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準備は出来た。

それぞれ、自分の血を持って誰のものか分からなくなるのを避け、ビスクドールに近寄った。

「飲ませるって…どうやったらいいんだろうな?口は無いし…ほら、開いて無い。」

確かに、僅かに微笑んでいる口許は、見せかけだけで開いてはいなかった。

「染み込ませたらどう?」美里が言って、ビスクドールの服を上げた。「お腹の所とかに。」

湊が、ハッとした顔をした。

「…ちょっと待て。」皆が振り返る。湊は続けた。「最後の一人は出られない、というのは分かった。多分一緒になれない人だ。でも、最初の一人は?この人形、最初の一人になれると思うか?」

皆が、顔を見合せた。

そうだった…最初の一人が必要なのだ。

「…じゃあ、最初の一人にこの人形を置いておくってこと?でも、それじゃあ一緒になれない人はどうやって調べるの?」

理久が言った。

「そういえば、あっちにもう一個あったぞ。こんなに大きなヤツじゃなかったけど、小さい普通サイズのなら、書斎に飾ってあった。あれで試してみる?」

湊は頷いた。

「その方がいい。最初の一人ってのが気になってたしな。」

大河が、自分の血の入ったグラスを魚人に渡した。

「ちょっと持っててくれ。行って来る。」

そうして、大河は出て行った。

主の部屋の扉は開けっ放しなので、書斎の扉を開こうとする大河の様子はよく見えた。

だが、その大河は書斎の扉と格闘し始めた。どうも、押しても引いても開かないようだ。

「…もしかしたら、開かないんじゃないの?」

理久が言う。

湊は、自分のグラスを魚人に渡して、大河の元へ走った。

「大河!開かないのか?」

大河は、息をついた。

「駄目だ。全くびくともしない。さっきまでは平気だったのに。」

湊も、扉のノブを手に頑張ってみたが、びくともしなかった。

「…管理室に、書斎の鍵はあったよな。取って来よう。」と、主の部屋の中からこちらを見る皆を振り返った。「待っててくれ。鍵を取って来る。」

二人は、階下へと走って降りて行った。


管理室のキーボックスには、書斎と書いた札が付いている鍵が確かにぶら下がっていた。

それを手に取ると、大河が言った。

「開くのかな。鍵が掛かってる感じの閉じかたじゃなかったけど。」

湊は、答えた。

「それでもやってみるしかないじゃないか。」と、時計を見た。「もう、12時半だ。」

時計を見ると、確かにもうかなり時間が経っている。

出来ることはやった方が良かった。

二階へ上がる前に、試しに玄関の扉を開こうとしてみたが、やはりびくともしなかった。

結界は、魚人が言う通りあの部屋だけのものだったようだ。

仕方なく二人は二階に取って返して、書斎の扉に鍵を差し込んで、回してみた。

確かに鍵が開くような音はしたものの、どっちに回しても扉は開かなかった。

つまりは、書斎には入れないように邪神に操作されているということだった。

「…駄目だ、開かない。」大河は、項垂れた。「くそ、先に人形を持ち出しておけば良かったんだ。」

あの時は、そんな事を考えもしなかった。

理久の声が、主の部屋から言った。

「もういいよ。とにかく、代わりになりそうなものは後で探そう。今は、この人形で試すしかないよ。ロシアンルーレットは出来ないからね。」と、魚人を見た。「ええっと、どっちが大河?」

魚人は、顔をしかめた。

「シラナイ。モテ トイワレタカラ モッテイタ。」

「まずいわよ!」美里が叫ぶ。「適当じゃ駄目よ。もう一度やりましょう!」

理久は、呆れたように言った。

「あーあ、グラスはもう無いぞ?洗わないと。混じったらまずいじゃないか。」

湊が、戻って来て言った。

「じゃあ、キッチンへ行こう。人形は持ち出して。何があるのか分からないから。」

大河が仕方なく大きなビスクドールを背負い、グラスは魚人が持ったまま、五人と魚人は階下へと降りて行くことになったのだった。


キッチンへと降りて、グラスを洗っていると、魚人が言った。

「ハラガヘッタ。」

理久が顔をしかめた。

「ええっ?だって人一人分食べたじゃないか。1ヶ月断食してても大丈夫だったんだから、ちょっと我慢しろよ。」

弥生が、心配そうに言った。

「でも、逆に一か月断食したんだからあんなぐらいじゃ足りないのかもしれないわ。宮脇さん、まだ残ってないの?」

もう、宮脇が食材のような扱いになってしまっている。

魚人は答えた。

「アレハ タベラレル トコロハ ミナタベタ。」

目玉は食べないんだな。

床に目玉が転がっていたのを覚えていたので、湊は内心思った。

美里が、冷蔵庫を開いて中を見たが、目ぼしい物は何もない。

「少しだけ我慢して。ここを出たら野生の動物とか、この辺りなら居るんじゃない?私達を食べたいとか言わないよね。」

それこそぎょっとして魚人を見ると、魚人はすぐに首を振った。

「オマエタチ ヤクニタツ。ダカラ タベナイ。デモ ナカマハ シラナイカラ ココカラデタラ キヲツケロ。コトバ ホトンド ツウジナイ。」

まじか。

外に、迎えに来ているかもしれないのだ。

ひと月も仲間が帰って来なかったら、確かに探しに来るだろう。人から変化して来た仲間を、わざわざ迎えに来て受け入れるほどなのだから、種族の繋がりは、強そうだった。

そして、言葉が通じないのなら、自分達と一緒に外へ出たら、閉じ込めていた張本人がこいつらだと思って襲って来るかもしれないのだ。

その事実に皆が茫然としている間に、また大河と湊の血液を採取して、今はとにかくここから出ることだとビスクドールへと向き合った。

「じゃあ、やるよ?」

理久が、自分の血を人形の腹へと近付ける。

湊は、その手を押さえた。

「オレが可能性高いから、オレからやる。混じったらどうなるか分からないし。」

美里が、脇から言った。

「そんなの、私かもしれないのに?」

湊は、言った。

「オレ、なんだか確信があるんだよ。だって、ニクラス教授が正体をあからさまに明かしたのは、オレだけだったし。ここでオレを殺してしまおうと思ってるんじゃないかなって。」

皆、顔を見合わせる。

それでも、誰からやっても皆からしたら同じなので、湊がそれで気が済むならと、頷いた。

「じゃあ、湊から。腹に血を垂らしてみて。」

理久が後ろへと退いて、湊は自分の血を手にその前に立った。そして、緊張しながらその腹に、そっと僅かな血液を落とした。

その瞬間、普通にそこに座っていたビスクドールが、何の前置きもなくいきなりパアンという音と共に、四肢を弾き飛ばして四散した。

「きゃあ!!」

弥生と美里が、慌てて顔を庇った。

湊は真側でそれを見たので、もろに飛んで来た腕が自分の腕に当たって、うめき声を上げた。

…やっぱり、オレ。

湊は、自分で申し出ておきながら、その事実を目の前で突きつけられて、ショックを受けて茫然とした。

湊が、『一緒になれない人』なのだ。

「オマエノ チガ アブナインダナ。」魚人が言った。「クワナクテ ヨカッタ。」

飲まなくてだろうが。

皆は思ったが、何も言わなかった。

「…じゃあ、湊が最初から当たったから…オレ達で、他の誰かの血を飲むか。」

大河が、頷いて理久に自分のグラスを突き出した。

「じゃ、飲め。オレはお前のを飲む。」

理久は、目の前の血液に顔をしかめたが、仕方がないのだ。美里と弥生も、顔を見合わせてお互いのグラスを交換した。

そして、まだ茫然と立ち尽くしている湊を横に、お互いの血を口にして、必死に飲み込んだ。

幸い、誰も爆発することはなかった。

「おえ」理久が言う。「マジで血って感じ。」

大河が、気を悪くしたように理久を見た。

「お前のだってそんないいもんじゃなかったぞ。」と、手にある理久の血が入ったグラスを魚人に渡した。「お前も。これを飲め。」

魚人は頷いて、まだ結構の残っていた理久の血を一気に飲み干した。

分かっていたが、何の躊躇いもなくそれはあっさり飲み干す魚人に皆がドン引きしていると、魚人は言った。

「シンセン。オマエ ケッコウウマイ。」

理久は、複雑な気持ちになりながら言った。

「まずいと言われるよりいいけどなあ。オレを食うなよ。」

魚人は、真顔で頷いた。

「ガマンスル。」

食いたいんじゃないか。

「ソッチノモ ホシイ。」

と、大河のグラスを指さす。

大河は、仕方なくグラスを差し出した。

「まあ…捨てるだけだし。」

理久は落ち着かなかったが、美里が言った。

「お腹空いたって言ってたもんね。良かったら、私と弥生のも飲む?少しはお腹の足しになるんじゃないかしら。」

魚人は、大河からグラスを受け取って、頷いた。

「モラウ。」

そして、両手にグラスを持ちながら、大河のグラスに口を付けた。

魚人は、それはおいしそうに全員の血を飲み終えて、美里と弥生は、空いたグラスを流し台で洗った。

「これで、大丈夫ってことよね?」美里は言う。「湊くんの事は、私達が出て宮脇さんの車で助けを呼んで来たら、夜明けまでには何とかなりそう。今、夜中の一時半よ。」

大河が、頷いた。

「来た道を引き返したらいいからな。人里までなら、一時間ほどだったじゃないか。電波が届く所まで戻ったらいいんだから。そこで連絡して、また戻って来て助けを待とう。」

弥生が、腕を組んで言う。

「でも、最初の一人をどうするの?爆発するのよ?」

理久がハアと息をついた。

「人形でも大丈夫なのは湊の血で人形が爆発したから分かるけど、もう一個の人形を取れないからなあ。一度斧で扉を壊してみるか?」

大河が、頷いた。

「この際なんでもやってみよう。時間がないんだ、オレ達はここを出て助けを呼んで来ないといけないんだからな。」

五人は、そうして急いでまた、二階へと向かったのだった。

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