをテーブルの上に置いてから、キッチンの奥に隠しておいた、豚で作ったという、真司と同じ服を着た人形を言われた場所に立たせて、真司は小声で腕時計に言った。
「…おい。どうしたら良い?オレの出番は終わりだな?」
腕時計からは、要の声が答えた。
『サンドイッチを置いて人形を立たせたら戻って来てください。キッチンの床下収納を開いた下に階段があるから、そこからこっちへ来てもらえばいいんで。お疲れさまでした。』
真司は、ホッとした。これで出番が終わりだ。後は、事前に撮って置いた映像で何とかなるんだろう。
真司は、せいぜい楽しんでくれ、と思いながら、言われた通りにキッチンの床下収納の扉を開いて、階段を降りて行くと、また扉を閉じて、洋館を離れたのだった。
退場してホッとしながら真司が小屋へとやって来ると、中は小屋というにはあまりにしっかりとした造りの、広い事務所のような仕様になっていた。
階下にもまだたくさんの機器が運び込まれていて、多くの人が行き来していて、外の静かな様子とは似ても似つかない様子だ。
真司が、総指揮を任されている要が覗く、モニターの方へと歩いて行った。
「どうだ?爆発したか。」
要は、首を振った。
「まだだ。今からなんだ。」と、違う島の方を見た。「ハリー、屋敷に薬品の噴霧は?」
ハリーは、手を上げた。
「完了だ。玄関に百合を置いてあるので、匂いは誤魔化せるはずだがな。お、出て来たぞ!」
要は、急いで自分の目の前のモニターに視線を落とした。
美里が、管理室から出て来て、食堂へと向かっていた。
「お。思ったより早いな。」
五人の動きを監視している、デニスが言った。
「管理室で与えられた状況を的確に判断していました。Wi-Fiに繋がっていないのを、宮脇に聞こうと出て来たようです。画像、照射しました。」
要は、頷いてじっとモニターを見つめる。
美里が歩くのに従って、要が見ているモニターの画面が、廊下、食堂と入れ替わって行く。
こちらの何の薬品の影響も受けていない者達が見る画像は、作られた人形が立っている上に、真司のホログラムが重なって見えているだけだったが、薬品の影響で幻覚を見ている美里には、恐らくそれが、何の問題もなく宮脇が立っている姿に見えているだろう。
「ああ、宮脇さん。良かった、聞きたいことがあって。あの、Wi-Fiの…」
美里が、普通に話しかける。
ホログラムは振り返っていたが、そこで、仕掛けを作動させた。
「よし、破壊!」
「はい。」
デニスが、ポチとボタンを押す。
すると、一瞬にして人形は、肉と血を派手に撒き散らしてその場で爆発した。
美里はもろに豚の血を浴びて、真っ赤になっている。
…うわあ、こりゃトラウマだわ。
博正が、それを見ながら思っていると、真司が言った。
「酷いな。こんな目に合ったらオレならトラウマになる。」
博正も、同感だったので頷く。
「オレも。知ってても嫌なのに、知らねぇでこんなことになったらワケわからんで怖いよなー。」
一瞬、何が起こったのか分からなかったらしい美里は、しばらく茫然としていたが、尻餅をついてダミーのゴム製の眼球が転がっているのを見て、悲鳴を上げた。
「きゃああああああ!!」
…そうか、人はあんな目に合うと、自分の状況がすぐに把握できないんだ。
要は、冷静にそう思って見ていた。
「…来るぞ。残り四人。」
モニターには、管理室を飛び出して食堂へと走る四人が映っている。
四人とも、問題なく玄関ホールで薬品を吸い込みながら、食堂へと駆け込んだ。
そして、やはりこの四人も状況を把握出来なくて茫然としていた。
そのうちに状況を把握し始めて、パニックになるかと思ったが、四人は思ったほど騒ぐ事もなく、動けなくなることもなく、食堂から出て、扉を閉めて状況把握に努めていた。
どうも、まともに目の前で爆発を見た美里以外は、あまりにも非現実的な事に理解が追い付いていないようだった。
要は、この後からは全員がどう動くのか分からないので、出たところ勝負だと画面を睨みつけた。
屋敷の中には、仕掛けは山ほどある。
だが、それのどこからどのように進んで行くのかは、全部探索者次第なのだ。
まずは次の細工だと、全員の動きを見つめながら、その隙を伺い時を待ったのだった。




