表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

橋本湊は、今日も仕事を終えて家路に着いていた。

携帯が震え、着信したことをアプリが知らせてくる。

見ると、それは美里からの連絡だった。

一つ年下の崎原美里、中村弥生とは、大学の時からの付き合いだが、明日からの大型連休に、まだ学生の二人も、社会勉強をしたいと、湊が付き合う事になっている、友達二人の仕事の下見について行く事になっていた。

この春、やっと卒業して就職したばかりで、毎日が緊張の連続の湊だったが、友達の小南理久と坂田大河の二人は、自分達の会社を作ってそこでIT関係の仕事を請け負い、大変だが、気楽に頑張っているように湊には見えた。

湊も同じIT関係の仕事をしているが、経験を積まないと自信がなかったので、一人就職していたのだ。

本当はこのメンバーとは、距離を置きたいと思っていた。

何しろ、五人で出掛けた島で、自分だけが怖い思いをして、心に傷を負っていたからだった。

皆同じ経験をしたはずなのに、記憶が鮮明なのは自分だけで、同じように覚えているはずの美里でさえ、最近ではまた、クトゥルフ神話TRPGに興じて楽しんでいるらしい。

湊は極端にそれを嫌がるので誘われないが、オンラインで他の四人は今も楽しんでいるようだった。

なので、今回も本当は断りたかったのだが、別荘のセキュリティを構築し直すだけなのだと説得され、湊の知識も貸して欲しいと懇願されたので、仕方なく行く事にしたのだ。

…1日だけの事だ。

湊は、自分にそう言い聞かせて、重い気持ちを忘れようとしていた。


次の日、指定された駅のロータリーへと向かうと、四人はもうあつまっていて、ワゴン車に荷物を積み込んでいた。

「おう、湊!来たか、ちょうど今別荘番の人が着いたところなんだ。」と、背の高い男を見た。「宮脇さん。依頼主の別荘の管理をしているんだって。」

男は、不愛想でもないが、そう好意的な風でもなく、事務的な様子で軽く頭を下げた。

「宮脇です。主人が所有されております別荘まで、私の車でご案内致します。」

湊は、会釈を返した。

「はい、よろしくお願いします。」

大河と理久は上機嫌で、弥生と美里が先に後部座席へと乗り込んで行くのを見ながら、言った。

「小さい仕事しかなくて、困ってたんだよー。個人の会社の経理システムの…構築だったら結構金になるのに、頼まれるのはそういうのの扱い方とか教えてくれって。ようは便利屋みたいな仕事が多くてな。それが、今回は修三が学会で出会った偉い学者さんの知り合いの別荘だとかで。セキュリティーが古いらしくて、新しくしたいって。もう嬉しくてさ。」

修三というのは、大学の教授だ。

一度調査旅行に同行したのが縁で、いろいろと就職先も気にして、世話してくれた良い教授だった。

その修三が、今回学会で会った知り合いからわざわざ仕事を持って来てくれたのだ。

湊は、大河、理久と乗り込んで最後に助手席の後ろへと乗り込むと、扉は自動で閉じた。

宮脇が、運転席から振り返った。

「では、出発します。お話は、道中時間があるので致しましょう。」

湊も皆も頷いて、そうしてワゴン車は、駅のロータリーを出発した。


車は、どんどんと街を離れて行った。

途中高速道路に乗ったが、降りた事もないような出口を出て、そこからは山の片側一車線の舗装された道だ。

大河が、言った。

「それで、古いシステムが入っているんですよね?」

宮脇は、頷いた。

「はい。何しろ山奥の別荘で、都会の喧騒から離れたい時にご利用になるだけですし、周囲の山は獣ぐらいしか出ないので、そんなに大層な事はしなくて良いだろうというのが、主人の考えでした。それが、ここ最近は、奇妙なことに、お屋敷の中の調度などには一切手を触れていないのですが、地下には、何やら変な落書きなどがされてあったり、中の物を移動させてあったりと、確かに誰かが手を加えた跡が残っているのです。防犯カメラも地下の入口まではありますが、地下には無いのです。」

理久が、言った。

「でも、入口にカメラがあるならそこに降りて行く姿が映っているのでは?」

宮脇は、それにも首を振った。

「それが、何も映っておりませんでした。ですが何しろ古いシステムですので、録画も10分ごとのコマ送りでしか行われておりません。地下への入口はその一つしかなく、主人もセキュリティの強化を決断されたようです。夜は私も自宅へ戻らねばなりませんし、お屋敷に残るわけにも行かず。なので今後は新しいシステムを導入して、主のご自宅の方で、警備員たちに画面を通して夜通し見張らせるとのことでした。そうしたら、連続で動画として録画も出来るし見張ることも出来るだろうと。」

今は、10分毎に写真撮影している画像が連続で残っているだけなのか。

湊は、それを聞いてそう思った。それでは、間に侵入するのは可能だ。

「…動画を撮影できるように出来たら良いんですよね。それを、離れた場所で見ることが出来るように。」

宮脇は、頷いた。

「はい。主人はそのように言っておりました。もし、新しい機器を購入する必要あれば費用に糸目はつけないと言っておりましたので、良いようにして頂けたらとのことです。」

大河と理久は顔を明るくして見合わせたが、慌てて表情を引き締めて、言った。

「出来るだけ今ある物が使えるかどうか、調べてお見積もりを出しますので。」

宮脇は頷いて、幹線道路から脇へと反れて、全く車通りの無さそうな、林道へと入って行った。

その道は、一応舗装されているものの、誰も通る者が居ないのか、割れたアスファルトの間からは雑草が生い茂り、車の腹を擦っているのが感じられた。

そんな道なので、車は上下によく揺れたが、まだそれはマシな方なのが、段々と山深くに入って来て、分かった。

アスファルトの舗装は遂に無くなり、土の上に申し訳程度に雑草が生えていない轍が残るような道へと入って来て、しかも道幅もこのワゴン車ギリギリではないかというほど狭く、そして覆い被さるようにして生えている木々の影になって、薄暗くなって来た。

そんな道を数十分も進んで行くと、さすがの大河も、険しい顔になって来た。

「…随分、山奥なのね。」

後部座席で身を寄せ合うような様子で弥生と座っていた、美里が言う。理久も、頷いてたまらず言った。

「あの、まだ先でしょうか。結構山奥まで来てるような気がするんですけど。」

宮脇は、答えた。

「ここは私道なんですよ。お屋敷へ通う私と、時々いらっしゃる主人しか使わないので、人通りはありませんが、間違いありません。そもそも、主人がいらっしゃる時は、ヘリで来られるので。あまり人里に近いと、音が煩いと言われますでしょう。」

自家用ヘリを持っているほどの金持ちか。

まだ別荘を見たわけではなかったのでその詳しい事まで知らなかったが、どこかの別荘地の一棟だと思っていた湊達だったが、もしかしたらヘリまで着けるとなると、かなり広い敷地の別荘なのでは。

何しろ、宮脇はお屋敷と言う。それなりの規模なのかもしれなかった。

だが、進んで行く森は大変に深く、両脇に立ち並ぶ太く高い木々が空を覆い隠していて暗い。木々の間から、何かが出て来てもおかしくはない風情だった。

とてもじゃないが、こんな所を歩いて通る気持ちにはならなかった。

回りの木々から感じる圧力で不安になり、皆が話すことも出来ずにただ黙り込んでいると、突然に目の前に、パアッと明るい光が差し込んだ。

何事かと身を乗り出して見ると、そこは大きな森の中にぽっかりと開いた、芝で覆われた広い土地だった。

その広い敷地の向こうに建っている洋館は、こんな場所に立っているにしては手入れの行き届いた、重厚な品を備えた美しい建物だった。

建物が見えてからまだ車で結構真っ直ぐに走らなければ到着出来ないほど広い敷地なので、ここならばヘリコプターでも余裕でどこにでも着陸できそうだった。

建物の前にあるラウンドアバウトのような丸い道に沿って、洋館の入り口の目の前に、宮脇は車を止めた。

「到着致しました。では、お荷物を下ろしましょう。」

スライドドアが開かれて、湊は先に車を降りた。

空は、森の中に居る時には全く分からなかったが、スカッと晴れていてそれは清々しい感じだった。

森の中を走っている時、あれほど不安だったのが嘘のようだった。

「ええっと、これと、これ。」宮脇は、大河たちの荷物を下ろして、言った。「こちらで少しお待ちを。車を裏へと回して来ます。」

宮脇は、またワゴン車へと戻り、そのままラウンドアバウトを屋敷裏へと向かう道へと向かって、走って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ