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湊は、ハッと目を覚ました。

不必要に大きなベッドで、上には天蓋まで付いているのが見える。

…そうだ、ニャル様が…!!

湊が、慌てて玄関前に潰れた車を見に行こうと布団をめくると、自分の隣りには、理久と大河が並んで寝ていた。

あまりにも大きなベッドだったので、二人が居る事にも気付かなかった。

湊は、慌てて叫んだ。

「理久!大河!」

と、布団を全部上げて、二人の体を確認する。

二人共、どこも傷など負っていなかった。

それどころか、魚人が理久に最後につけて、治せなかった傷も、綺麗さっぱり無くなっていた。

「理久!」湊は、理久をそれこそ全力で振り回した。「起きてくれ!」

理久は、うーんと唸って目を開いた。

そして、ハッとベッドから飛び起きると、体を一気に緊張させて、ハアハアと息を上げた。

胸を押さえて苦し気にする理久に、湊は急いで言った。

「大丈夫か?!胸が痛いのか?!」

大河も、騒ぎに目を開いて天井を見つめ、そしてガバッと起き上がると、半狂乱で腕を振った。

「あああああ!!駄目だ、化け物が…!!」

「大河!」湊は、急いで大河の腕を掴んだ。「落ち着け!何も無いって!」

大河は、理久と同じように息を上げていたが、湊の顔を見て、茫然と言った。

「湊…?」

湊は、頷く。

「もう大丈夫だ、みんな終わったから!」

理久が、胸を押さえていた手を放して、湊を見た。

「…森から、信じられないほどの数のインスマスが出て来たんだ。あの、ここに居た半分変化した姿じゃなくて、もっと化け物だった。それが、オレ達が行こうとしている方向からわらわらと出て来て、車に飛びついて来て…」と、頭を抱えた。「窓を割って…!美里さんを、食べ、食べようとして、オレは、それを阻止しようと…必死で、必死で…!」

湊は、言った。

「全部夢だ!大丈夫だ、みんな無事だから!」と、どこかから悲鳴のような声がした。「…美里さんか?!」

もしかしたら、あっちも気が付いて錯乱してるのかもしれない。

湊がベッドから飛び降りると、二人も慌ててそれについて、フラフラと歩いて来た。

「無理するな。オレが見て来るから。」

ここは、多分客間だ。

湊は、二人を置いて声のする方向へと行こうとしたが、理久が言った。

「一緒に行こう!何があるか分からないんだ、みんなで一緒に居た方がいい!」

確かに、TRPGでも探索者はばらけない方が良いのだ。

だが、湊はもう、何も無いのを知っていた。少なくとも、今は。

それでも、それを二人に言うわけにはいかないので、頷いた。

「行こう。」

そうして、三人は客間らしい場所から、廊下へと出た。


そこは、二階の書斎の隣りの客間だったようだ。

声がするのは、反対側の方にある客間の方からだった。

そちらへと、二人が走って行って声がする部屋の扉を、思い切り開いた。

すると、中では大きなベッドの上に、美里と弥生の二人が、抱き合って涙を流して座り込んでいた。

「美里さん!弥生さん!」

三人がそこへと入って行くと、最初はビクッと体を震わせた二人だったが、すぐにそれが湊達だと気付いて、力を抜いて、言った。

「ああ車が襲われて…!大河くんの首が飛んで行くのを見たわ。弥生の膝の上に落ちたけど、弥生ももう胸の大半を食い破られていて…生きてなかった…!!」

美里は、それを見たのか。

弥生は、言った。

「今でも覚えてる。ぎょろっとした目の、本物のインスマスだったわ!あの、ここに居た魚人とは全然違った。大きな口で、鋭い牙が並んでいて、私の胸に噛みついて、食いちぎったの…!痛くて…息が出来なくて…!私を食べる音だけが聴こえて来て…!!」

恐ろしい記憶。

湊は、そんな無残な記憶を残されたままになっている、四人に愕然とした。前は、記憶は綺麗さっぱり消し去ってしまっていた。それなのに、今回は覚えているのだ。

ニャルラトホテプは、きっと次の試練の時、今回のことを思い出して冷静になれないように、もっと恐怖に苛まれるようにと、皆に記憶を残したのだろう。

正気で居るのが、不思議なぐらいの記憶だった。

「…夢だよ。」湊は言った。「大丈夫、オレは見てたけど、車がちょっと事故っただけで、化け物なんか全然居なかった。きっと、夢か、幻覚を見たんだ。大丈夫、何もないから。」

大河が、言った。

「え、お前には見えなかったのか?あの、化け物の大軍が。」

湊は、首を振った。

「何も見えなかった。だって、君達はそうやって無事じゃないか。どこに傷があるんだ?」

言われて、皆が皆自分の体を見下ろした。

確かにどこにも、痛む場所はない。

ただ、夢というにはあまりにも鮮明な記憶が、頭の中に残っているだけだった。

その時、客間の扉が、コンコンとノックされた。

全員がビクッと振り返ると、外から聞き覚えのある声がした。

「…皆さん?朝食が出来ましたよ。」

この、声。

まさか、そんなはずはない。

湊は思って、勢いよく扉を開いた。

すると、あまりにもいきなり扉が開いたのに驚いた顔をした宮脇が、そこに立って戸惑う顔をしていた。

「え?驚かせてしまいましたか?あの、主人が早朝に到着しておりまして、お話をしたいと申しておりますが。」

湊は、息を飲んだ。

ニャルラトホテプは、皆の前に出ようというのか。

だが、目の前の宮脇は、困ったように黙り込む皆を見て答えを待っている。

大河が、言った。

「いや、あの…すぐに降りて行きます。」

宮脇は、ホッとしたように頷いた。

「では、食堂でお待ちしております。」

宮脇は、そう言うと扉を閉じて、去って行った。

美里が、言った。

「おかしいわ!確かに、確かに宮脇さんは私の目の前で爆発したのに!」と、ハッとして自分の服を見た。「あれ…着て来た、服…。」

血まみれになったから、脱衣所のゴミ箱に捨てたのに。

しかしそれは、どこにもシミなどついてもおらず、美里が身に着けていた。

弥生は、段々冷静になって来たのか、言った。

「…初めから、何も無かったってこと…?」

理久は、それには首を振った。

「そんなはずはないよ!だって、じゃあどうしてオレ達みんなが同じ幻覚なんて見てるんだよ!あれは本当にあったことなんだ!」

大河が、言った。

「でも、オレは首が吹っ飛んだ。」皆が、大河を見る。大河は、続けた。「覚えてる。しばらく意識があったんだ。飛んで行って、弥生さんの膝の上の辺りに落ちたんだと思う。視界が下になって、でも見えてた。悲鳴も聞こえてた。だが、奴らの腕が伸びて来て、眼球をえぐったんだ…意識は、そこでなくなった。死んだんだと思う。でも、生きてる。こうして、オレは何でもなく生きてるんだ。首に、継ぎ目もない。」

言われて見た大河の首には、確かに何の痕も無かった。

湊も確かに大河の首が、助手席に飛んでいたのは見たのだ。

だが、相手はあの、ニャルラトホテプなのだ。あっさりと何もかも、元に戻すなど朝飯前だろう。

それでもどうしても、湊はニャルラトホテプの事を話す気にはなれなかった。自分が、あんな約束をしてしまったばっかりに、四人は戻って来る事になってしまった。

そして、また必ず同じような、いやもっと残虐な目にある羽目になる…。

湊は、とても言い出せず、黙っていた。

美里が、言った。

「…私だって、頭が潰されるような感覚がしたわ。でも、こうして生きてるし…服だって、元通りよ。本当に、悪い夢を見ていたような気がする。まだ半信半疑だけど、現実に考えたらあり得ないことが起こった事になるのよ。誰か、私達が体験したと思っている事を、宮脇さんやニクラス教授に話す勇気がある人、居る?」

皆が、顔を見合わせた。

湊は、元よりニクラスがニャルラトホテプだと知っているので、当然話すはずはなかった。

理久が、言った。

「…無理だよ。それでなくても、オレ達前の探検の時に頭がおかしいんじゃないかと思われてるのに。湊がニクラス教授をニャル様だと思ってるのは分かってるけど、実際問題オレ達は、そんなこと信じられないんだ。仮に邪神が居るとしても、きっとニクラス教授の姿を借りてるんだと思うな。またそんなことを話して、今回の仕事が無くなるのも困るじゃないか。仕事、要るしな。」

理久は、急に現実が戻って来たらしく、そんな事を言った。大河も、何やら目が正気になって来たと思うと、頷く。

「そうだ。そもそもが仕事をしに来たのに。宮脇さんがああして生きてる以上、オレ達が見たと思ってる事を話したところで、誰も信じてはくれないだろうしな。頭がおかしいと思われたら、これから仕事を紹介してもらえなくなる。オレ達には今、仕事が必要なんだ。」

弥生と美里は、戸惑っているようだったが、どうも記憶があっても遠くなって来ているのか、段々に表情が落ち着いて来ていた。

「…そうね。」美里は、弥生を見た。「確かにそうだわ。宮脇さんが生きてた。湊くんが言うように、あれは夢か幻覚だったんだわ。私…なんだか頭がぼうっとして。」

湊は、頷いた。

「朝ごはんを食べて、少し落ち着こう。仕事の事も、どこまで進んだのか見ておかないと。見積、出せるのか?」

言われて、理久と大河は慌てたように出入口を見た。

「そうだ!何もやってなかったのかと言われたらまずい。ちょっと食堂へ行く前に管理室へ寄って、オレ達がどこまでやってたのか見ておかないと。地下室だって、もう一度見ておこう。でないと、ニクラス教授に聞かれても答えることが出来ないだろう。」

二人は、さっきまでが何だったんだろうというほどあっさりと、そこを急ぎ足で出て行く。

取り残された湊は、弥生と美里を振り返った。

「じゃ、オレ達も降りよう。とにかくみんな元気なんだ。すぐに忘れるよ。」

美里と弥生は、少し戸惑うような顔をしたが、それでも気を取り直して、湊について階下へと降りて行ったのだった。

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