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二階へと上がると、主の部屋の真ん前には、あの時管理室から持って上がった斧、バール、金槌、ゴルフクラブが転がっていた。

主の部屋の扉を閉じて降りた記憶はなかったが、扉はしっかりと閉じていた。

理久が、それに気付いてドアノブに手を掛けた。

「まさか、ここも開かないようになってるんじゃないよね。」

だが、ドアノブは回るのだが、向こうへ押すことも、こちらへ引くことも出来なくなっていた。

「…開かないね。」

美里が、もう諦めたように言った。あの人形を、持って出ていなかったらまずかったのだ。

大河が、気を取り直して手斧を手に取った。

「もうそこには用はないじゃないか。用があっても、扉を破ればいいんだ。」と、書斎の扉へと歩み寄った。「下がっててくれ、やってみる。」

全員が、後ろへと下がった。

大河は、それを見て斧を振り上げると、ドアノブの横の辺り、鍵があったらその辺りになるだろう場所を目掛けて、一気に振り下ろした。

すると、玄関の時はびくともしなかった扉が、斧に貫かれて突き破られ、向こうが少し見えた。

「お!」理久が、後ろから叫ぶ。「いけるぞ!」

大河は、その声に後押しされて、もう一度勢い良く振り下ろした。

「よし!」大河が、手ごたえを感じて叫んだ。「開いた!」

言った通り、扉はぶらんとこちら側へとかしいで開き、扉は無残な様子になっていた。

書斎の中には、棚の上にあの時見たビスクドールがきちんと座っているのが見えた。

「あれだ!持って来る!」

大河は、斧を放り出して中へと駆け込んだ。

そうして、わき目も振らずビスクドールを掴むと、またすぐに走って転がり出て来た。

「ハアハア、何があるか分からんからな。」と、人形を理久に渡した。「これだろ?」

理久は、何度も頷いた。

「良かった!うん、これでみんな外に出られるぞ!」と、振り返って、何かを探すように、きょろきょろと視線を動かした。「あれ?インスマスは?」

湊も、美里も弥生も振り返る。

確かに、魚人が居ない。

言われてみれば、最初からついて来ていなかったように思う。

一階に残ったんだ。

皆は思って、階段へと足を向けた。

「さあ、下へ行こう!もう一度誰かの血をこの人形に沁み込ませて、外へ先に出すんだ。そうしたら、きっと一人にカウントされる。オレ達は無事に出られるぞ。」

大河の言葉に、皆が頷いて階段を駆け下りて行くと、玄関扉の前に、魚人が立って皆を待っていた。

理久が、人形を見せて、言った。

「取れたよ。これに血をしみこませて、先に外へ出す。それで、大丈夫なはずだ。」

魚人は、頷く。

そして、何も言わずに人差し指の爪を伸ばして、一本立てて見せた。理久は頷いて、自分の腕を差し出し、魚人はその腕に傷を付けて行く。

すぐに血が流れて来るのに、急いで人形の服をまくり上げると、その腹に自分の血を落とした。

特に、変化はない。

これで良いのかと、皆が顔を見合わせる。

魚人は、言った。

「トビラ、ヒラク。」皆が驚いていると、魚人は続けた。「サッキ、オマエタチガ ウエニイッタカラ アケテミタ。ヒライタ。」

あれだけ頑強だったのに。

大河と理久が思って顔を見合わせていると、魚人は皆の目の前で、ドアのノブを回して、そうして、それを向こうへと押しやった。

玄関扉は、難なく開いて真っ暗な外の、広い芝の敷地と、遠くに真っ黒なこんもりとした森が見えた。

「…やったな。」理久が、ホッと肩の力を抜いて、人形を見た。「ごめんな、代わりに散ってくれ。」

そうして、その人形を外へと放り投げた。

人形は、外に出た途端、空中で派手な音と共に爆散して外へと降り注いだ。

「…これで、もう大丈夫だ。」と、湊を振り返った。「オレ達が、助けを呼んで来るから。ここでそれまで待っててくれ。」

湊は、ズボンのポケットから、宮脇の車の鍵を引っ張り出して、大河へと渡した。

「分かった。これ。気を付けて行けよ。」

大河は、頷く。

そうして、途端に緊張した顔になると、先に玄関へと歩いた。

「オレが、試しに出てみる。」大河は、ガクガクと震えて来る膝をしっかりとさせると、言った。「オレが大丈夫だったら、車をこっちへ回して来るから。お前達も後に続いたらいい。」

皆が頷こうとすると、魚人が玄関から外へと、先に飛び出した。

「ヤッタゾ!ソトダ!」

「え?」

湊が、そう言う暇もなく、突然にパアンと音かしたかと思うと、ビチャッと生暖かいものが降り掛かって来た。

びちょ、びちょと辺りに砕け散った魚人の肉が落下して四散して行くのをまるで、スローモーションのように眺める。

「きゃああああ!!そんな!」

全員が、魚人の体液を被って緑のような、赤黒いような液体にまみれてしまった。

これまでそこに確かに立っていた魚人は、四肢が転がり、内臓が撒き散らされ、もはや原型をとどめてはいなかった。

「なんでだよ!」大河が、人間の物ではない体液にまみれながら、叫んだ。「きちんとやったのに!」

湊は、ハッとした。もしかして…。

「慎重にならなきゃダメなんだよ!あの紙を思い出せ!『生きてる人と二人なら』だ!二人なんだよ、全部の血を飲んでしまったら、もう二人じゃない!魚人はもう、みんなの血を飲んでしまった時点で、こうなる運命だったんだ!」

言われて、皆愕然とした顔をした。

そうだ、生きてる人と二人なら…魚人は、今生きている人を合わせたら湊の血は飲んでいないので五人ということになる。

もし、この飲んだ血の者達が一人を残して皆死んでいたら、恐らく魚人は死んでいなかっただろう。

だが、皆で同じように行動し、もう大丈夫だと思って気を抜いた矢先に、引っ掛かってしまったのだ。

理久が、まだ血を流している自分の腕を見ながら、言った。

「…どっちにしろ、気が付いてなくて良かったと思おう。」美里と弥生が、涙目で振り返る。理久は、険しい顔で続けた。「オレ達のうち一人を除いて皆殺さなきゃならないってあいつがもし気付いていたら、オレ達なんかあいつの爪であっさり殺されてた。知らなかったから、最後まで協力的だった。だから、これで良かったんだ。」

美里が、涙を流しながら言った。

「そんな!あんまりだわ、助けてくれたのに!私達が、それに気付かずあの人がみんなの血を飲むのを止めなかったから、こんなことになったのに…!死んでしまったなんて!」

大河が、ショックを受けて茫然と立ち尽くしていたが、キッと顔を上げると、言った。

「…もう、起こってしまったことは仕方がない。とにかく、オレは行く。車を持って来る。お前達は、ここから出て待っててくれ。もう、三時近いぞ。夜が明けちまう。」

今は五月。五時ぐらいには、もう日が昇って来るだろう。

湊の命は、恐らくそれまで…だが、大河たちが間に合ったとして、湊をここから出す事が出来るのだろうか?

無理なのでは、と、湊はもう諦めていた。

自分が邪神に魅入られてしまってから、こうなる日がいつかは来ると思っていたのだ。もう、これで恐らく皆とは会えなくなるだろう。

大河は、鍵を握り締めると、サッと玄関扉を抜けて飛び出して行った。

…何も、起こらない。

それにホッとしながらも、理久は湊を気にして振り返った。

「必ず戻って来るからな!電波が入る所まで出たら、すぐに連絡して引き返すから!」

そうして、理久は外へと出た。

まだ真っ暗な外は、草の匂いがして本当ならホッとするはずが、魚人が爆発したせいか生臭い匂いが立ち込めて、不安ばかりを煽るようだった。

「行くわ。」弥生も言った。「すぐに戻るわね。」

大河が、凄い勢いでここへ来る時に乗って来たワゴン車を玄関前へと持って来た。

「早く!乗れ!」

理久も、弥生も走る。

美里も、湊を振り返って叫びながら、玄関を出て車へと駆け出した。

「待っててね!」

そして、ワゴン車のスライドドアは閉じた。

大河は、それが完全に閉じ切るのを待つのも惜しいほどの勢いで、敷地の中を通っている森へと向かう、真っ直ぐな一本道を疾走し始めた。


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